第34話 盟約

「冥王。どういうことだ?何故、キール殿下がここに?」


「ホホホ。まずはその薬湯を飲んで落ち着くことですねえ。郷の皆さんの手入れがいいのでよく効きますよ。」


 ゼニスに睨みつけられた冥王は薬湯が入った木の器を大賢者に差し出す。

 ゼニスは起き上がり薬湯を受け取ると一気に飲み干す。その目は冥王に話をするよう求めている。


 冥王はゆっくりと薬湯を飲み干すと、器を机の上に置き話し始める。


「『無道戦役』の最中、ガルラ王たちが戦死した直後に黒土シュパッツェボードゥン族の国、黒土国シュパッツェブルクを訪れ、彼らの死霊からの願いを受け、キール王子を保護したのですよ。

 少なくとも、彼が成人するまではワタシの保護下に置く予定です。」


 --冥王が死霊の願いを聞く?しかもそれを受け入れ、成人まで保護下に置くだと?


「もう戦乱は終わった。ドワーフはドワーフの中に返すべきではないのか?」


 ゼニスは冥王の言葉に軽い混乱を覚え、自分でも疑いの目で見ている原則を口にする。


「両親と同胞を殺した仇の中に投げ入れろと?」


 現在、黒土シュパッツェボードゥン族の国はない。このため、キールの身の置き場は他の六支族のいずれかになってしまう。


「無理な話だな。馬鹿なことを言ってしまった。

 しかし、冥王。何故貴様がそんなことをする?何か利益があると言うのか?」


 亡国の王子を保護するという美談が冥王に似合うとゼニスは思っていなかった。


「利益ですか。依頼には対価が伴うのが当然でしょう。」


「対価とはなんだ?」


 --この館に感じるいくつもの気配…。これはスケルトン…。かつて冥王はスケルトンの軍団、『ノーライフ・ソルジャーズ』を従えていたという。まさか!


「気づいたようですねえ。では、No.61ガルラ、No.62ターラ、出て来なさい。」


 冥王の影から二体のスケルトンが出てくる。

 額に61、62と書かれたドワーフのスケルトンだ。


「お、おお…。ガルラ王陛下、ターラ王妃陛下…。」


 ゼニスは愕然としながらベッドの上でひざまずく。『混沌カオス戦争』が始まる前、ゼニスはアイヴァンとともに黒土国シュパッツェブルクで王からの依頼を受け、その縁で黒土シュパッツェボードゥン族と懇意にしていた。


 この二体のスケルトンの背格好はガルラ王とターラ王妃に酷似していた。本人たちで間違いない。


「久しぶりだな、ゼニス。」


 額に61と書かれたガルラ王のスケルトンがゼニスに声をかける。


「以前お会いしたときとは比べものにならないくらい強くなりましたね。冥王様に勝ってしまわれるなんて。」


 額に62と書かれたターラ王妃のスケルトンがガルラ王に続く。


「はい、お久しぶりです。なれど、黒土シュパッツェボードゥン族の苦難に際して、何も出来なかった我が身を恥じております。」


『無道戦役』勃発時、ゼニスのパーティーは依頼を受け探索に出向いていたため、黒土国シュパッツェブルクの滅亡を知ったときには全てが終わっていた。


 既に賢者としての名声を得ていたゼニスは、その影響力を用いて戦役の事後処理に介入しようとしたところで異変が起きた。


 ドワーフ七支族と周辺四ヵ国の領域で鉱産資源が枯渇し、他の人間国家でも鉱産資源の産出量が減少。


『無道戦役』に対しどのような対応を取るべきか各国が苦慮していたところに、鉱産資源産出量の世界的な減少による経済の混乱が生じた隙をついた魔王軍の侵攻による『混沌カオス戦争』の勃発。


 ゼニスは魔王軍との戦いに身を投じることになり、黒土シュパッツェボードゥン族への対応ができなくなっていたのだ。


「ゼニスよ、気にするな。我らが冥王様に忠誠を誓うことと引き換えにキールの保護を願った。後は成人したキールに任せようと思う。」


「そうね。私たちは、黒土シュパッツェボードゥン族の未来のため、冥王様に忠誠を誓ったの。」


「冥王様は早速、六支族の糞どもに一泡吹かせて下さった。あれは痛快だったわ!」


 -- 一泡…?それはどういう…?


 ゼニスがガルラ王の言葉に逡巡していると、冥王が二人に声をかけた。


「No.61ガルラ、No.62ターラ、先程お願いしていた通り、獣人族の皆さんに対する技術指導をお願いしますねえ。大賢者には、ワタシの方から話をしておきますねえ。」


「は。腕が鳴りますな。」

「それでは、行って参ります。」


 二人は冥王に礼をし、部屋から出て行った。


「冥王、貴様、安らかに眠りにつくべき死者をアンデッドとして甦らせ、冒涜するとは…!」


 ゼニスは冥王を睨みつける。ゼニスの中から熱い怒りが湧いてくる。


「死者の願いを受け、『盟約』は成立しました。

 彼らはワタシに永遠の忠誠を尽くし、ワタシはワタシの行使しうる力、権能、なし得ることの全てを以って、キール王子が成人するまで保護する…。

 それが冥王と死者が結ぶ『盟約』です。

 彼らを救うことが出来なかった者にとやかく言われる覚えはないんですがねえ!」


 冥王はゼニスに言い返すのであった…。

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