第1章 魔力駆動のパワードスーツ [3/3]

 そしてハガネは、那渡なとの全身を覆い尽くす。


『装着完了。戦闘を続行します』


 頭部全体を包むシェル。眼鏡に代わって、網膜投影方式のディスプレイが那渡の視覚を補助する。

 周囲から映像情報を取り込むのは、顔面の左右に複数個ずつ設けられた光学センサーだ。


 ディスプレイ中央へ、外部の映像に重ねて《破鐵》の文字がシアンの光で描かれ、数秒で消えた。

「今の漢字、ハガネって読むの?」

 口も鼻も密閉されているようであるものの、呼吸の息苦しさや喋りづらさは一切ない。そうです、とハガネが肯定した。


『ネムリの行動力を喪失させます。カセ、車を出す準備をしていてください』


 ハガネが自然な動きで、ドアを開けて車外へ出た。

 体の自由はまったく利かないが、関節を強引に動かされるような痛みを感じることも、那渡にはなかった。

 視線だけは自分で動かして、周囲を見回すことができた。

 セダンが停車した空き地は店舗かマンションの建設予定地と思われ、広く暗いが、隅々まで鮮明な映像で視認できる。


『オートパイロットです。安全のため、力を抜いてください』


 装着者の那渡からは全貌を見ることはできないが、ハガネは人間サイズのパワードスーツ、いわゆる強化服の形態を成していた。

 大小様々に分割された装甲板で全体を保護され、そのフォルムには機械的な直線と、拡張された身体としての曲線が組み合わされている。

 そのどちらにも、那渡本人の薄い体格とは異なる、逞しげな存在感があった。


「……ぼくが自分で戦うんじゃなくて?」

 那渡は疑問を呈した。

『あなたがマニュアル操作を習得するまでは暫定的に、自動で戦闘に対処します』

「それって、ぼくがきみを着てる必要はないのでは」


 ハガネが車から距離をとり、機体の正面をネムリへ向けた。

 なにも身に着けぬネムリは、ゆっくりと起き上がるところだった。燃え尽きた髪の毛も急速に伸びつつあり、月明かりを白く反射している。


『当機の主な動力源は、魔力と呼ばれる生命エネルギーです。戦闘行動に充分な量の魔力は、魔力資源からの取り込みが必須です。

 そして当機が魔力資源へアクセスするには、適合者による装着が不可欠なのです』


 両手両足を緩やかに開き、適度に脱力した姿勢をとるハガネ。

 悠長な動きとは裏腹に、中にいる那渡は気が気ではない。焦燥に駆られつつも問いを口にする。


「魔力って……魔法とか魔術とかの、魔力?」

『その認識は、概ね正解です』


 とんでもないことに巻き込まれたな、と今更ながら那渡は思った。ハガネの言う通りであれば、自分は魔法使いということにでもなるのだろうか?


『キーコード受信成功』

 ひとりごとのようにハガネが告げる。装着者の那渡にだけ届く音声で。


 ハガネの、全身の装甲板は可動式になっている。

 それら各々の一部が少しずつ持ち上がり、内側が覗いた。

 銀色のインナーフレームと、滑らかな曲面を持った透明なパーツ――魔導流体パネルが露出する。


 ハガネの周囲の空間で、白い光がいくつも閃いた。

 光は夜空の星のように瞬き、それを数回繰り返してから、溶けるように消えていく。

 消失してもそのそばから、新たに光が生まれ、煌めく。


「これは……?」

 那渡はつぶやいた。きれいな光だと、つい場違いな感想をいだいてしまう。

『〈マド〉と呼ばれる、発光現象です。魔力資源への接続が開始されたことを示すものです』

 簡潔にハガネが解説する。


 ネムリが身構えた。次の瞬間には地面を蹴り、突き進んでくる。

〈マド〉の光がすべて消え、同時に魔導流体パネルが赤く発光する。橙がかった、柔らかい光。


『浅層魔力資源へアクセス成功』


 那渡の体にも変化があった。

 全身で熱を感じる。血液が熱せられ、心臓から指先まで、確と循環するような感覚。

 急接近するネムリ。那渡が思わず萎縮したとき、ハガネが動いた。


  握った右拳を突き出す。ネムリの左手がそれを受け止める。鉄骨と岩石がぶつかり合うような、重い衝突音が鳴った。

 ネムリの、もう片方の手が掴みかかる。ハガネが左手で防ぎ、両者は組み合った。四本の足が地面にめり込み、土を抉る。

 のしかかるようにネムリが膂力を増し、ハガネは押し負けつつあった。右の拳が、左の手の平が、圧迫を感じ、握り潰されるイメージが浮かぶ。那渡の頭から血の気が引いた。

 パワードスーツの通常可動域を越す強引な締めつけに那渡の両手が痛みを訴える寸前、不意にハガネはネムリの脚を内側から払い、自らも重心を後ろへ崩した。回る視界の中、スーツに覆われた自分の足が裸体の下腹部を蹴り上げるさまを、見たくはないが那渡は見た。


