第二十四話 よそはよそ


「ふむ……。そなたらがアンタゴニストか」


 荘厳な雰囲気の女性Vのガワが出現し、尊大な口調で言う。


 下手ではないし、声質は良いが、あまり覇気を感じない。


 神というキャラ付けなら、もうちょっと頑張れ。


「ああそうだ。で、あんたらはどこのどいつだよ」


 俺はわざと挑発的な口調で言う。


「『黄金の林檎』じゃ。わらわはヘラ」


 ヘラはそう言って扇で口を覆う。


「そうかよ。で、その黄金の林檎が何の用だ?」


「なに、あまりにも拙い歌が天上にまで響いてきた故な。どのような者が歌うておるのかとわざわざ顔を見にきてやったのじゃ」


 扇を優雅に動かしながら言う。


「へえー、でも、みんな楽しんでいたみたいだぜ。何千年もぼーっとしている内に耳が遠くなったんじゃないのか? これが今の流行りなんだよ」


 俺は小馬鹿にするように言い返した。


 ぶっちゃけ、歌では負けていることは否定できないんだけどな。


 自社の商品をボロクソ言える営業マンはいないし、虚勢を張るしかないのが辛いところだね。


「俗物に媚びるのは神の仕事ではないぞよ。わらわは民とは馴れ合わぬのじゃ。ただ崇めよ」


 ヘラが扇を閉じてこちらに突きつけるようなポーズを取る。


「そんな態度じゃ本物の群れは作れねえぜ? あ、いや、すまん。お前は群れどころか、家庭内平和も守れてなかったな」


 俺は肩をすくめて、大げさなため息をついた。


 音楽論とかに持ち込まれても困るので、子供の口喧嘩がしたい。


 水かけ論上等。


『煽りよるw』


『いつもは紳士なホエるんもさすがにキレてるな』


『今はアンタゴニスト敵対者だから、悪口ムーブなんでしょ』


『そもそもそんなに煽ってるか?』


『ヘラは嫉妬ウーマンで、夫のゼウスは浮気しまくりのクズだから』


『脳破壊されてるやん』


『ヘラは普通に相手の脳を物理的に破壊しにいくぞ』


『ギリシャ神話にあんまり詳しくないから、ヘラとか復讐大好きなヒステリー女のイメージしかない』


「ただの狼ごときが、神のわらわに挑むとは愚かじゃな。死刑に処すぞよ」


 ヘラがテンプレじみた口調で言う。


『ん?』


『会話が微妙に噛み合ってなくない?』


『そこはブチ切れて、「ほざきおる! その醜さはラミアーの子か?」くらいは言え』


「はっ、やれるもんならやってみな。ただ、あんたじゃ力不足だけどな。オレを倒したきゃ、せめて夫の方を連れて来いよ。じゃないとオーディンに申し訳が立たねえ」


 俺は手の平を上に向けて動かし、「かかってこい」のポーズをとる。

 

「……」


 ヘラが硬直する。


(えっ、まさかのスルー。ここまでやってノッてこないのかよ。一体こいつらは何がやりたいんだ?)


 もしかしてこっちが受けた時のことを想定してなかったのか?


 てっきり、俺たちが断ったら逃げたとして一方的に勝利宣言し、もし受けたらプロレスで盛り上げる算段かと思っていたのだが。


『そこで黙るのか……』


『せっかくホエるんが神話前提の世界観の漫才に付き合ってやってるんだからちゃんと返せよ』


『こいつら凸ってくる割には設定の練り込み甘すぎだろ』


『Ⅴの設定崩壊はよくあるけど、喧嘩凸仕掛けてきてこのガバガバさはな』


『そもそも神話からアレンジもせずにそのまま持ってくるっていう安直さはどうなん』


『アホアホワイ。ホエるんが何を言っているか分からない』


『黄金の林檎一味がギリシャ神話の神様。リーダーのヘラはその中で一番偉い神様の妻。んで、ホエるんが言ってるオーディンは北欧神話の一番偉い神様。北欧神話のラグナロクでは、狼の神様がオーディンを食い殺す展開がある』


