第4章 銀の翼竜、白い猫 [8/10]

 亜粒子ビームカノンの砲身から、瀑布のごとき光の束が迸る。高熱のビームが鉄筋コンクリートを融かし、四階の床から下へと大穴を穿っていた。発射の衝撃により、フロアの窓ガラスはすべて粉砕された。

 射撃の反動で、ハガネが上下逆さに跪いている天井のボードが割れ、その上に架けられた金属製の梁がたわむ。

 機体が事務棟の屋根まで突き抜けてしまわないよう、ハガネは重力制御とガントンファーの噴射を駆使して、反動を抑制する。

 浅層魔力資源と那渡の生体魔力を消費して、約四十秒間は最大出力のビーム射撃ができる。

 ハガネの試算では、ネムリを心臓まで蒸発させるには三十秒間も直撃させ続けられれば充分だった。

 亜粒子ビームが発する熱と電磁波がセンサーを妨害するため、射撃を止めた後でなくては、攻撃の成否を確認できない。

 少なくとも直前の状況から、ビームがネムリへまともに命中したことだけは確実だった。

『連続射撃可能時間、残り二十秒』

 ハガネが那渡にそう伝えている途中、獣の咆哮が轟いた。続いて、騒々しい破壊音。

 巨軀に対して小さすぎる窓枠、さらには壁面を破壊しつつ、翼竜が四階へ突っ込んできたのだ。

 翼竜はデスクやコンピューターを蹴散らしながら、一直線にハガネへと向かってくる。

 回避行動をとる間もなく、ハガネの胴体が翼竜の顎に挟み込まれた。

 その勢いのまま諸共、フロアの反対側まで突き抜ける。

 射撃を強制中断された亜粒子ビームカノンがハガネの手から離れ、建物の外に落下した。


 空中に出ても、翼竜は突進の力を緩めることはなかった。低空を飛行し、ハガネをネムリから遠ざけようとする。

 ハガネが抵抗しても、翼竜の牙から抜け出すことはできなかった。

 機体のウィークポイントである魔導流体パネルが露出する際には、外部装甲に代わって機体表面に対し、斥力発振による物理保護機能が発動する。よってパネルが簡単に噛み砕かれることこそないが、翼竜の強烈な咬合力により、ハガネは拘束されてしまっていた。

 翼竜が南下するまま、両者は町の上まで到達しつつあった。

 ハガネを地面へ叩きつけようと、翼竜が鼻先を下に向ける。高度を下げたことで、翼竜の脚が電線に引っ掛かった。

 電力ケーブルを巻き込んで電柱を幾本もなぎ倒しながら、翼竜はハガネを噛み締めたまま盛大に、通り沿いの民家へ突っ込んだ。

 周辺一帯が停電し、外灯と窓の光が一斉に消えた。


 墜落の勢いで翼竜の顎から脱し、那渡はハガネの機体ごと、床に転がった。

 フローリングの床。他人の家の中だ。壁に開いた大穴から、鈍色の曇り空が覗く。

 左腕の傷に衝撃が響き、頭の中が痛みで満たされる。悶え苦しみ、もはや気絶寸前の那渡の視界に、室内の光景が投影されていた。

 真っ暗な部屋の中に座布団のような分厚いクッションが置かれてあり、その上には毛の塊が鎮座している。白黒ぶち柄の猫だった。上半身はほぼすべて白く、腰の辺りには、大きな黒ぶち模様が入っていた。

