サカナとハガネの魔導機譚【エピソードⅡ準備中】

子鹿白介

プロローグ 竜騎兵《ネムリ》の帰還

 高度数百キロメートル。地球の低軌道。

 海と大地を見下ろす衛星軌道上を、それは漂っていた。

 長さ約三メートル、高さと幅がそれぞれ一メートル程度の直方体。表面の材質は黒曜石に似て光沢を放ち、平坦に磨き上げられている。

 それは、ひつぎだった。

 中に収められている人物の足、もしくは頭を進行方向へ向け、第一宇宙速度近傍で、地球を周回している。

 柩は長く久しい年月を、この軌道で過ごしてきた。

 だが時は満ち、漂流にも終わりが来る。


 柩は、機が訪れたことを検知した。

 組み込まれた仕掛けが、柩の外観を変化させる。

 直方体にある十二本の辺に沿い、小さな爆発が走った。柩の、進行方向側に位置する一枚の外装板が切除され、本体から離れていく。

 同時に四方の側面で、各々の外装板が浅い傾斜で立ち上がる。前方へ向けて開放された黒い石板の内側に存在するのは、鈍く光る金属質のはこだった。


 函にしつらえられた複数の孔から、火炎が噴出した。内部の燃焼物質が生み出す高圧ガスは進行方向へ激しく迸り、その反動で柩の周回速度を減衰させる。

 燃焼物質は短時間で燃え尽き、ガスの噴出は止まったが、失速する柩はやがて軌道から外れ重力に引かれ、地表へ落下しはじめた。

 大気圏への再突入だ。


 バランスを崩し、緩やかに回転する柩だったが、高度が低くなって大気の密度が増すと、その姿勢を安定させた。開いた四枚の外装板が安定翼の役目を果たし、羽根突きの羽根さながら、放物線を描いて柩は落ちていく。

 急激に落下速度が増し、空力加熱が始まる。オレンジ色のプラズマが柩を覆い、表面が高熱で炙られる。

 通常の落下物であれば燃え尽きる熱量だが、そうはならない。


 なぜなら函には、周囲の熱による損傷を防ぎ、さらには熱をエネルギーとして吸収する機能が備わっているからだ。エネルギーは、内部機構の動力に転用される。

 内部機構の働きとは何か。

 それは、柩の中に眠っている者の肉体を再生することだ。

 灼熱を帯びた函の内側で〝彼〟の屍は復元される。与えられた使命を果たすため、かりそめの生命として。


 やがて柩は薄雲を裂く。四枚の外装板は絶えず傾斜を変化させ、落下地点を微調整し続けた。

 そう。この黒い柩には墜ちるべき目的地が存在する。


 落下軌道の先には、太平洋北西に浮かぶ島国があった。

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