第3章 テレキネシスの鎌鼬 [7/10]

 対峙するのは、全身装甲のパワードスーツと獣人の異形。互いの距離は約二メートル。

 ハガネは左肩の一部――鎖骨から肩甲骨辺りにかけての外部装甲が存在せず、発光する魔導流体パネルが露出している。火勢かせにセンサーユニットを携行させるため、分離させた部位だった。

 ナバリが右手を構えた。念動力により両者の間で空気が圧縮され、あまりの高圧から熱を生じる。センサー越しの那渡の視界で、圧縮箇所の空間が陽炎のように揺らいだ。念動斬撃の予備動作だ。


「離れててください!」

 背後の火勢たちに向けて那渡なとが叫ぶ。それに呼応するハガネが両腰のガントンファーを噴かし、前方へ突進する。

 ナバリが斬撃を放つより早く、ハガネはその胴体へタックルをかけ、石垣に接触してから諸共に道路を外れ、下手の山林へと突っ込んだ。



 木々をなぎ倒しつつ滅茶苦茶に、斜面を下へと百メートル近くも突き進んだ両者は、地面に激突して転がった。

 冬の枯葉を巻き上げ、ハガネがいち早く体勢を立て直した。二本あるガントンファーの内一本を腰から抜き、右手に構えてナバリへ殴りかかる。

 仰向けに倒れたままのナバリが片手を突き出し、念動力の打撃をハガネへと放つ。ハガネはセンサーで圧縮空気の動きを見切り、サイドステップで回避した。

 勢いを殺さず腰のガントンファーを噴射してさらなる接近をかけたとき、ナバリの後方から飛来した倒木が、さながら釣鐘を突く撞木のごとくハガネを直撃して、その機体を遠く後方へ押しのけた。



 間合いを引き剥がすことに成功し、ナバリは立ち上がる。予期せぬ敵の介入を受け、標的から離されてしまった。

 標的を追うため向きを変え、木々の隙間を抜けて高く跳躍する。樹高を越えて跳び、念動力で行く手の枝葉を払いながら着地。再度、林から跳び上がったとき。

 ナバリの頭部は強い衝撃を受けた。ガントンファーで飛行して追いすがるハガネが、回し蹴りをナバリに叩き込んだのだ。

 左腰と右手のガントンファーが滞空と旋回を担い、関節のばねで瞬発的に蹴りを放つ。それはオートパイロットによる高度な機体制御の賜物だった。

 叩き落とされたナバリは、身軽に宙返りしつつ足から着地する。那渡はハガネのセンサー越しに、その視線を受け止めた。


 意思と感情を宿した眼。身がすくむような敵意。

 しかし、退くわけにはいかなかった。

「ハガネ。……この林の中で、あいつを止めよう」

『了解しました』

 腰にマウントされたガントンファーが噴射ノズルの角度を変え、ハガネは地上のナバリへ向けて急加速する。同時に、右手に構えたトンファーの内蔵モーターを高速駆動させ、回転するバトンを打ち込むが――。


 その攻撃は硬質な手応えで以って阻止された。ガントンファーを受け止めたのは、一振りの刃だ。

 ナバリの左手の鉤爪が肥大化、変形して前腕を覆い、鋭利なブレードを形成していた。刃渡りは約一メートル。充分な厚みと刃幅があり、近接戦闘に適した形状だと判る。


 衝突したトンファーとブレードが互いを弾く。

 ハガネとナバリは共に全身を翻し、ふたたび武器を打ち合わせた。


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 ぜんに助けられながら火勢は、捻れたガードレールからなんとか抜け出した。

 山の下手の林から、鳥の群れが夜空に飛び立つ。木々がへし折れる、騒々しい音が聴こえた。

 少年の背中を押して促し、ふたりで車へ向かう。

「あの……さっきのが、サカナさんとハガネ、なんだよね」

 歩きながら、火勢は首肯する。

「サカナさんはひとりで勝てるの? 助けにいかなくて大丈夫?」

「勝つ、と言い切ることはできない。だから俺が手助けに行く。君の帰りのタクシーを呼ぶから、到着まで俺の車で待っていてくれ」

 ハガネが強力なことは確かだが、火勢の想像が及ばない制約やパワーバランスがあることも明白である。

 那渡が負けては、漸を守ることすらできなくなる。那渡を助太刀しつつ、漸を安全圏まで逃がす必要もあった。

「……火勢さんが行って、どうにかなるとは思えない」

 前を見つめたまま、漸が言ってきた。

 まさしく図星だが、火勢は苦笑いしてごまかす。

「どうかな。できることをするさ」

「おれも行くよ」

 火勢は思わず足を止めた。

 前を歩く漸が振り返り、正面から目を合わせてくる。


「……君はさっき、魔法を使えたのか?」

 ナバリの体が弾き飛ばされ、火勢が命拾いをした一瞬。無我夢中で確かめる暇もなかったが、確かにあの現象は、漸の叫びに呼応していた。

「……たぶん。今はなにも動かせないけど、あいつの使ってる力を感じて、それを目印にして邪魔できるみたい。そんな感じだった」

 感覚を思い出しつつ漸が語る漠然としたイメージに、火勢は覚えがあった。火鼠の襲撃を受けたあの日――炎に巻かれながら、火勢は自身の能力を自覚したのだった。

 磨道鬼の魔法に接することは、ターゲットの人間にとって、魔法に目覚める条件なのかもしれない。

 ナバリの念動力は、ハガネにも厄介なはずだ。敵の魔法に抗えるならば、それは那渡にとって有利となる。


 しかし漸はナバリの標的だ。接近すれば、真っ先に生命を狙われるだろう。

 火勢は迷った。昴――死んだ息子のことが、頭に浮かぶ。

 遠くから地響きが鳴り、林の中でまた樹木が倒れた。那渡たちは善戦して、戦場をより遠くへと誘導しているようだった。

 漸が音の方に眼差しを向ける。不安げな顔ではなく、決然とした表情で。

 年齢も体格も漸とは違う、昴の思い出を火勢は追想した。公園の遊具に登って誇らしそうに、遠くを見据える目のことを。そのときはひたすら微笑ましく、子の成長を楽しめる光景だった。

 今はただ薄ら寒く、暗い、寄る辺も無いよう感触が火勢の心を苛むばかりだ。


 漸が、こちらへ向き直る。

「やれる」

「危険だ」

「行こう」

 まっすぐな視線が、火勢に突き刺さる。

 毅然と跳ね除けるべきなのか、そうせざるべきか。その判断すら、今の火勢には困難だった。

「……なにが起きても、恨みっこなしだぞ」

 乾いた喉から絞り出されたのは、そんな冴えない言葉だけだった。

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