第6章 手のひらに太陽を [3/4]

『試算では約八十秒後に、反撃の準備が整います。それまで凌いでください』

「わかった。……ところで今度は、おかしな作戦じゃないよね?」

『来ます』

 ネムリは迷いもなく直進してくる。

 那渡なとはネムリの顔面へ向け、右手のハンドレーザーを照射した。

 だが最大出力の光線を収束させたレーザーであっても、ネムリの頬の表皮を焦がすのみだ。接近を許してしまう。

 鉈のごとく振り下ろされたネムリの右腕が、ハガネの手から銃をはたき落とした。手首ごと持っていかれたと思うほど、骨の芯まで響く、手刀の一撃。

 那渡はハガネの左腕外部装甲を、瞬時にスパイクナックルへ変形させた。高電圧を加えつつ、ネムリの首筋へと二本の棘を叩き込む。

 しかし、鉛の塊を殴るような手応え。ネムリの皮膚を、突き通すことができない。

 ネムリは電撃のダメージを受けた様子もなく、返す右腕を振るってきた。

 ハガネの大腿部を横から直撃された。

 嘘のような威力で機体が宙を舞い、転倒する。

 仰向けに岩場へ叩きつけられて頭を打つも、那渡は相手から視線を外さなかった。

 ネムリが上半身を踏みつけてくる。体重と膂力を充分に乗せた攻撃を、両腕で防御する。

 背中が岩に沈み込んだかと思うと、周辺が崩落を起こした。たび重なる衝撃を受けて岩場の一部がひび割れ、脆くなっていたのだ。

 那渡とネムリを巻き込み、岩々がなだれ落ちる。両者はもつれ合って滑落した。

 崩れる岩の上を落ちながら、ネムリが振り下ろす握り拳――格闘技でいう鉄槌が、ハガネのマスクを殴打した。

 二度、三度と繰り返し叩き込まれる内に、網膜投影ディスプレイの映像が部分的にブラックアウトを起こす。

『頭部センサー、半壊』

「トンファーを!」

 那渡はハガネの両腰から、ガントンファーを射出させた。

 推力を全開にした二本のガントンファーがネムリの胴体を強く打って宙へ飛ばし、間合いを離すことに成功する。

 崖の下で那渡は立ち上がった。

 わかっていたことだが、同じ層の魔力資源へアクセスした状況下では敵に利がある。致命的なダメージを避けつつ、時間を稼ぐ必要があった。

 数メートル先で着地したネムリが、足元の岩を抱え上げ、頭上に構えた。米俵のような大きさの岩石だ。

 投げつけてくるつもりか。

 ガントンファーを切り離した今、急上昇して退避することはできない。受け止めても横へ躱しても、ネムリに隙を見せることになる。

「アンカー!」

 スパイクナックルの装備を解除し、左前腕の装甲をワイヤードアンカーに変形。ネムリが岩を投擲すると同時に、ハガネはアンカーを射出した。飛来してくる岩石へ深く打ち込む。

