第4章 銀の翼竜、白い猫 [3/10]

 戦闘に際して周辺被害を抑えるための方法について、那渡とハガネが話し合っているときだった。

 会話の途中でハガネは黙り込み、代わりにヴゥン……と低い音を鳴らした。アタッシュケースの持ち手付近に埋め込まれたステータス表示パネルが、普段の青白い色から赤い発光状態に変わる。

『魔力反応を検出しました。反応の特性は、ネムリのそれと合致しています』

 ふたりは慌ただしく立ち上がった。火勢が伝票と千円札二枚をレジカウンターに置き、若い男性店員が駆け寄ってくるのも待たずに店の出口へ急ぐ。

『現在位置は、約七キロメートル上空です。我々へ向けて急速に接近中』

「空から? どうやってだ」

 火勢が軽トラックの運転席に乗り込む。那渡は助手席にリュックサックを投げ込み、外からドアを閉めた。人目を避け、車の陰に身を隠す。

『距離五千メートル、四千、三千……まもなく接触します』

 速すぎる。全員が車に乗って逃げている時間はない。

「ハガネ、装着を」

 言い終わる前に、ハガネの機体が那渡の体を、ケースを把持している右手から順に被い始めた。那渡は眼鏡をボディポーチのポケットにしまい、ネムリの反応が迫りつつある上空を見上げた。その視界もすぐに、パワードスーツの頭部シェルに塞がれる。

 大きな道路があって通行車両も少なくないこの場所では、本格的な戦闘は回避するべきだった。那渡とハガネ、火勢は言葉を交わし、現在地から北へ移動しながらネムリを迎撃することに決めた。

 完全に無力化することができなくても行動不能なダメージを与え、追跡を撒くことを目標とする。

 だが、もし、この場で倒すことができたなら……。

 戦闘に恐れをいだきつつも、那渡はつい考えてしまう。

 火勢がエンジンを始動して駐車スペースから車を出しかけたとき、ハガネが言った。

『来ます』

 全天を被う夜の雲を突き抜けてきたそれは、黒い点にしか見えない距離から一気に接近してきた。空気を裂き自由落下よりも速く降下し、地面に激突する直前に急減速をかけて着地する。

 その物体は、一対の翼を生やしていた。衝撃的な風圧が周囲を襲い、軽トラックのサスペンションがぎしぎしと呻いた。


 那渡たちの眼前に舞い降りたのは、白銀の鱗を全身に纏う、ドラゴンだった。

 長いマズルと鋭く大きな牙。後頭部から生える短い角。金色の瞳。太く、節くれ立った逞しい四肢。力強く重量感のある尾。

 これまで現実では目の当たりにしたこともない、巨体の獣がそこにいた。

 那渡は圧倒されながらも、漂ってくる血の臭気に気がついた。ハガネを装着していてもわかるこの感覚は、通常の嗅覚ではない。ネムリの存在を示す警報だ。

 ドラゴンの背の上、首の付け根と両翼の間には騎乗のための鞍がつけられており、そこに跨る人物が、那渡を見下ろしていた。

 金属製と思われる鎧を頭から爪先まで身に纏い、顔も露出していないが、ネムリだと判る。

 あの男に襲撃されたときと同じ、異常な怖気を感じるのだ。


 頭部シェル内部で、ハガネの合成音声が告げる。

『キーコード受信成功。浅層魔力資源へアクセスします』

 周囲の空間で〈マド〉が白く瞬いた。そして、魔導流体パネルが赤く発光する。橙がかった、柔らかい、温かみを感じさせる光。

 恐怖の寒気を押し返して、那渡の体を熱が巡った。

 那渡は勇気を奮い、自分の生命を奪おうとするネムリを睨み返した。ハガネと魔法の力を借りて、やっとのことだった。


 軽トラックの前に立ちふさがるドラゴンは、ハガネへ向けて吠えた。顎を引き、口を開け、戦闘態勢をとる。喉の奥で猛然と炎が渦巻いた。

 運転席で火勢は察知した。こいつは、火炎を吐き出して攻撃するのだと。

 とっさにドラゴンへ向けて左手を伸ばし、魔法で火力を奪い取る。喉の炎がちろちろと弱火になった。

 次の瞬間、ドラゴンは勢いよく爆炎を噴出させようとした――が、炎は出なかった。

 ドラゴンが戸惑う様子が、火勢からも那渡からも見て取れた。長い首で振り向いて、騎乗者のネムリを一度見たりもする。

 短く逡巡してから、気を取り直して再度大きく息を吸い込んだとき。意に反して爆炎が喉から迸り、ドラゴンはむせ返った。

 火勢が、ドラゴンの喉の奥に燻る種火を急激に増幅させたのだ。

 むせぶ巨体が波打って、背に跨るネムリは振り落とされないよう、ドラゴンの首に繋いだ手綱を片手で引き絞った。

 その隙に火勢はアクセルを踏み込み、車両を急発進させた。ドラゴンの横を抜けて駐車場から脱出しようとする。

 鞍上のネムリはそれを阻止するため、もう片方の腕で武器を振るってきた。武器は、身長よりも長い金属の棒に斧の刃と槍の穂先を備えた、斧槍だった。

 横薙ぎの斧槍が、運転席を正面から狙う。

「火勢さん!」

 オートパイロットのハガネが助走をつけて跳び、両者の間に割り込んだ。斧槍の柄に前蹴りを入れ、切っ先を跳ね上げる。ハガネはその反動で、軽トラックの荷台に背中から転がった。

 火勢が運転する軽トラックは無傷で駐車場を出て、遠ざかっていく。

 ネムリは鎧の籠手で翼竜の首筋を数回軽く叩き、追撃を命じた。

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