第37話 三王合意③

 湖畔の城ラコス・カスタルムに足を踏み入れると、円卓のある会議室へとつながる。

 妖精王ニヴィアンの力により、城内の部屋を自在につなげることができる。

 ニヴィアン以外の者を迷宮と化した城に閉じ込めることも可能だ。

 今回は入り口から直接会議室へとつなげたのだろう。


 円卓には三つの椅子が用意されている。

 壁は曲面になっており、床は円形になっている。入り口は消えている。


 ニヴィアンは緑に装飾された椅子に座り、冥王は紫で装飾された椅子に座る。

 黒く装飾された椅子は空席だ。邪悪龍ヴァデュグリィのために用意された椅子だが、邪悪龍は封印されている。


「ホホホ。なるほど。今回のお話は邪悪龍サンを外す訳にはいきませんからねえ。」


「そうですね。では、冥王、ヴァデュグリィ。話を始めましょうか。」


 ニヴィアンは右手を上げると、ヴァデュグリィの席から縦が人の指先から肘くらいまで、横が人の腕くらいの長さの石板が現れ、黒髪の女の姿を映し出す。

 邪悪龍ヴァデュグリィが人の形態をとった姿だ。


「具腐腐〜。久しいのう、冥王よ。かれこれ100年と少しばかりかのう。」


 冥王と邪悪龍は百数十年前の『真魔大戦』で封印された。

 冥王の封印は100年で解けたが、邪悪龍はまだのようだ。それでも封印の間を縫って外部に力を及ぼしている。


「ホホホ。久しぶりですねえ、邪悪龍サン。まだ外には出られないのですか?」


 冥王は揶揄うように言う。


「具腐腐〜。お前に為された封印と妾に為された封印は性質が異なるようじゃのう。

 そもそも、お前の方は封印というべきではないかも知れぬのう。」


「ホホホ。流石は邪悪龍サン。それを見抜いていましたか。

 確か…封印の効力は300年、あと150年ほどお会いできないなんて残念ですねえ。」


 石板に映るヴァデュグリィの眉が僅かに動く。


「具腐腐〜!そうまで言うなら、妾に為された封印が解けたならば、真っ先にお前のところに行き、妾の力を見せてやろうぞ!この腐か…」


「ヴァデュグリィ、冥王、そろそろ本題に入りたいのですが。」


 ニヴィアンがヴァデュグリィの言葉に割って入る。


--闇の龍王たる邪悪龍サンの封印周辺に現れた『腐海』のことについて聞きたかったんですがねえ。


--百数十年前とは随分変わったのう。理由は妾と同じかのう。


 邪悪龍封印の地周辺に現れた『腐海』は闇とは違う様相を呈している。『腐海』は邪悪龍の力が封印から漏れ出て発生したものであるなら、『腐海』は闇の森となっているはずだがそうはなっていない。これは邪悪龍の性質が変わったことを示しているのだが、何故そうなったかは不明だ。


 邪悪龍にしてみれば、百数十年前の冥王とは雰囲気が異なることに違和感を覚える。意図的なものであれば、その狙いは自身と似たようなものであろうと予想できる。


 しかし、それについて語らうのは別の機会になるだろう。


 ◇◆◇

「では、ワタシがお話したいのは、黒土シュパッツェボードゥン族の故地となった黒土国シュパッツェブルクから産出される黒刃鋼の件ですねえ。

 黒刃鋼は黒土シュパッツェボードゥン族の皆さんが正当な権利を有するものであり、あのような無道な者どもが手にしていいものではないと思うのですよ。」


 これは、冥王とガルラ王、ターラ王妃が『盟約』を結ぶ際に言及されなかった声なき彼らの願いだ。『盟約』により冥王の保護下に入ったキール王子が国を取り戻したとしても、黒刃鋼が掘り尽くされていたとしたら、その後の国家運営に支障が生ずるし、国の宝とも言える黒刃鋼が仇どもにいいようにされることを黒土シュパッツェボードゥン族たちは望まないだろう。


