第36話 三王合意②

「では、冥王。こちらにおいでなさい。」


 ニヴィアンは冥王に妖精郷の居城に来るよう促したが、エルフの守人たちは納得いかないようだった。


「妖精王様!魔族如きを妖精郷に招き入れるなど…!」


「冥王を討て、とご命令下さい!」


 一般的に冥王は『冥王を僭称する魔族』であり、冥府に『真なる冥王』が坐すと言われている。

 しかし、極一部の者だけが、この男こそが『真なる冥王』であることを知っている。


「そうですか。貴方たちは、此度の大戦の始まりをこの妖精郷で始めろと言うのですね。

 この私と冥王の戦い…邪悪龍辺りが喜びそうですね。」


 エルフたちは血の気を失う。

 ニヴィアンは「守人たちでは勝てない」と言ったに等しく、冥王から感じられる力はそれが正しいことを物語っている。

 200年前に成された邪悪龍の封印は、100年前に一気に弱まり、妖精王ニヴィアンと邪悪龍ヴァデュグリィの地表と地下をかけた水面下の争いが復活した。


 ニヴィアンは大地を通じて封印に力を注ごうとし、ヴァデュグリィは封印の隙間から周辺の大地に力を及ぼそうと足掻き始めた。


 この結果、大森林の『邪悪龍封印の地』周辺は、『腐海』と呼ばれる、邪悪龍の眷属の魍魎たちが跋扈する地となってしまった。

 ただし、邪悪龍の力が及ぶ範囲は『腐海』に限定されているので、ニヴィアンが優勢な状態だ。


 ここでニヴィアンが冥王に敗北、あるいはダメージを受けたとすると、邪悪龍の力が腐海の外に及んでしまう可能性がある。

 下手をすると、邪悪龍が復活する可能性も否定できない。


「故に私はみだりに戦おうとは思わないのですよ。

 そして、冥王が話をしたいと言うのであれば、話を聞いてからでも遅くはないでしょう。」


「ホホホ。アナタがその剣を手にしている以上、アナタに勝つのは困難ですねえ。妖精王の神器『カルブルヌス』 久しぶりに拝見しましたねえ。」


 冥王はニヴィアンの左手に握られている剣を見て言う。


「貴方がそれの力を使ってここまで来ている以上、私もこれを持ち出さない訳にはいきませんからね。」


 ニヴィアンは冥王が左手に持つ兜を見て言う。


「私が『カルブルヌス』を持っている以上、私に勝てる者など存在しません。

 また、貴方たちはこの者を魔族如きと言いましたが、それは貴方たちの認識違いと言っておきましょう。」


「ホホホ。そういう訳でワタシは妖精王サンに戦いを挑みに来たのではなく、話をしに来たのですよ。

 出来れば通して頂ければ嬉しいんですがねえ。」


 -- 一応、妖精王サンを倒す方法はあるのですが…。それをするのは少々面倒ですからねえ。


 --『カルブルヌス』の所持者を倒そうと思うなら、一日中攻撃をし続けなければならない。例えば…『八大邪』クラスの魔法を放ち続けるようなことをすればいい。私相手にできるならの話ですが。


 冥王も妖精王も互いにぶつかり合うのは得策ではないと考えている。一応、妖精王が聖、冥王が邪という区分があるが、支配領域が異なるので戦う理由が戦う理由が見出しにくい。

 それでも、戦ったならばいずれが勝利を収めるか?

 二柱ふたりはそんなことを考えてしまう。


 --今は『盟約』を果たすために話し合いをするとしましょうか。


 --冥王の話…ある程度は想像つきますが、まずは話を聞いてみましょうか。


「では、冥王。湖畔の城ラコス・カスタルムへようこそ。」


 いつの間にか、冥王たちは妖精郷に広がる湖のほとりに立つ白亜の城の前にいた。

 ニヴィアンの力により転移したのだ。


「貴方たち二人はここで、邪魔が入らぬよう守護しなさい。」


 ニヴィアンは守人に告げると中に入って行った。冥王もそれに続く。


 --ガルラ王とターラ王妃、黒土シュパッツェボードゥン族の皆さんのためにも、妖精王サンの理解が得られれば良いのですがねえ。


 冥王は死せる者たちの顔を思い浮かべながら、湖畔の城ラコス・カスタルムに足を踏み入れるのだった…。

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