第5章 夜と死と暴力を経て [3/4]
『ネムリです』
ハガネが告げた。
木々の間の暗がりから、それは歩み出てきた。
裸の上半身をさらした姿。皮膚の大半が火傷で赤く爛れ、魔法による治癒も完全ではないことが窺われた。腰から下には、表面が酸化し黒焦げとなった鎧を身に着けている。
相変わらずの薄白いざんばら髪が、潮風に揺られていた。
『ネムリの魔力反応は半減しており、損傷も完治していないようです』
やはり、与えたダメージは確実に残っている。畳みかければ、優勢を奪えるかもしれない。
「ハガネ。ガントンファー」
那渡の言葉にハガネが応え、両腰の装甲からガントンファーを形成する。左右のトンファーを両手で掴み、那渡はグリップのトリガーを引いた。ハガネは、物理的なインターフェースと脳波検出による情報を複合して、装着者からの操作を受容する。
バトン先端のノズルから衝撃波が迸り、ハガネの機体を推進させた。高速で間合いを詰めながら拳を引き絞り、那渡は右のガントンファーの逆端を、ネムリの胸部めがけて突き込んだ。
ネムリが反応した。正確な動きで、正面から繰り出されたトンファーを両掌で受け止める。
ハガネの噴射とネムリの力が拮抗した。ネムリの鉄靴が足元の岩を削る。
那渡は続けてハガネの左拳を振るい、こちらもガントンファーの推進力を乗せてネムリの脇腹を殴りつけた。ネムリの体が後ろへよろめき、両手が緩んだ。――行ける。
再度、右ストレートで追撃。命中。確かな手応えを感じ、振り切る。鳩尾を直撃され、ネムリは後方に吹っ飛んだ。
地面を転がりながら、両手足を突いて着地。虚無を湛えるネムリの眼が、星明かりを映してぎらりと閃いた。怖気を感じ、那渡は身構える。
低い体勢で岩場を蹴り、ゆるい弧の軌道を描きつつネムリが肉薄してきた。那渡は左腕をバックハンドで振りながら、ガントンファーのグリップ上部にあるサムスティックを操作した。
逆時計回りに高速旋回するバトンが、ネムリの頭部へ襲いかかる。ネムリは左前腕でトンファーを防いだ。
同時に右手でハガネの肘へ掌底を放ち、外側からへし折ろうとしてくる。
ハガネがオートで対応。掌底のインパクトに合わせて、実際に左肘が関節と逆方向へ曲がり、打撃の威力を吸収する。
装着者である那渡の腕が中に入っていないからこそ可能な動きだ。ネムリの攻撃を、実質的な空振りに終わらせる。
那渡はその隙を突き、右のガントンファーを一閃してネムリの胴体を狙った。力強く回転するバトンが筋肉に抉り込み、その内側で肋骨が、音を立てて折れる。
やはりネムリの肉体強化魔法は弱まり、有効打が入りやすくなっている。
そう認識したとき、ネムリの左拳がハガネの側頭部を強かに打った。
「うっ……」
思わず顔を背ける那渡。しかし、怯むこともしないハガネは左肘の関節を組み替え直し、ネムリにボディブローを食らわせた。
戦闘用パワードスーツと人外によるインファイト。高質量を感じさせる、重い衝突音が響き渡る。
『踏み込んでください、サカナ!』
指示が強調され、それでいて冷静な、ハガネの叱咤が那渡の耳を打つ。
互いの右拳が相手の顔面に炸裂した。那渡もネムリも、上体を仰け反らせつつ、その場で耐える。
「……やってる!」
次は左。両者は同時に、腹を殴り合う。
互角。否、那渡の腕に打ち砕く手応えあり。ネムリのあばらを新たに骨折させたのだ。対するハガネに、構造的なダメージはない。
『密接距離で制圧しましょう』
ハガネに促されるまま、トンファーを握った右腕を動かし、ネムリの後頭部を上から押さえつけた。那渡の意思とハガネの機体制御は高い水準で投合し、もはや自動介入の違和感は皆無だった。
首相撲の体勢から、膝でネムリの腹を蹴り上げる。確実に、深々とめり込む膝部装甲板。二度、三度と繰り返す内、ネムリが口から多量の血を吐いた。
機体腹部周辺および大腿部の外部装甲が、ネムリの黒い血液にまみれる。ハガネの頭部シェル内にアラート表示。当該部位の装甲強化が打ち消されつつあった。ネムリの相殺魔法だ。
反射的にネムリの上体を解放し、前蹴りを繰り出して那渡は彼我の距離を広げた。
ネムリは足元をふらつかせながらも前進して追いすがり、左腕を伸ばしてくる。捕まれば、脆くなった腹部装甲から破壊されるだろう。
同じ轍を踏んではいられない。那渡は両腕を左右へ開いて意図的に隙をつくり、トンファーのグリップを握り締める。
ネムリの手が、腹の装甲板に触れる寸前。
左右のガントンファーを噴射させ、両拳を打ちつけ合うようにネムリの前腕を挟んだ。プレス機のごとく、手首の骨を圧砕する。
バトンの逆端同士の間で、強靭な骨を挟み割る感触。
――ああ、そうだ。翼竜にも同じような攻撃をした。翼をへし折ったのだ。
この男、ネムリは、あの竜を喪ったことを、どう思っているのだろう。
つらさを感じて、仇を打とうと考えていたりするのだろうか。
それとも見た目通りに、淡々と、何の感情もいだいてはいないのだろうか。
片腕を折られても表情ひとつ変えず、ネムリは鉤爪のように構えた右手を振るってきた。那渡はガントンファーを手放し、その腕を躱しつつ両手で捕らえる。
落下する二本のトンファーは電磁力で以て両腰のマウントに吸着、再装着された。
ハガネの誘導に従い、背後に回り込みながらネムリの肘と肩の関節を極め、足を払って組み伏せる。
うつ伏せから抵抗して起き上がろうとするネムリの腰を、真上から膝で押さえつけ、動きを封じた。
今や那渡とハガネが、この戦闘の優位に立っていた。
『〝
ハガネの右肩から先の装甲が手首へスライドして形を変え、重機のグラップルに似た異形の腕と化した。
G2アームと呼ばれるその巨大な腕は、ネムリを背中から掴む。猛禽を思わせる鋭い爪を岩肌へ突き立て、身動きがとれないように拘束した。
続けてハガネの左腕、同部位の装甲板も前腕に集結し、マルチドリルという名の近接用装備を形成した。複数の刃が組み合わさった円柱状のドリルが、回転を開始する。
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