「なるほど。滅亡した敗者の全ては勝者に属するのが戦の習い。しかし、あのような無道を許していては、世界の均衡は保てないでしょうね。」


 ニヴィアンは冥王に賛意をしめす。

 ドワーフは精霊の遠い末裔であるため、妖精王であるニヴィアンが支配に属する。このため、『無道戦役』におけるドワーフたちの行いに忸怩たるものを感じていた。


「具腐腐〜。では、冥王。妾たちの権能を以って、黒土国シュパッツェブルクの大地から黒刃鋼を引き上げるかえ?

 それだけではつまらぬのう。」


 ヴァデュグリィも反対はしないが物足りなさそうにしている。


「そうですね。加担した周辺4ヵ国の者たち、座して眺めていた者たちに無道の報いを受けさせる必要がありますね。

 人間・ドワーフたちの土地から全ての鉱産資源を引き上げるべきでしょう。」


 ニヴィアンがヴァデュグリィの発言を受けて冥王の意図以上のことを提案する。


「妖精王サン、アナタは何を考えているのでしょうか?

 世界への干渉を最低限のものにすべきというアナタらしくないですねえ。」


 七柱の『真なる王』たちの中で妖精王ニヴィアンと黄金龍アルハザードは世界の均衡を重視している。ニヴィアンとアルハザードの違いは、アルハザードが均衡を保つために世界に干渉しようとするのに対し、ニヴィアンは干渉を最低限のものにしようとすることだ。このため、ニヴィアンは過去の幾多の大戦にも関わらないようにしてきた。


「あと5年もすれば魔王の準備が整い、大戦が始まるでしょう。双方ともに国力が十分な状態で戦えば、戦いは長引き凄惨なものとなります。

 鉱産資源の引き上げにより人間・ドワーフたちの経済活動に混乱を起こすことで、好機ととらえた魔族たちは開戦の前倒しを望むでしょう。

 準備が整っていない状態の魔王軍と鉱産資源が不足する人間たちで戦わせることによって次の大戦の被害を抑えることができると考えています。」


--大戦の勃発する時期に干渉する…初めての試みですねえ。ワタシ同様に妖精王サンにも邪悪龍サンにも思うところがあるようですねえ。


 冥王はニヴィアンたちもこの世界の在り方に疑問を持っているのだと感じた。聖魔に別れ人間たちと魔族たちが周期的に戦う世界。


 人間たちには『真なる王』たちの力を受けた勇者が立ち、魔族たちには世界の悪意を背負う『真なる王』の一柱である魔王が立つ。

 魔王が周期的に伐たれる事で世界が負う悪意を消すという茶番劇。


 悪意を消すとともに、戦いの中で魂が進化するという建前だが、悪意は戦いの中で増殖し更に堕落する魂も存在する。

 戦いという極限状態で踏みにじる側と踏みにじられる側に生ずる悪意。保身を図るために更なる弱者を虐げることによって起こる魂の堕落。


 輪廻の円環の半分を預かる冥王としては、いたずらに魂を堕落させるやり方に疑問を覚える。

 戦いという苦難を乗り越えられる魂は、事前に戦う準備を終えられた魂だ。

 これには、魂の資質以上に生まれた時期と環境に左右される。いわば運によって進化か堕落かを決定されてしまう。

 これでは魂の進化ではなく、堕落を狙っているようにも思えてしまう。


 魔王を伐っても世界の悪意が減っているかは微妙であり、そうだとすると聖魔の戦い自体の意味が無くなってしまう。


 ならどうするか--

 聖魔の戦いに参加する人間や魔族たち同様、『真なる王』たる自分たちも試行錯誤すれば良い--



 ◇◆◇

「それでは、黒土国シュパッツェブルクから産出される黒刃鋼については、黒土シュパッツェボードゥン族が復興を果たすまで、その他鉱産資源については一年間の停止ということでよろしいでしょうか?」


