第32話 治療

 大賢者ゼニスは冥府の波動を感じながら目を覚ます。

 どうやら、ベッドに寝かされているようだ。

 ただ、ゼニスが感じるのは暗いような冷たいような静寂。


 --チリ一つ動く様子がない…。これが冥府か?


 ゼニスが気配を感じ、ベッドの横には見知った顔が椅子に座ってこちらを見ている。


「冥王。貴様が何故…?ここは冥府か?」


 ゼニスはベッドの側の椅子に座る冥王に問う。

『第一次王都攻防戦』の際の冥王との一騎討ちでゼニスの『八大聖』が冥王の『八大邪』に押し勝ち、勝負が決まったが、冥王の秘術の威力の一部は『八大聖』をすり抜け、ゼニスの体にダメージを与えた。

 このダメージは、『第二次王都攻防戦』で負った傷より深刻だった。

 深い傷ではないのにゼニスの体力を呪いのように奪い続けた。


 ゼニスが船を降り、『獣王の郷』にたどり着いたところで行き倒れてしまったのはこのためだ。


 --俺は『獣王の郷』の前までたどり着いたはず…。だが、目の前にいるのは冥王。では、ここは冥王の居城か?


「ホホホ。ここは、『獣王の郷』に建てられたワタシの仮御所ですよ。郷の入り口で倒れていたアナタをここまで運んで治療しているのですから、礼の一つでも欲しいところですねえ。」


 冥王は笑いながらゼニスに言う。意外と冥王は楽しそうにしている。


 --治療だと?そんな馬鹿な…。


 ゼニスは冥王の言葉を疑ったが、体には包帯が巻かれ、薬草の匂いが鼻腔をつく。

 枕元には『冥王の剣』が置いてある。この『冥王の剣』を狙って冥王は幾度となくゼニスに戦いを挑んだはずなのに、それを奪わない事がゼニスには理解できなかった。


「何故、『冥王の剣』を奪わない?それどこれか俺に治療を施すとは…何を考えている?」


「ホホホ。行き倒れにトドメを刺し、その持ち物を奪うなど、『冥王の沽券』に関わりますからねえ。アナタとは万全の状態で戦い、その剣を取り戻したいのですよ。」


 ゼニスの疑問に冥王は答える。その眼には偽りの色は見えない。


 --まあ、あれほど一騎討ちにこだわった此奴が今更卑劣な手を使うわけがないか。


 幾度にも渡る冥王との戦いでゼニスは冥王の性格を理解するようになった。策略を弄しても、それは軍略上のことであり、弱者をいたぶり、虐殺に手を染めることは好んでいないようだった。

 魔族にもこの事が知られているためか、冥王が参戦する戦いにおいて無道な虐殺が行われた形跡は少ない。


 このため、冥王がゼニスに治療を施したのは裏があってのことではないとゼニスは判断した。


 その時だった。


「冥王様。薬湯をお持ちしました。」


 一人のドワーフの少年がドアを開けて入って来た。


 --こ、このお方は!!


「キール殿下!何故、ここに?」


 そこにいたのは、大戦で滅びたドワーフ七支族の一つ、黒土シュパッツェボードゥン族の王子だったのだ…。

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