第3章 テレキネシスの鎌鼬 [8/10]

 トンファーとブレードが激しい接触を繰り返す。

 ハガネとナバリは、木々の間を移動しながら攻防を続けていた。


『独立させたセンサーユニットで収集した情報を含めて判断すると、ナバリは爪や体毛を変形・変質させる能力も有している模様です。これと圧縮空気による攻撃は、いわゆる〝鎌鼬カマイタチ〟と呼ばれる種族が生来備えていた魔法と考えられています。

 鉤爪や鱗甲板りんこうばんを構成する硬質ケラチンは、本来であれば戦闘に適した強度ではありませんが、魔法で絶えず補強を加えることで、格闘戦に適応しているものと推測されます』


 なにやらハガネが長々と解説しているが、聞いている余裕は那渡なとにはなかった。身に着けたスーツの動きに従いながら、目まぐるしく変化する状況を把握するだけで精一杯だ。


 長距離高速飛行の結果として、先にハガネが述べた通り、妙な疲労感が体にまとわりついていた。

 神経が鈍く痺れ、けだるいような感覚。集中力が途切れそうだ。戦闘が長引けば、不利になることは明らかだった。


 ナバリのブレード、その切っ先がハガネのマスクを襲った。頭部カメラの一部が破損して那渡の視界へ乱れが生じたのち、すぐさま他のセンサーにより映像が補完される。

 回転するガントンファーがナバリの脇腹を捉えた。重い手応えがあり、ナバリは足元から倒れかけたが、よろめきつつ踏みとどまる。全身を保護する鱗甲板に阻まれて、決定打とはならない。

 ナバリが、ブレード化していない右手をハガネへ向けて構える。

 ハガネが右手のトンファーを再度旋回させたが、残念ながら間合いの外だ。反転するバトンの先端を、ナバリの目前へと突きつけた。


 ナバリが放った圧縮空気の念動打撃が、ハガネの胴体に炸裂する。

 同時にガントンファーの推進ノズルから噴出した衝撃波が、ナバリの顔面を直撃した。


 両者は反対の方向へと吹っ飛ぶ。相対距離が離れた。

 ダメージを受けつつナバリがブレードを荒々しく振るい、傍らの樹木を切断して丸太にする。そして念動力で浮かせた丸太を、ハガネへ向けて投擲した。

 ハガネは片脚を後ろへ引き、紙一重でそれを避けた。その間にナバリは、さらなる丸太を作って投げつけてくる。

 樹木が衝突した程度では機体にとって大した損傷にはならないが、重量があるため、受け止めると足止めを食らってしまう。ハガネは再び最小限の動きで回避する。

 ナバリはハガネが丸太を躱している隙に短距離の跳躍で移動し、同じものを切り出しては、牽制するように投擲を続けてきた。

 この繰り返しでは、接近してナバリを捕まえることができない。障害物の多い林では、厄介な戦法だといえた。


『我々の動きを制限しながら、ゼンへ接近する意図のようです』

「近づくために、なにか別の武器を……! 昼に教えてくれてた、あの剣を使ってみよう。チェーンソード、だっけ。できる?」

『了解。〝チャインソード〟を装備します』


 右手のガントンファーを、腰のマウントへ戻す。

 次の丸太が目前まで迫っていた。

 ハガネの後頸部から背中を通り、尾てい骨に至る部分までの装甲が本体から分離する。脊椎部インナーフレームを保護していた小片の装甲板群は連なったまま形を変え、薄く細長いストレートの片刃を成した。

 チャイン――すなわち〝背骨〟の部位の装甲から構成された、接近戦用の刀剣である。


 ハガネの外部装甲は、〝ヴァリアブル・デバイス・アーマー〟と名付けられた多機能装備だ。無数の微細部品により構成された装甲板をハガネ本体から独立・変形させて、ガントンファーをはじめとした各種武装を構築することができる。


 ハガネは頭の後ろに形成されたグリップを右手で握り、引き抜きざまに振り下ろした。丸太を縦に両断する。

 そのまま肩口からぶつかり、木の断片を弾いて前進する。

 質量が大きい木の塊であっても、分断すればハガネの馬力で蹴散らして進むことが可能なのだ。チャインソードは鋭利な刃と高周波振動機構を備えた長剣であり、ある程度までの硬さの材質を切断することに特化した装備だった。


 ハガネは両腰のガントンファーで推進し、ナバリへ急接近をかける。

 バックステップで距離をとりつつナバリは、枝葉がついたままの樹木を放ってきた。

 それを小片に切り分け、ものともせずハガネが突撃する。

 ナバリが周りの木々を切り倒して盾にする。ハガネは流れるような動きでチャインソードを閃かせて倒木を斬り抜け、突破した。

 追いついた――!

 眼前のナバリに向けて刃を振るおうとしたとき、グリップを握った右腕が急に後ろへ引かれ、ハガネは仰向けに転倒した。

「なに?!」

 那渡が右手を確認しようと目を動かすと、ハガネは眼球の可動範囲を越えてディスプレイに映像を送ってくれる。

 倒木に絡まった蔦の束が、ハガネの右腕を束縛していた。

 加えて、漬け物石程度の大きさの岩が左肩に投げつけられる。質量以上の威力があり、左腕までもが地面へ固定された。


「動けないの……?」

『自然物が操られ、念動力で物理的に強化されています。ナバリの魔法の有効半径は七メートル程度のようですが、範囲内であれば、このような方法での行使も可能なのでしょう』

 ナバリが左腕のブレードを振りかぶる。その構えは、バックハンドでハガネの首を狙う軌道だ。

 まずい! 那渡が叫びそうになったとき、ディスプレイに映るナバリの腹部に照準マーカーが表示された。

 次の瞬間には右腰のガントンファーが単独で飛び出し、ナバリの鳩尾にめり込みながら、後方へと運び去った。


 距離が離れて念動力さえ解ければ、蔦も岩も、もはや障害ではない。ハガネは左腰のガントンファーを噴かし、起き上がりつつナバリを追走する。

 ナバリは背中から大木に衝突した。やっとのことで、ブレードでトンファーを撥ね除ける。

 ハガネがチャインソードを腰だめに構えたまま突進し、切っ先をナバリの胸へ突き立てた。刃が深く沈み込む。

 ためらう暇すら那渡にはなく、終わりだと思い、息を詰めた。ハガネが状況を伝えてくる。

『まだです。ナバリの心臓は無傷です』

 体表の鱗甲板が剣先を逸らし、心臓への刺突を免れているのだ。


 至近距離でナバリの顔を見た。口元まで鱗甲板で被われており表情は読み取りづらいが、眼は血走り、苦悶と憎悪が伝わってくる。

 こんなにも強烈な負の感情を向けられた経験は、今までの人生では覚えがなかった。

 視界の中でナバリの姿が歪み、次の瞬間、那渡は激しく吹き飛ばされた。

 自らの全周から空気を集めて極限まで圧縮した、渾身の念動打撃だった。

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