 ニヴィアンが冥王とヴァデュグリィに聞く。


「ホホホ。ワタシとしては黒刃鋼について了承頂けたので、他の件については妖精王サンにお任せしますよ。」


 冥王は自身の希望が叶えられたことに対する満足と、魔王がニヴィアンの考え通りに動くかが気になっている。


「具腐腐〜!妾としては、面白いことになりそう故、反対する理由はないのう。

 人間ども、魔族どもがどのような物語を紡ぐか楽しみじゃ。」


 石板に映るヴァデュグリィは楽しそうに微笑む。首を傾げる動作に従い闇色の髪が動く。闇色の中に何故か光が混ざっている。


「では、冥王、邪悪龍、そして妖精王の名において、鉱産資源への干渉を実施しましょう。

 この決定に対する異議は認めないものとします。」


「ホホホ。例え異議があったとしても、大地に対してはワタシ達の権能が優先しますねえ。異議を発すること自体が越権行為ですから、聞き入れる必要はないですねえ。」


「具腐腐〜。妾が封印中とはいえ、妾の権能が剥奪された訳ではないからのう。

 妾のすることに口出しされる謂れはないのう。」


 ニヴィアンの宣言に冥王とヴァデュグリィが同意する。

 これで話は終わった。


「ホホホ。それでは、ワタシはお先に失礼させて頂きますねえ。」


 冥王の席の側の壁にドアが現れ、冥王はドアを開き出て行く。


 ◇◆◇

 冥王が出て行った会議室にニヴィアンとヴァデュグリィを映す石板が残った。


「ヴァデュグリィ。冥王に名乗りを上げようとしたのは早計だと思いますよ。」


 ニヴィアンは呆れたように石板に映るヴァデュグリィに話しかける。


「具腐腐〜!冥王は何やら気づいたようじゃったのう。彼奴も何やら地道にコツコツやっておる故、妾と同じく思うところがあるようじゃのう。」


 椅子の背もたれにしなだれかかるヴァデュグリィが石板に映し出される。


「冥王は貴女と違って真面目ですからね。それに引き換え貴女は…」


「具腐腐〜!面白きものがないなら見つけ、あるいは創り出せば良いのう。ただそれだけじゃのう。」


「一番文句を言いたいのは、貴女の封印が解けたら真っ先に冥王のところに行くと言ったことですね。

 貴女とは直に会い、語らいたいと思っていましたのに。」


 ニヴィアンが残念そうに石板を見る。


「具腐腐〜!冥王に妾の力を見せつけた後、紡がれし物語について語らおうではないか!

 しばらく先の話になりそうじゃが、楽しみよのう。」


「そうですね。ヴァデュグリィ。『真なる王』の一柱にして王ではなく、『帝』を名乗りし者よ。

 ただ、今はその名乗りを控えてもらった方がいいでしょうね。」


「具腐腐〜!そうじゃったのう。この状態で下手に目立つのは悪手じゃのう。

 妾の楽しみに割く時間が削られてしまうわ。」


 二柱ふたりの話はしばらくの間続くのであった…。


 ◇◆◇

「ホホホ。妖精王サンと邪悪龍サンは随分と仲良くなったようですねえ。隣り合ったもの同士、対話くらいできなければお互いに滅ぼし合うしかないですからねえ。」


ニヴィアンとヴァデュグリィは地表と地下の支配権を巡り長年争ってきた。

この争いに終止符を打とうとすると、それぞれの支配下にある精霊・妖精、エルフ・ドワーフたちと魍魎、闇のドラゴン・龍人族たちを巻き込む大戦となってしまう。

それを避けるために対話がなされてきたのだろうと冥王は思った。


 部屋から出ると同時に冥王は兜を被り、城の外、妖精郷の出口へと進む。

 エルフの守人たちを冥王は素通りする。

 妖精郷からエルフの集落を通り、配下の待つ場所まで進む冥王に気づいた者はいなかったのだった…。

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