第31話 相殺

「ふぉっふぉっふぉっ。それでは我が主人、冥王様の望みを申し上げるとするぞい。」


「現在、この仮御所が建てられている土地と、樹木の育成に適した山あいの土地及び隣接した土地計一町歩、樹木・植物の育成に必要な範囲での水利用権、肥料採取のために必要な範囲での隣接地への立入権及び枯葉の採取権を頂きたい。」


No.3アル・バーニヤとNo.4ビテクは冥王の要望をドルボとビテクに伝える。


--『獣王の郷』の面積からすれば大した要求ではないが…。


--金貨50万枚を盾に更なる要求がされるのか?これでは敵わぬ…。


ドルボとガルダは返済の猶予と引き換えに条件を呑むか逡巡していると…。


「代金は、冥王様が先日お支払いになった金貨50万枚でもって相殺という形にして頂きたい。」


ドルボとガルダはビテクの意外な申し出に驚く。


「よろしいのですか?あの広さの土地で金貨50万枚を相殺してしまって…。」


ドルボはあまりの好条件に言わなくても良いだろうことを言ってしまう。


「ふぉっふぉっふぉっ。冥王様に置かれては、『安すぎるのではないか』とおっしゃっておられたぞい。」


「そうですな。獣王殿が『真なる王』になられた祝いをも考慮に入れますと、この程度では安すぎると私も思いますね。」


--「安すぎる」だと?どういうことだ?


--それに『真なる王』だと?どういうことだ?あの時以降、我らに起こった変化…。それと関係あるのか?


アル・バーニヤとビテクの言葉の意味をドルボとガルダはつかみかねていた。


「『真なる王』とは…一体…?」


ドルボはビテクたちに聞く。自分たちの主人である獣王ベレスが『真なる王』、捉え方によっては、神王ゼウスと並ぶ存在になったなど、世迷言に等しい。真に受けるには話が大きすぎる。


「申し訳ない。我ら如きでは『真なる王』について、これ以上語ることはできぬ。」


「これ以上のことは、最も旧き『真なる王』たる我らが主人、冥王様より、最も新しき『真なる王』たる獣王様にお話があるかと存じ上げます。」


アル・バーニヤとビテクはそう言って言及を避けたのだった。


こうして、ドルボとガルダは狐に化かされた気分で冥王の仮御所を辞することになったのだった…。


◇◆◇


「……端的に言いますと、金貨50万枚を返してもらう代わりに、土地、水と肥料を採取させて欲しいということですねえ。」


冥王は獣王ベレスに細かい話を削って説明する。ベレスは細かい話を好まないからだ。

そもそも、細かい話は配下の者がすべきであり、王たる自分たちがすべき話ではないと冥王は考えている。


「そうか。相手がお前であれば、その程度のもの、いくらでも譲るのだが…。」


「ホホホ。大戦も終わり、奴隷にされていた方々の生活が軌道に乗るまで何かと神経を使わなければならない時期に借金というのは、よろしくないのですよ。

奴隷となっていた方々、その家族の方々のためと思って、今回の話を受けていただければ良いのですよ。」


「お前には何の利益もないだろう。それなのに…。」


ベレスは冥王がここまでしてくれることを不思議に思っている。

強力な武器の提供、奴隷となっていた同胞の解放、人間たちとの戦いにおける協力…。ここまでされるほどのことをベレスは冥王にした覚えはない。


「ホホホ。ワタシにはどうしてもしなければならない事がありましてねえ。全てはそのためであり、アナタがワタシに感謝するようなことではないのですよ。」


「どういうことだ?冥王?」


「ホホホ。では、お話しましょうか。ワタシと同じ『真なる王』となったアナタには、知る権利と知るべき義務がありますからねえ。」



「そうか。これについては少々考えさせて貰おう。俺の頭では理解するのに時間がかかる。」


全てを聞いたベレスはそう答えるのが精一杯だった。


「ホホホ。それで構いませんよ。『王』たる者が簡単に判断するものではありませんからねえ。」


冥王としては、それで構わない。60年ものの時間を使い準備してきた。更に数十年を要することも分かっている。現段階では土地をある事に使うことについての了承と『バイデント』の保管を担ってくれれば、それで十分だった。


その時だった。


「獣王様!人間です!人間がこの郷に!」


隼の獣人であるガルダが猛スピードで飛来して獣王に知らせる。


「何だと?人数は?武装しているのか?」


ベレスはガルダに状況を確認する。大戦は終わったが、世界はまだまだ平和とは言い難い。人間が獣人族に攻撃を仕掛けることも考えられる。


「それが…一名です!郷の入り口近くで倒れていたそうです!」


「行き倒れか?人間の行き倒れ一人に何をそんなに慌てている?」


ベレスは不思議そうにガルダを見る。ガルダは真剣そのもので、ふざけてはなさそうだ。


「行き倒れているのは大賢者です!我らでは手に余る可能性が!至急、郷の入り口まで来て下さい!」

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