第29話 債務処理①

「ホホホ。『獣王の郷』…。いいところですねえ。豊かな自然の恵みと厳しさが併存する土地…。獣人族の方々が精強なのもうなづけますねえ。」


 冥王は『獣王の郷』を一望できる丘に立ち夕日を眺めている。今回の大戦の激闘の日々が遠い日のように思える。


『第一次王都攻防戦』で瀕死のダメージを負った冥王は獣人族の本拠地である『獣王の郷』で療養中だ。ダメージが深すぎるため回復魔法ではなく、静養を中心に治療することとなった。

 獣人族にとって冥王は獣人族奴隷を解放した上、『第一次王都攻防戦』での獣王軍の損害を軽微なものとした恩人であるため、獣人たちは冥王を歓迎している。

 しかも、長年無茶な要求をしてきた監督官を冥王が追い出し、冥王が監督官の任につくことになった。しかし、冥王は療養を名目に獣人たちに全て任せると言ったために、獣人たちは長年待ち望んだ自治を手に入れ、『獣王の郷』の時間は平和に流れている。



「冥王。外に出てもいいのか。」


 獣王ベレスが冥王に声をかける。


「ホホホ。本調子とはいきませんが、外を出歩く分には問題ないですねえ。獣人の皆さんが良くしてくれるから治りも早いんですよ。」


「そうか。ドルボたちから聞いたのだが、同胞を解放するためにお前が支払った金を返さなくてもいいと言ったそうだな?」


「ホホホ。金貨50万枚の件ですか…。一応、相殺という形をとっているので、返してもらったのも同然なんですがねえ。」


「すまぬ。俺にはその辺の事がよく分からんのだ。」


「ホホホ。では、ワタシの方から説明すると致しましょうか…。」


 ◇◆◇


『獣王の郷』帰還後、獣魔将"雷獣"ドルボの頭を悩ませたのは、獣人族奴隷解放のために冥王が支払った金貨50万枚の支払いである。


 一人一人の獣人族奴隷について所有者の魔族と交渉すれは、半分以下で済んだはずだが、5000人もの奴隷の価格交渉をする時間がなかったため、冥王が魔族たちに1人につき1000枚の金貨を支払うことで強引に話を終わらせたのだ。


 また、傷ついた元奴隷たちを冥王の部下が完全回復させたため、治療費を考えると倍の100万枚請求されても文句は言えないだろう。


 奴隷だった同胞たちが元気に過ごしている姿を見ることは嬉しいのだが、冥王への支払いを考えると暗澹たる気持ちになる。


 ドルボは郷に建てられた冥王の仮御所に獣魔将"風鳥"ガルダを伴い訪れた。

 冥王に支払いを待ってもらうように申し出るためである。


 門の前に立つと、門番のスケルトンが丁重に礼をし、門を開ける。


「獣王軍獣魔将"雷獣"ドルボ様、同じく"風鳥"ガルダ様、お見えになりました!」


 門番のスケルトンが叫ぶ。


 門を開けた先には、スケルトン達が整列していた。

 先頭には1、2、3、4と額に書かれているスケルトンが立っている。


「獣魔将のお二方、来てくれてありがとうだ。『ノーライフ・ソルジャーズ』No.1サムだべ。」


「うふふ。うちの旦那、丁寧な言葉使い苦手なのよねえ。同じくNo.2ステラよお。」


「ふぉっふぉっふぉっ。No.3アル・バーニヤじゃ。」


「獣魔将のお二方。失礼な物言い、申し訳ございません。No.4ビテクでございます。」


 --冥王軍の大幹部たちが…揃って出迎えとは…!


 ドルボは目の前の光景に驚く。


 魔王軍での立場、獣人たちが負っている負債を考えると、幹部たちが出迎えをするというのは、高待遇と言っていい。

 冥王が来ないのは、冥王自身が療養中ということ、今回の会合は実務者の話し合いであるため、双方のトップである冥王と獣王は不参加となっていたためである。


 --ガイコツ殿は冥王殿の傍に侍っておられるのだな。


 ドルボの後ろに立つガルダはふとそんなことを思った。


『第一次王都攻防戦』において、大賢者ゼニスの最大魔法と英雄アイヴァンの奥義を受け、瀕死の状態となった冥王を回復したのはガイコツと呼ばれるスケルトンである。

 あの状態に追い込まれれば、いかなる回復魔法、回復アイテムをも受け付けないはずだったのだが、ガイコツはそれを覆してみせた。

 冥王軍『ノーライフ・ソルジャーズ』の序列は額の数字であり、数字が少ないほど強いと言われている。

 実際、No.1サムは5000人の傷ついた獣人族の元奴隷たちを一瞬で癒す魔法を使い、No.3アル・バーニヤは獣王軍全体に転移魔法を行使することで、王都に対する電撃戦を可能にした。

 数字を持たないガイコツの立場は、冥王軍を冥王に代わって統括するもののようだ。それは200年前に滅びたとされる冥魔将ラクシュバリーの立場である。

 滅びたラクシュバリーに代わって、冥王軍の統括の座にいるガイコツとは何者かガルダは興味が尽きない。

 ラクシュバリーは『堕ちた剣聖』『生きとし生けるものの大敵』と恐れられていたのだから。

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