第28話 戦いの予兆

港町ポルト・ブレイザー。

ゼニスが属するアステリア王国の南に位置する王国最大の貿易港にして歓楽街を擁する街である。


しばらく遊興に耽りたいところだが状況がそれを許さない。

ゼニスが聖魔の星々を占い未来の分岐を読んだところ、海を渡った先にあるザドレニア大陸に戦乱の兆しが見えた。


ザドレニア大陸には『魔大公グランバーズ』、『覇王グランバーズ』とも言われる大魔族の領地と…獣人族が暮らす『獣王の郷』がある。

星々はゼニスに戦乱の予兆はここにあり、と伝えるのであった…。


「ゼニスにいちゃん、まだ治ってないんだろ?行かないでおくれよ〜」


船着場でアルが涙目になりながらゼニスに訴える。


「すまんな、アル。俺はどうしても行かねばならぬのだ。

それとアル。この国の第一王子が軽々しく外に出るものではないからな。」


「ゼニス。いいではありませんか。私が一緒なのですから。」


「アイヴァン、お前が動くことも国家間のバランスを乱すことになる。以後は慎め…とは言いにくいのだがな。」


アイヴァンはハーフエルフであるため、エルフの掟に従い、人間とは距離をおくべきとされるのだが、エルフの掟に従うにはアイヴァンの存在は大きすぎた。

故にアイヴァンはハーフエルフであることを理由に人間の社会に残り、王都の冒険者学園ヘクトールにて学園長の任につくことになっている。


「出来ることなら、人の世のしがらみの中に居させたくはないのだがな…」


「ゼニス。私はハーフエルフ。故にエルフになり切れず人間にもなり切れない。ならば、友がいる人の世がいいのですよ。」


「すまないな、アイヴァン。では行ってくる。」


「貴方なら無事に戻ってくると信じてますよ。」


「戻って来たら浴場のぞきに行こうね!」


「ゼニス…貴方という人は…!」

アイヴァンはゼニスとアルを呆れ顔で見る。


「ま、まあその話は帰ってからだ!では、行って来る!」


こうしてゼニスは、ザドレニア大陸へと旅立ったのであった…。


◇◆◇


魔王城の会議の間に魔王軍の将たちが集まっている。将たちは魔王の勅命通りに魔王軍の増強に努めており、今日はその報告をすることになっているのだが…


「魔王様!獣人どもの増長、目に余るものがあります!」

口火を切ったのはザールだ。『第一次王都攻防戦』において、冥王の負傷を理由に撤退し、本拠地である『獣王の郷』にこもって出てこなくなった。

獣王軍の活躍により、魔王軍本隊による『第二次王都攻防戦』は容易にことが進んだため、獣人たちを認めても良かったのだが…

今度は魔王が40年の休戦を決めてしまった。

このため、魔族たちには不満が燻っていた。

暴れたい暴れたい暴れたい…

ザールはその不満を獣人たちに仕向けることを目論んでいる。


「獣人どもは!療養中の冥王様を盾に!我らが派遣した監督官を退け!自儘に振る舞っているのですぞ!許されることではありますまい!」


「監督官と話し合い、獣人たちを取りまとめることになっていたにも関わらず…何たること。」


「いや、獣王軍が遠征の準備を始めた時点で監督官は蔑ろにされていたと言うぞ。」


「獣人たちからの貢納が減るという報告があるな。」


ザールの意見に同調する者が出てくる。




「ごちゃごちゃ五月蝿いですなあ、魔王様。」



獣人たちへの不満で騒がしくなった会議室が静まり返る。

言葉の主は魔大公グランバーズ。

魔族最高の武人と呼ばれ、武技のみの戦いであれば魔王を超えるとさえ言われている。

このため、『覇王』の異名を有している。


「監督官云々言っておるが、単にそいつが惰弱なだけだろう。

そやつが『獣王の郷』から逃げ帰るのを見たが、あまりの情けなさに子供たちが石を投げておったわ!!」


「フフッ。あのバカが『大岩が飛んできた』と泣き言を言っておったのは、お前の子供たちが投げたものか!」

魔王が面白そうに笑う。


「覇王様!魔王様の監督官を蔑ろにするとは魔王様の蔑ろにするのと同じですぞ!」

ザールが覇王に苦言を呈する。


「ふん。そやつが魔王様のご威光を盾に身の程を弁えない要求を獣人たちにしておったからだろう!

『獣王の郷』の規模であの貢納の品の数々はおかしいと思っておったわ!」


魔王に侍っていた秘書官が動く。魔王が覇王の言葉に頷いたため、監督官が不正をしていたかの調査を行うべきと判断したためだ。

調査結果が必要になるかは魔王の気分次第だが、不要になったからと魔王は秘書官たちを咎めることをしない。

魔王の意を汲み、迅速に行動する。直属の官吏の優秀さが魔王軍の精強さを支えている。


「くっ…」

ザールはこれ以上は無理だと悟る。覇王の言葉に間違いはない。しかし、獣人たちは虐げられるべき者たち。増長させてはならないのだ…


(かくなる上は…)

ザールは獣人たちを陥れる策を考え始めるのだった。

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