第5章 夜と死と暴力を経て [2/4]

 真夜中の高速道路を二時間ほど西進し、夜明け前に差しかかる頃。途中から運転はハガネの自動操作に任せていた。

 魔力ソナーに反応あり。ネムリの魔力特性だ。およそ六キロメートル先。対象の魔力が弱まっている影響なのか、検出可能距離が短い。今回は単純に、那渡たちの移動経路を辿って追跡してきているようだった。

 その反応が示す現在位置は、昨晩の交戦地点から直線距離で三十キロメートルほど離れている。肉体の再生をしながら、徒歩で追ってきたのだと推測された。

 こちらの接近を、ネムリも察知していることだろう。じきに食いついてくるはずだ。


 直近のインターチェンジ(那渡なとも知っている京都府内の観光地〝天橋立〟の名が冠されていた)で高速道路を降りて一般道を走り、迎撃地点を選定する。人目につかず、自然や人工物を戦闘に巻き込んで破壊するおそれが、できる限り少ない場所。

『この付近の海岸線に、適した地形があります』

 ハガネが車を向かわせる。

 山と日本海に挟まれた国道を走行していると、該当の地点には数メートルに渡り、ガードレールが途切れている箇所があった。そこへ軽トラックを乗り入れ、草地に駐車する。

 予想通り、ネムリの反応はこちらへ向けて移動速度を増していた。接触は約二十五分後であるとの、ハガネの見立てだった。

 非常時の備えとして昨日買っておいた携行食のビスケットと、道中の自販機で購入したペットボトルの水で、腹ごしらえをする。

 周囲は真っ暗闇だが、深々と冷えた空気がどこか、朝の気配を感じさせる時間帯。

 サカナ、とハガネが切り出した。

「うん?」

『私もあなたへ、謝罪するべきなのかもしれませんが……』

「どうしたの、もう」

 那渡はつい、吹き出してしまった。急になんだというのか。火勢かせも、ハガネも。

『あなたが左腕を失った原因は、戦闘時における私の誤った判断です。私には人間のように責任を負ったり誠意を示したりすることは不可能ですが、あなたの希望であれば、オートパイロットの介入設定を見直すことが可能です』

「いいよ、今まで通りで。ハガネに任せるよ」

 たとえハガネの機能が不完全だと言われても、那渡はハガネを、道具として信頼していた。

『わかりました。では引き続き、サカナの意思を優先しつつ、最大限度で機体制御への介入をおこないます。操作モードはマニュアル・オート複合となりますが、より自発的な動作を心がけ、魔力志向性を高めるよう努めてください』

 それでいい。翼竜との戦闘では無我夢中の内にオートパイロットを解除されていたが、那渡自身は戦いも格闘も素人だ。

『あなたの魔力志向性は昨日の戦闘中、大幅に向上したため、中層魔力資源へのアクセスをアンロックすることができました。魔力を制御できている限り、ネムリと互角以上の出力で戦うことが可能であり、また新たに複数の武装の使用制限が解除されています』

 魔力の制御効率が改善され、より強大なエネルギーを取り入れられるようになったという意味だ。実戦を重ねて結果的に那渡の魔法がレベルアップした、と評することはできるが、依然として決定的な有利とは言えない。

『データ解析の結果、ネムリは自らの血液を媒介として当機の装甲強化魔法を無効化する、相殺呪文を有していると考えられます。おそらく初回の戦闘後、適応した呪文を練って再戦に備え、我々へ行使する機会を狙っていたのでしょう。――ダメージを与える際にも、ネムリの返り血を浴びることには警戒を怠らないでください』

 いくら機体の力を強化できても、防御を破られてしまっては勝負は危うい。これまでに得た経験と知恵を振り絞り、自ら思考し応戦しなくては、那渡は生き残ることもできないだろう。


 ……不意に、火勢との会話を思い出した。那渡自身がどうしたいのか、なにを望んで選択をするのか。それを決めさえすれば、もっと楽な気持ちで戦いに挑めるのだろうか。

『ここから約一キロメートルの距離まで、ネムリが近づいています。準備をしましょう』

 いや、そうではない。眼鏡を外してダッシュボードの上へ置き、ハガネに促されて車を降りながら、那渡は思う。機体の頭部が閉鎖された。

 火勢を生かしたくて翼竜を殺した。自分の考えで選択をしても、取り返しのつかない事態からは逃れ得ない。後悔こそすれ納得はできず、楽になるにはほど遠い。――すいを亡くしたときも、そうだったのだから。

 ならば自分で戦いを選び、決断することにどんな意義があるのか。そんなことを迷う自分は、生き延びるための戦いに相応なのか。他者を巻き込んでまで。

 戦いを重ね、魔力志向性は向上している。戦いへ向けた那渡の意志は――適性は明確になる。だがきっと、それだけではいけないのだと、何かが欠けてしまうのだと、思わずにはいられない。


 とりとめなく考えつつ、海の方へ歩く。生い茂る松の枝をよけて進むと、目的の岩場に出た。

 足元に若干の凸凹はあるが、一対一の格闘をするには充分すぎる広さだ。岩場は海へ突出した岬になっており、先端は切り立つ絶壁だった。

 絶壁の下は海。左右の海岸線には低い岩礁が連なっている。

 おあつらえ向き、と言えるのだろう。季節が良ければ、釣り人にでも人気がありそうなロケーションだ。

『万が一のときには、ネムリを海へ突き落として立ち去りましょう。完全な無力化にこそ至りませんが、ネムリの肉体は高密度であり水に沈みますので、逃げる時間を稼げます』


 翼竜を殺したことと、すいを看取ったことが重なり合う。すいの最期の世話は自分が望んだ行動であり、その死に方には責任がある。翼竜のとどめも、ハガネに任せられる判断ではなかった。

 少しでも自分が納得できるよう、誰かの命の行く末を曲げること。同じことを繰り返し、堂々巡りに陥っていると、那渡は感じた。


『キーコード受信成功。中層魔力資源へアクセス成功』

 ひとつの夜に、繰り返しの魔力資源接続。魔導流体パネルが刺すような赤に発光し、体の芯は焼かれるように熱を帯びる。機体との一体感が生じ、無いはずの左腕すら、那渡には熱く感じられた。

 戦いに集中するんだ。那渡はハガネの両拳を握り、陸の方へと向き直った。

 否が応でも早くなる鼓動を整えるために深呼吸を繰り返していると、忘れようもない血の匂いが、那渡の鼻をついた。

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