第4章 銀の翼竜、白い猫 [4/10]

「あの化け物はなんだ!?」

 運転席の窓を開け、荷台に向けて火勢が大声を出した。軽トラックは大通りを避け、暗い農道を北上している。

『〝銀の翼竜〟と呼ばれる種族の磨道鬼です。飛行能力と身体能力が、魔法で高く強化されています』

 防水シートがかけられたままの荷台に立ったハガネの中で、那渡は後方の闇を見つめる。暗視機能により、目をこらさずとも視界は良好だった。 

『魔力ソナーの有効圏外から短時間で接近可能な、あの機動力は脅威です。たとえネムリを倒せずとも、翼竜はここで無力化しなくてはなりません』

「ネムリは鎧と武器を手に入れてたけど、あれもドラゴンの魔法なの?」

 那渡は、ネムリが着けていた鎧の形状を思い返す。装飾的なところがまるでない、シンプルな鎧だった。厚みのある金属板が適度な大きさに分割、連結されている、動きやすそうで機能的なデザインに見えた。

『いいえ。翼竜もネムリも、金属の武装を生成する能力はない筈です』

 その意味を那渡は考えた。あれらは、簡単に入手できるような物でもないだろう。別の磨道鬼、もしくはその他の協力者が、ネムリに手を貸しているということかもしれない――。


 翼竜の姿が、暗闇から浮かび上がった。道路に沿って低空飛行で追ってきている。

『〝ハンドレーザー〟を使って牽制します』

 ハガネの右前腕部の内側で装甲板が変形し、一丁の拳銃に似た形状を成した。それはスライドして手首の位置まで前進し、ハガネの右手が拳銃のグリップを掴んだ。

 ハンドレーザーは、強力な光線を発するレーザー銃だ。

 那渡の視界に、照準マークがひとつ表れた。翼竜を狙っている。

 ガントンファーやハンドレーザーなど、ハガネに搭載されている一部の武器には手動操作のための物理的なトリガーやスイッチが設けられているが、あえて機体の指でそれらを引いたり押したりする必要はない。通常はハガネ本体からの制御信号で管制が為される仕組みになっている。