 目を丸くし、仰天した様子で固まっている。それは当然だ。

 きれいでふさふさした毛並み。遠ざかる意識の中で、いい猫だな、と那渡は思う。

 悪い猫などいないが、幸せそうな猫のことは、声に出して褒めたくなる。

 その幸せな生活の時間を壊したのは、間違いなく自分たちであることを疑いようもないのが、申し訳なかったが。

 背後で唸り声がして、ハガネが自動で上体を起こした。

 銀の翼竜が、そこにいた。首をもたげ、喉の奥で炎をたぎらせている。

 爆炎による攻撃の、準備動作だ。

 この子が巻き込まれてしまう。

 那渡はぶち猫に駆け寄り、抱きかかえて庇いたい衝動におそわれた。

 不意に、勢いよく部屋のドアを開けて誰かが入ってきたと思うと、その誰かは、ドアノブにすがりながら尻餅をついた。那渡はそちらへ目を向ける。

 若い女の子だった。小学校高学年くらいの年ごろに見える。

 ぶち猫の飼い主だろう。パジャマ姿で、口がぎこちなく動いてなにかを言おうとしているが、言葉は出てこない。

 猫の名前を呼んでいるのだと、那渡にはわかった。

 急激に、思考が覚醒した。

 そうだ。この猫を守るだけではだめだ。

 翼竜の吐く炎は、家全体を焼き、吹き飛ばすだろう。

 この子たちの生活ごと、家族ごと、失われてしまう。

 そんな結果では無意味だ。

 立ち向かわなくては。動かなくては。

 萎え切った脚を奮起して、振り返り、床を蹴りながら那渡は叫んだ。


 ――ハガネ!


 喉が乾いて張り付く。声が出ているのかもわからない。視野の端で、白い光が強烈に瞬いた。〈マド〉だ。

『魔力志向性、急上昇。中層魔力資源へアクセス成功。オートパイロットを解除しました』

 ハガネが音声で伝えてくるが、那渡にはそれを理解している暇もない。

 魔導流体パネルの発光が、赤く鮮やかに、刺すような閃光に変わる。

 翼竜の口が爆炎を吐き出す。

 那渡はハガネの全身でそれを受け止めた。

 無意識下の思考入力による操作で、魔導流体パネルの斥力発振を全開にする。

 爆炎が真逆に弾かれ、翼竜の顔面を焼いた。

 顔を背ける翼竜へ突進し、那渡はその首にしがみついた。

 後頭部の角を掴み、顎を下から頭で押さえつけ、口を開かせない。

 両腰のガントンファーを最大出力で噴射させて、翼竜ごと上昇する。

 目の端に、パニックを起こして駆け出す、ぶち猫の姿が映った。

 真上へ――。それだけに集中し、機体を推進させる。

 数十メートル上空で翼竜が体を回転させ、ハガネを振り払った。那渡は引き剥がされる。

 距離が開いて両者は一瞬対峙したが、那渡は再び、追撃のタックルをかけた。

 自分より遥かに大きな翼竜の胴を捕らえ、先ほど運ばれた分を、北へと押し返す。

 歯を食いしばって力を込める。空気を押し除け、闇夜を飛ぶ。

 町から日本海へ注ぐ、幅の広い河川が眼下に現れた。

 河川に架かる鉄橋のトラスをかすめ、那渡と翼竜は流水へ叩きつけられた。


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 火勢は遅れて、工場に到着した。

 ハガネの赤い発光を見失ってしまったため、凄まじい轟音が響いた場所へと駆けつけたのだ。

 工場の前に軽トラックを止めて入口の柵を越え、敷地へ侵入する。

 ほぼすべての窓ガラスが割れ、内部から炎上している建物が目に入った。これほどまでに大きな火災では、火勢の能力でも一瞬で消火することはできない。

 正面ロータリーも一部を無残に抉り返され、激しい戦闘があったことを示していた。

 倒壊に用心しながら建物の近くへ寄ると、舗装されたコンクリートの上に、銃火器と思わしき巨大な金属の塊が転がっていた。

 炎を照り返す暗い金属色と、人間ほどの大きさであることから、ハガネの機体かとも思ったが、違う。しかしハガネの一部であることは、間違いがないだろう。

 冷却中のようで、機関部に開いた排気口と思わしき穴から、熱風を吹き出し続けている。

 警戒しつつ火勢が近づくと、その銃は緻密なパズルのごとく形を変えてコンパクトになり、見慣れたアタッシュケースの形状をとった。

『カセ、ですね? 私の本体は別の場所で銀の翼竜と交戦しています。この外部装甲を回収し、サカナの元へ持ってきてください。早急に』

 本体から受信した通信音声を発するアタッシュケースの持ち手を、火勢は掴んだ。体温よりも若干熱い。内部のパーツがごっそり抜けているようで、前回持ったときと比較して半分程度の重さに感じられた。

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