第27話 プロローグ② 大賢者の目覚め

 40年前の『第一次王都攻防戦』の結果は、魔族に大きな衝撃をもって迎えられた。


 獣王軍の快進撃、冥王の敗北、それを受けての撤退。

 それ以上に魔族たちを驚かせたのは、魔王が獣王軍の撤退と獣王が大賢者との間の約束--獣王軍を一年間動かさない事--を理由に『獣王の郷』から動かないことを認めたことである。


 獣王軍の功績としては、侵攻ルート上の城砦を完全に破壊したこと、王国の食糧の供給ルートを混乱させたこと、そして、『王都攻防戦』でそれなりの損害を王国軍に与えたことである。


 獣王軍の撤退後に魔王軍が再度侵攻を行なった際に獣王軍の功績を魔族たちは実感し、魔王の判断に納得した。

 獣王軍の侵攻ルート上だった地域の防衛態勢が機能していなかったからだ。

 このため、魔王軍は易々と王都近くまで攻め上がることができた。


 再び起こった『第二次王都攻防戦』。戦いは熾烈を極め、両軍とも大きな損害をうけた。


 しかし、この時に冥王を敗北に追い込んだ大賢者ゼニスを生死不明へと至らしめたことにより、魔族たちは王国撃破に向け活気づいたのだが…。


 魔王は


「時期ではない。」


 と言い、魔王軍を魔族領に撤退させ、「40年後に再侵攻する」と宣言し、国力の増強に努めることを命じる勅命を発したのであった…。


 ◇◆◇


 王城の一際豪奢な部屋で眠りについていたゼニスは瞳を開く。冥王との一騎討ちでは勝利したものの、冥王の魔法によって内臓にダメージを受けており、それを押して魔王軍との戦いに赴いたため、深手を負ってしまった。そのため、半年にわたって眠りについていたのだ。


「ゼニス!」

「ゼニスのにいちゃん!」


 ゼニスが目覚めたという知らせを聞いたハーフエルフの青年と少年が部屋に駆け込んでくる。


 青年の名はアイヴァン。浮浪者同然のゼニスに素質を見出しパーティーに誘ってくれたハーフエルフである。

 アイヴァンとのパーティーで冒険者として名を上げ、頭角を顕したゼニスは大賢者となった。


 少年の名はアル。この国の王子だ。王子らしからぬ口の聞き方をするわんぱく坊主だが、ゼニスと妙に気が合い気やすく接している。


「俺が眠っている間のことを教えてくれないか?」

 ゼニスは二人に聞く。


「魔王軍との戦いは終わりました。」

 アイヴァンが答える。


「勇者が魔王を倒したのか?」


「いえ、そうではなく…」

「魔王軍が勝手に戻っていったんだ!」

 ゼニスの問いにアイヴァンとアルが答える。


「何だと!」

 ゼニスの目が驚愕に見開かれる。


 --魔王を倒していないのか!では、いつ攻めてくる?こうしていられん!


「アイヴァン!アル!すぐに王に謁見の願いを!大賢者として申し上げたき儀があると!」


 ◇◆◇


 謁見の間にゼニスはたどり着く。目覚めたばかりで足が重い。それでもすぐに行動しなければならない…。


「大賢者ゼニスよ。そなたが目覚めたことは真に喜ばしい。そなたの回復を祝い、宴を催したいと思うぞ。」

 王が笑顔を向ける。


「なりませぬ。私はこのまま死んだということにして頂きたい。」


「何だと?」

 ゼニスの返答に王は心の底から驚いた顔をする。


「聞くところによると、魔王は倒されることなく大戦が終わったとのこと。

 故にこのまま死んだことにして身を隠し、魔王軍の動向を探って参りたいと存じます。」


「それなら私も…!」

 アイヴァンが同行を申し出る。


「だめだ。」


「何故…!」


「今やお前は勇者と並んで王国の守りの要のはず。お前の不在は火種となりかねん。」


「他の者ではダメなのか?」

 王が問う。 


「他の者がダメということはございません。私がここに留まるとなると、いずれ私が回復したことが外に漏れることは避けられません。

 その場合に起こる混乱は、魔族との大戦が一応終わったこの時期において、望ましいものではないでしょう。」


 ゼニスの存在は大きすぎた。才能あふれた魔導士でさえ、晩年に賢者のレベルに到達するのがやっとだというのに、20代で大賢者となってしまった。これについては、「自称ではないか?」と陰口を叩くものがいたが、百数十年前に封印された冥王が現れ、ゼニスを付け狙うようになったことでなくなった。

 強大な魔法を操る冥王と互角の一騎討ちを繰り広げる姿に、ゼニスが大賢者であることを疑うことができなくなったからだ。


 そして、独力で冥王を退けたことで、ゼニスの評価は、勇者と同等のものになってしまったのだ…。


 このため、既に勇者を擁している王国に大賢者もいるとなると、国際関係のバランスを崩しかねないのだ…。


「わかった…だが、無理はするな。」

 大戦を戦い抜き、有能にならざるを得なかった王はそう答えるしかなかったのだった。

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