 重い地響き。

 巴投げを繰り出したハガネは見事にネムリを地面へ叩きつけ、その手を振りほどいた。地面を転がって距離を確保し、すっくと立ち上がる。ネムリも同様に身を起こすが、その動作には若干の鈍さがあった。

『力負けしています』

「……なにか、戦い方はあるの?」

『武器を使いましょう』


 ハガネの両脇腹から大腿部外側にかけて、複数の装甲板が独自に動く。

 装甲を構成する微細な部品が組み替わり、新たな形態をとった。

 重量感がある金属製のバトンと、その上部に大型拳銃さながらのグリップを備えた形状。二本で一対となり、両腰に固定される。


 装甲を失った部位の魔導流体パネルが露わになり、発光を強める。

 ハガネの本体は、外部装甲とは異なる、人体に沿った細身のフォルムを成していた。


『〝ガン・トンファー〟を使用します』


 トンファー。那渡も知っている武器だ。カンフー映画などで目にしたことがあったが、それとはずいぶん印象が異なる。

 映画で見るのは頼りなげな木の棒で、武術の訓練を重ねた達人が扱うことで有効な武器になる、というイメージだが、これは銃器のような重々しい風貌だった。

 いや、名前に〝ガン〟と付いているからには、実際に飛び道具としての機能があるのかもしれない。


 ハガネが両手に一本ずつ、ガントンファーを把持した。腰の高さで、両拳を構える。


 ふたたび飛びかからんと、ネムリも重心を沈める。

『不意打ちで行動力を奪います』


 ネムリが疾駆するのと同時に、ハガネは前へ急加速した。


 左右のガントンファー、そのバトンの先端にあり後方へ向けられた噴射ノズルから衝撃波が迸り、ジェット推進を為す。

「――――――!!」

 双方、瞬時に間合いを詰めた。

 激突のタイミングに合わせ、ハガネはさらに加速させた左腕を突き出す。

 拳よりも突出しているバトンの逆端を、ネムリの左胸――人体の心臓の位置へと突き込む。

 しかし、ネムリもそれに対応する。

 体勢を半身に変え、ガントンファーの打撃を受け流す。バトンが胸部の皮膚へ接触し、擦過傷を負わせた。

 ネムリが左脇に、ハガネの左腕を挟んで締め上げ、ガントンファーごと捕らえる。

 固定した状態で右手を添えて体重をかけ、肘の関節を逆方向にへし折ろうとしたとき――。


 ハガネの、拘束されていない右腕が動いた。フック気味に突きを繰り出しながら、右のガントンファーが爆発的な噴射力を発揮する。

 噴射角度を調節されたジェットの推力に加え、内蔵モーターの駆動がバトンへ回転を与える。

 グリップを軸にして高速旋回するバトンが、ネムリの側頸部を直撃した。

 ハガネはトンファーを振り抜く。

 その威力は余すところなく、目標物へと到達した。


 夜の空き地に破壊音が響く。


 殴り飛ばされたネムリは、回りながら地面へ衝突した。そして、うつ伏せに、ごろりと転がる。

 首が異様な方向に曲がっている。

 頸骨が折れているのは歴然だった。


 車外に出て戦いを見守っていたカセは、唖然とするほかなかった。彼自身も超常的な能力を有しているが、人外と戦闘用パワードスーツの格闘に割り込む余地は皆無だ。

 ハガネが両手のガントンファーを腰へマウントした。トンファーが形を変えて腰部装甲に戻るのと同時に、機体各部の装甲板が閉鎖され、赤い発光も収まっていく。

 ネムリに背を向け、ハガネは歩いてセダンのそばまで帰ってきた。


『修復に時間を要する、重い損傷を与えました。今の内に撤退しましょう』

 とどめを指せないのかとカセが問いかける前に、ハガネは説明を始めた。

『急激な動作の反動により、サカナが気を失いました。供給魔力が志向性を喪失したため、戦闘続行は不可能です』

 ハガネは足早に車へ乗り込む。

 カセもそれにならった。倒れ伏すネムリを、警戒して何度も振り返りながら。


 運転席へ戻ると、後部座席には、意識をなくして上体を横たえる那渡の姿があった。ハガネは装着者から分離、変形し、元のアタッシュケースの形態を成しつつある。

 カセはセダンを発車させた。


 サイドミラーに、捻れた首のままゆらりと立ち上がる、ネムリの影が映った。

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