第41話 冥王との対話①
--大賢者とは最も愚かなる者--
アルネ・サクヌッセンムの言葉がゼニスの脳裏をよぎる。
『第一次王都攻防戦』における冥王との一騎討ちでは、この言葉が勝利へのきっかけとなったが、今は言いようのないしこりのようなものをゼニスに感じさせている。
--今から聞かされる冥王の言葉は……。人の正義を根底から覆すのでは……。
ゼニスは『
「本当の悪とは、魔王のように力で弱者を虐げる奴らを言うのではないか?」
ゼニスは揺らぎ始めた自身の信念を口に出す。弱者だからと虐げられる
「それも間違いではないでしょうねえ。しかし、それは種族を維持するための内輪の正義に囚われたものであるとも言えますねえ」
「何だと!?」
ゼニスは頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。自分が信じるものが内輪の正義でしかないという評価に。以前であれば敵の戯言と受け止めるところだが、冥王が一分の理なくそのようなことを言うはずがない……。その程度には冥王との間に信頼関係が構築されていた。
「そもそも、強者が弱者を喰らうことは自然の摂理。魔王サンはそれを魔族のみならず、他種族に適用しているに過ぎないのですよ」
「それを悪だと
強者が弱者を喰らうが如く弱者を除いていけば、いつかは誰もいなくなってしまう。故に自然の摂理を全ての存在に対して適用する訳にはいかないとゼニスは思う。
「ホホホ。魔王サンのやり方はアナタ方からは悪と言えるのでしょうが……。人の側にもそのような方はいらっしゃるでしょう? 魔王サンや魔族の皆さんは闘争心が満たされれ、目的が達成されれば戦いを止めますが……、人はどうなんでしょうねえ?」
「ぐっ……」
ゼニスは唸る。魔王や魔族が悪だとしても、人の中の悪が否定される訳ではない。逆に飽くなき欲望のため、感情のままに弱者を虐げ続けるのもまた人の一面だ。
「故に魔王サンや魔族だけが悪ではないということです。ワタシが言いたいのは、このような各種族の問題ではなく、『意思を持つ存在』の誤謬にこそ本当の悪があるのだということなのですよ」
「『意思を持つ存在』の誤謬とは何だ?」
ゼニスは冥王に問う。『意思を持つ存在』とはこの世界に存在する人、魔族、エルフ、ドワーフ、ドラゴン、巨人……、そして神をも含むことになる。それら全てに誤謬が存在するとは信じがたかった。
「怠惰または効率を求めることにより、断片的な情報、漠然とした印象に基づいて判断してしまうこと、感情に流され合理的な判断ができなくなることだとワタシは考えていますねえ」
「怠惰の場合は論外としても、いつでも完全な情報を得られる訳ではない。ましてや情報が全くない場合もある。にも関わらず判断しなければならないこともある。そのような場合の判断が悪と言うのか?」
ゼニスは思う。ダンジョン、そして戦闘で、少しの手がかりしかない状態で判断をしなければならない場合が多い。更に情報を得ようとすると判断が遅れ、取り返しがつかなくなることもある。それが悪であるとはゼニスには理解し難かった。
「それは結果で判断するしかないですねえ。判断の過程で完全な情報を得られなかったこと自体は責められないですからねえ。ただ、この場合は、他に取り得る手段の存否、他に取り得る手段があったとして選択可能かということを考えなければなりませんねえ」
「結果が良ければ良し、悪くても状況により悪とはしない訳か」
「しかし、知ろうとすれば知ることができた場合はどうでしょうねえ? 最近の例で言えば、ドワーフ七支族が一つ
ゼニスは大戦前に
「
「そうですねえ。暗黒龍ヴァデュグリィが邪悪龍と呼ばれるようになったのは、百数十年前の『真魔大戦』直前に光のドラゴン・龍人族が人間と結託して闇のドラゴン・龍人族を攻撃したことに原因があります。欲深き人間たちは死した闇のドラゴン・龍人族の遺骸を分解し素材として持ち去った……」
これを知った暗黒龍ヴァデュグリィは怒り狂い、光のドラゴン・龍人族と人間たちに対し、報復を行なった。この報復が元になり光のドラゴン・龍人族たちを統べる黄金龍アルハザードとの対立が深刻化し、それに乗じて魔王リュツィフェールが軍を発したことで『真魔大戦』が勃発した。
「持ち去られた遺骸を武具や道具に加工したのは六氏族の者たち……」
ゼニスは絞り出すように冥王の言葉に継ぎ足す。自分が生まれる前の人の負の歴史。魔王軍の侵攻時は考える暇がなかったことがゼニスに重くのしかかってくる。
「
言葉を失うゼニスを一瞥して、冥王は語る。
「報復を受けた六氏族は
「それが先の『無道戦役』の原因だというのか?」
ゼニスは砂を噛む思いで冥王に問うのだった……。
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