第2話 プロローグ② 冥王
魔王城。魔族を統べる魔王の本拠地。魔族は次なる侵攻に出るべく数十年もの月日をかけ、準備が進めてきた。
生まれてきた子は選別にかけられ、素質がある者には教育と訓練。無いものには奴隷としての日々。
しかし、素質があったとしても開花しなければ奴隷に落とされ、奴隷であっても能力の片鱗が見出されれば掬い上げられる。
その過程において命を落とす者は、打ち捨てられ肥やしとなるのみ--
冥王は久方ぶりに魔王城を訪れていた。数十年前の大戦時に傷を負ったため、戦線離脱し、そのままのらりくらりと魔王城への招集を避けていたのだ。
『冥王』とは、『魔族最高の魔術師』の称号である。
ある時から、とある魔族が『冥王』の僭称を始めて今に至る。
故に本来の『冥府の統括者としての冥王』は『真なる冥王』と呼ばれている。
これがこの世界における『冥王』についての一般的な認識だ。
「ホホホ。『アレ』が動いたともなると、魔王サンのところに顔を出さない訳にはいかないですねえ。」
そう冥王は独言を吐き、謁見の間へと向かう。
「来たか、冥王。あの剣は忌々しい彼奴の手から離れたぞ。」
謁見の間へ入るなり、魔王から声をかけられる。
「ホホホ。そのようですな。」
冥王には魔王が何を自分に求めているか想像がついた。それではそのように振る舞うのが礼儀というもの。
「今一度あの剣を手にし、本来の力を振るうがいい。」
あの剣-『冥王の剣』-の本来の持ち主はその名が示す通り『真なる冥王』である。
遥か昔に魔族の手に落ちたのだが、数百年前、いや更に昔、大賢者サクヌッセンムと戦った際に奪われたものだ。再び冥王が剣を手にしたならば、冥王は『真なる冥王』の座を奪い、天地を崩壊させる程の力を振るうことができると噂されている。
かなり誇張された噂なのだが、わざわざ訂正する必要を感じないため、冥王はこの噂を放置している。
魔王の発言は、『噂通りの力を冥王が手にしても魔王の力はそれを上回っている』というパフォーマンスだ。故に冥王は魔王に不遜な態度をとり、魔王は悠然とそれを受け流すという流れを作らねばならない。
その様を見た者たちは更に魔王に心酔するという算段だ。永い付き合いから、その辺りの事は瞬時に悟ることができる。そして、冥王は侵攻を再開する景気づけに付き合うのも悪くないように感じた。
「ホホホ。貴方の座を奪いに来ても構いませぬか?」
冥王は魔王を挑発する。
「それで斃れるなら、それもまた一興。」
と魔王は応じる。これで冥王に対する反感と魔王に対する忠誠心が刺激される。ここまでしたなら、冥王としてはこの場にいる必要性を感じられない。
「ホホホ。気が向いたらもらうと致しましょう。」
そう言い残してこの場から去ることにする。
◇◆◇
「消えた…。」
そう呟く側近。
「どう動くかな。冥王。」
面白そうに魔王は呟く。
「あのような事をおっしゃって、彼奴が叛意を露わにしたらいかがなされるのですか!」
側近は魔王に諫言する。その表情からは忠誠心が見て取れる。
「朕が伐たれるとでも?」
数十年に渡って蓄えた力の一部を解放する。その圧倒的な力の波動に側近は驚き、歓喜の表情を見せる。
「失礼致しました!貴方様のお気に障りましたら、この首を刎ねて下さい!それもまた臣下として至上の喜び!」
能力のある者の忠誠心ほど重要なものはない。己を顧みず諫言する者となると尚更だ。
「其方の物言い、朕は好ましく思っている。今後も励めよ。」
魔王は満足そうに側近に告げるのだった…。
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