『攻撃開始』とハガネが宣言し、銃口レンズからレーザーが照射される。

 翼竜の銀鱗が光線を受け止めた。可視光の帯域ではないため肉眼では見えないが、ハガネのセンサーを通した那渡の目には、明るく閃いたように捉えられる。

 即座に翼竜は、飛行にきりもみ回転を加えた。

 レーザー着弾の熱と痛みを感じ、連続照射される光線を長時間浴びることを避けているのだ。

 ハガネが照準を修正しつつレーザー射撃を続けるが、翼竜は巧みに有効打を回避する。

 外れたレーザーが道路をなぞり、路面のアスファルトが溶融して煙を吹いた。

 飛行する翼竜は自動車よりも速い。見る見るうちに接近してくる。

 軽トラックは反対車線の乗用車とすれ違った。対向車は翼竜の姿に驚いたのか、路肩に停車した。

 翼竜はそれを気にかけることもなく、力強く翼を一振りして増速する。

 あと数メートルという距離で、翼竜の体が斜めに傾いた。竜の背にまたがったまま、ネムリが斧槍を振りかぶる。

 先ほどと同様、横から斬りつける構えだ。今度は荷台の上に立つハガネを狙ってきている。

 もしハガネが回避すれば、運転席の火勢は背中から両断されかねない。

 ハガネはボクサーのように、両腕で防御する姿勢をとった。風を切って斧槍が振るわれる。

 斧の刃が腕を打つ強い衝撃を那渡は予感したが、それは訪れなかった。

 代わりに、手首に当たった何かが、軽い金属音を立てる。

 斧槍の先端には刃とは別に、曲線を描く鉤が付いていた。その鉤がハガネの腕に引っ掛けられたのだ。

 その意図を理解する前に、那渡の体はハガネごと前へ引き倒された。腕を引かれて軽トラックの荷台から転落する。

 空中で鉤から手首を抜き、ハガネは路上で受け身をとった。

 ネムリも翼竜の背から飛び降りて着地する。鎧が重々しく鳴り、斧槍の石突は路面を抉ってブレーキの役目を果たした。

 翼竜は減速しながら通り過ぎる。

 火勢の軽トラックもスピードが出て急停止できないためか、先に走り去ってしまった。


 跪くハガネへ向け、斧槍が斜めに振り下ろされた。左腕でガードする。

 受け止めることができた。はじめて戦ったときのように力負けしてはいない。

 右手のハンドレーザーで、兜のマスクに覆われたネムリの顔面を狙う。

 射撃を察知したネムリは逆時計回りに転回し、光線の直撃を避けた。

 回転の勢いのまま斧槍が振るわれ、次の一撃がハガネに襲い来る。

 同時にハガネは斧槍を跳び越え、ネムリの頭部に空中回し蹴りを叩き込んだ。

 充分な打撃感。ネムリの体が後ろへよろめき、金属製の兜は分解しながら外れた。

 その中にある顔は、那渡が前に見たときと同じだった。顎までの白い髪が乱れて、表情を隠している。

 再び、ハガネのレーザー銃がネムリの頭部を狙う。

 ネムリは斧の刃をかざして顔面を守りながら、後ろへ飛びすさった。レーザーの射線がネムリを追う。

 戻ってきた翼竜がハガネの背後に着地した。喉の奥で炎が燃え盛っている。

 接近を検知したハガネが振り返るより早く、竜は爆炎を吐き出した。

 背中に爆風を受け、機体が吹き飛ばされる。

 ネムリが斧槍の穂先を、ハガネの胸の中央へと突き込んだ。

 強烈な直撃を食らい、那渡は背中から地面に叩きつけられた。一瞬、呼吸ができなくなる。

『衝撃こそ強いですが、装甲は無事です。魔力による強化が施されていない、単なる金属製の武器のようです。落ち着いて戦えば対処可能です』

 ……たとえ落ち着いたところで、どう戦えばいいのか。戦闘を自分のものにできず、ハガネの自動操縦に任せている那渡にはわからなかった。

 倒れたハガネの右腕を、ネムリが足蹴にして押さえつける。逆の足が勢いよく、頭を踏みつけてきた。

 頭部シェル内に、軋む音が鳴る。踏み砕こうというつもりか。

 もう一度、ネムリが足を振り上げたとき――、

『〝ワイヤードアンカー〟を使用します』

 ハガネの左前腕部装甲が変形し、アンカー射出装置の形状をとった。すぐさま手首付近から、ワイヤー付きアンカーが射出される。

 特殊合金繊維で構成された強化ワイヤーは、ハガネ本体から特定のパルス電流を印可することで任意の曲げ伸ばしが可能だ。鎖分銅のごとくネムリの軸足を絡め取ったワイヤーを、ハガネは掴んで引いた。ネムリを転倒させることに成功する。

 ネムリの手を蹴って斧槍を弾き飛ばしつつ素早く起き上がり、翼竜にハンドレーザーを突きつける。

 飛びかからんとする翼竜へハガネは、レーザーの波長を可視光線に切り替え、併せて指向性を最低まで下げて、拡散する光線を照射した。光の目くらましを受け、翼竜が怯む。

 ハガネは両腰の装甲をガントンファーに変形させ、ジェット推進で急上昇した。常人を優に超える質量のネムリを吊り下げ、重力に逆らって加速する。

 ネムリは足から宙吊りにされながらも上体を起こし、両手でワイヤーを引き千切ろうと試みている。

『上空から地面へ叩きつければ、一定のダメージを与えられる筈です』

 ハガネが提案し、那渡は無言でうなずいた。 


----------


 狭い農道で軽トラックのUターンに手間取った火勢が現場へ戻ると、ちょうど頭上を翼竜が飛び上がっていくところだった。その顎にはネムリの斧槍が咥えられている。

 あせりで悪態をつきながら夜空を見上げると、魔導流体パネルの発光が遠ざかるさまが目視できた。

 火勢はその赤い光を目印に、車を再度転回させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る