 岩石をサイドステップで回避しつつ、強化ワイヤーを引いて全身で振り回す。

 すかさず迫り来るネムリへ向け、遠心力を乗せた岩を、ハンマーのごとくに叩き返した。

 それをネムリは片腕で防ぐ。轟音を上げて岩は粉砕され、同時にネムリの足も止まった。

 那渡は右手で背からチャインソードを抜き、相手の両眼を狙って横一文字に斬りつけた。

 だがネムリは斬撃を見切り、額で受け止める。皮膚を刃が撫で、浅い傷が刻まれた。

 振り切ろうとする切っ先は、素手で鷲掴みにされた。きわめて鋭利なチャインソードですら、ネムリの指を断ち切ることができない。

 把持したグリップを那渡が引いても押しても、剣はびくともしなかった。判断の遅れが危険を招く。

 白刃を捕らえたまま大きく踏み出したネムリが、強固に握った拳でハガネの腹を殴った。

 痛撃。

 腹部の魔導流体パネルが粉砕され、その破片と流体をまき散らしながら、ハガネは後方へ吹っ飛んだ。

 グリップから手が離れる。背後の斜面に激突した。

『腹部パネル破損。斥力発振による保護が不能となりました』

 追い打ちとばかりにネムリは、奪い取ったチャインソードをハガネの顔面へ投げつけてきた。

 条件反射で首を傾げ、奇跡的に躱す。

 回転しながら飛来した剣は、ハガネの側頭部へと食い込みながら後ろの岩に突き刺さった。

 頭部シェル内壁にまで達した刃が、那渡の右こめかみを切り裂いた。

 元々乱れていた映像の、右半分が完全に暗転した。流れてきた血液で、頬にぬめりを感じる。

 その感触を認識しつつも、那渡は臆さなかった。

「ハガネ、早く!」

『左腕に特殊装備を構築します。妨害されないよう、防いでください』

 からになっているハガネの左前腕が、内側から展開した。装甲、パネル、フレーム、駆動部、制御回路、そのすべてが、最小単位の微細部品にまで分解される。

 同時に、胸と背中からも外部装甲の一部が、変形しながら左腕へと集められた。

 ネムリが足早に近寄ってくる。

 那渡はチャインソードを腕で除け、斜面を背に、腰を落として構えた。

 右腕で上半身を守る、防御の体勢だ。

 ガードの上から衝撃。右前腕の装甲にダメージ。

 ネムリが打撃を加えるごとに右腕は破壊され、半分以上が欠けた視界へ、警告表示が増え続ける。

 防戦と並行して、新たな左腕が形を成しつつあった。ハガネ従来のフォルムとも違う、武骨なシルエット。

『構成完了。魔導流体の循環を開始』

 ネムリの左手が、ハガネの右手首をがっしと掴んだ。握力でインナーフレームが歪められ、前腕部内側、剥き出しの魔導流体パネルに亀裂が走る。

 力尽くで、右腕の防御はこじ開けられた。

 ネムリが右手を、鉤のように構えた。生命を奪うための、無慈悲な凶器。

『特殊装備を発動します』

 ネムリの腕が繰り出される。

 ハガネの、その中に存在する那渡の腹を抉るに足りる、威力を乗せた攻撃。

『――サカナ!』

 那渡ひとりへ向けた、ハガネの号令。

 頭でそれを認識するより早く、那渡は機械の左腕を突き出した。 


 白熱して輝くハガネの左掌が、ネムリの一撃を引き裂いた。


 ネムリの右腕は、手のひらから肘に至るまで、破壊されていた。ハガネの左掌が触れた箇所は消滅し、その周りも焼け焦げて崩れ、散り散りとなった。

 ネムリが、自らの腕へ視線を落とす。なにが起きたか、理解できていないというそぶりだ。

 それは那渡も同じだった。

『追撃を!』

 ハガネの言葉にはっとして、那渡は踏み込み、左手を伸ばしてネムリの脇腹へ掴みかかった。

 ネムリは後ろに跳んでそれを回避する。

 空を切ったハガネの左掌は、凄まじい熱と光、そして薄ら、白煙を放っていた。機体の左肘から先が、いかにも急造らしい、鉄塊然とした籠手と化している。

「……この武器は?」

『カセの血液からサンプリングした炎の呪文を転用し、扱える限りの魔力を注ぎ込んで発動させた、特殊格闘装備です。仮の呼称は、――――《焼燬しょうき》』

 距離をとって身構えるネムリの右肘の断面から、炭化した組織を押しのけて新たな肉が盛り上がってくる。早くも再生が始まっているのだ。

『総出力は亜粒子ビームカノンに及びませんが、ネムリの肉体強化に関わらず、触れた部位を蒸発させられるだけの熱量を有しています。有効時間は約二百五十秒。その間に決着をつけましょう』

 時間制限があるのか。那渡は機体の中でうなずいた。

 傷ついたハガネの右腕を前に構え、ネムリと対峙する。

《焼燬》の左掌でネムリの胸を突き、心臓を破壊すれば、とどめを刺すことができる。そのためには、右手で相手を捕まえた上で攻撃を仕掛けるのが、より確実だった。

 だがネムリもそれを理解し、警戒しているようである。両者は互いを牽制し合い、時計回りにじりじりと移動していく。

 ネムリが動いた。左脚の上段蹴りでハガネの右手の甲を弾く。

 続けて軸足を変え、右の後ろ回し蹴り。鋭く狙い澄まされた踵が、機体の頭部を直撃した。

 脳まで揺らされる衝撃。那渡は足元の岩礁に倒れ込んだ。

 ネムリはさらに、下段突きの構えをとった。防御も回避も間に合わない。ハガネが反応し、岩の隙間にある潮溜りへ左掌を浸けた。

 次の瞬間、爆風が辺りを襲った。海水が《焼燬》の灼熱に曝されて急激に膨張し、水蒸気爆発を起こしたのだ。

 爆風に煽られ、ハガネの機体が横に転がった。衝撃波と岩の破片が直撃したのはネムリも同じだが、圧倒されることなく踏みこたえている。

「ハガネ、ちょっと!」

『緊急回避措置です』

 周囲を蒸気が白く満たして、視界が遮られた。だがハガネの複合センサーはネムリの位置を即座に把握し、損壊したディスプレイへと映し出す。

 那渡はネムリの足首めがけて左腕を伸ばし、掴みかかった。

 しかし動物的な勘の賜物なのか、ネムリはそれを回避し、左の鉄靴でハガネの前腕を踏みにじった。

 いくら《焼燬》といえど、極端な高熱を帯びているのは手のひらだけだ。手首から肘までの部位には、装着者自身を熱から守るための冷却ユニットが構築されており、ネムリが触れても致命的なダメージを受けることはない。

 潮風が吹いた。渦を巻きながら蒸気は散らされ、視界が回復していく。

 ハガネの左腕を固定したまま、ネムリが左拳を振り上げる影が、那渡の目に映った。まともに食らっては、機体ごと頭を潰されかねない。

 終わりか。いや、まだ術はある。

 那渡はハガネの左手首を反転させた。

 人体を超えた可動範囲を有する《焼燬》の左手が、ネムリの右足首を掴んだ。鎧の脛当ては既に、マルチドリルによる先の攻撃で引き剥がしてある。握られた足首は、いとも容易に蒸発した。

 重心を崩し、ネムリが後ろに転倒した。岩の斜面へ倒れかかる。

 那渡は立ち上がりざま、右腕を構えてネムリに飛びかかった。いまやディスプレイの映像は、ほぼ全面が死んでいる。頭部シェルは邪魔だ。開放する。顔面に熱風が吹きつける。

 右手がネムリの左手とぶつかり、組み合いになった。

 全体重をかけて押し込みながら、左掌でネムリの左胸、心臓を狙う。

 ほぼ完全に再生を果たしたネムリの右手が、ハガネの左前腕を掴んで止めた。

《焼燬》を心臓までねじ込めば、ネムリを無力化できる。

 逆に、それができなければ、もはや対抗策は無い。

 那渡はすべての気力を込め、腹の底から叫びを上げた。

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