『無礼者にもユーモアで返すホエ様かっこよすぎる。王神 ¥1000』


『さすホエ』


『ホエ様は雪隠とかしねちゃんとかの跳ねっかえりとのコラボを捌いて成り上がってきたアドリブの猛者だしな』


『北欧神話で狼ってことは、フェンリル?』


『なんかネット小説でモフモフ要員にされてる奴じゃん』


『悪役令嬢のペットにされるホエるん』


『ホエるんモフりたい ¥800』


「――雪女さん、久しぶりねー。元気そうでなによりだわ」


 俺がヘラの回答待ちをしている隙間を埋めるように、ファッショナブルなⅤがセツに声をかける。


「え? 誰?」


 セツが首を傾げる。


「あ、そうよねー。今の私はディーテだもの。この姿では・・・・・は初めてよね」


 ディーテがもったいぶった口調で言う。


「え、いや、『この姿では』とかじゃなくてマジで知らない。女ってことは、プロゲームチームのメンバーでないでしょ。あと、私、友達とか一人もいないし」


 セツが若干引き気味に答える。


『雪隠に悲しき今……』


『俺たちのトイレパイセン ¥300』


『ぼっち・ざ・ろっくガチ勢やぞ』


『氷の宮殿は寒いからね。普通の人間は生きていけないから仕方ないね』


『ホエるんは友達ではなかったのですか』


『ホエるんは友達というよりは理解のある彼くんに近い存在』


『ホエるんは介護担当だからな』


「えー、そんな寂しいこと言わないで欲しいわ。お揃いの服を着て写真を撮ったり、連絡先を交換したりもしたじゃない」


 ディーテがぶりっ子っぽい口調で言う。


「えっ。写真ってことはモデル関係……誰だろ。マジでわかんない。モデルってみんな同じような顔してるから」


 セツが腕組みする。


『色んな意味に取れるディスりだな』


『万能神経逆撫で兵器』


「私は気にしないわー。モデルはファッションで差別化すればいいんだもの。でも、何回ご飯に誘っても未読スルーするのはひどいと思うの」


 ディーテがわざとらしい泣き真似をする。


「え、そうなんだ。普通にめんどくさい相手には機内モードで未読風既読スルーはよくするけど、そんな連絡あったけ……。あっ、そういえば、この前通知が鬱陶しいからプライベートのスマホの連絡先を全消ししたんだっけ」


 セツが思い出したように言った。


(無敵かよこいつ)


 多分、ディーテはセツの評判を落とそうとしてるんだろうけど、彼女に落ちる評判などない。


 なんというか、属性相性有利感あるな。


『雪隠はリセット癖持ちか……仲間だね ¥900』


『これが営業じゃないという現実』


『な? 雪隠だろ? ¥300』


「じ、自由ね。きっとその奔放さが斬新なファッションセンスに繋がっているのねー。私、あの時に撮影に使ったミーリスのアウター、まだ使っているの。またお揃いの写真を撮りましょうね」


「え、それは無理。あのアウターはもう捨てたし」


「……あなた、まだ、あのブランドにスポンサードされてるんでしょ?」


「? でも、インナーとボトムは毎日着てるけど」


 セツがキョトン顔で首を傾げる。


『雪隠は気に入った服は延々使い回すけど、着ない服は平然と捨てるもんな』


『雪隠をスポンサードするのは一か八かのギャンブルだし』


『商品に自信があるなら問題ない』


 ああ、良くも悪くも裏表がないから発言が信用されているのか。


 ただ見た目が良いからモデル案件が来ていた訳ではないんだな。


「……あのね。老婆心から忠告させてもらうけど、そういう傲慢が許されるのは若い内だけなのよ? 今の内に矯正しないと将来痛い目をみるのはあなたよ?」


「そうなんだ。……老婆――ああ、そっか。思い出した。スタッフが『プロ意識が高くて真面目な子なんだけど、年齢的にティーン向けの雑誌にはちょっとね』って言ってた人か」


 セツが手を打った。


「あ? 誰だそいつ。今すぐ名前を教えろや」


 ディーテが低い声で言う。


『美の女神さんブチキレやん』


『デビューから一時間足らずでキャラ壊れてて草』


『老婆心からのインスピレーションで思い出すの失礼すぎるだろ……』


『雪隠自身は煽ってるつもりはなさそう』


『平常運転』


「これ、ゲーム配信でしょ。音ゲーで勝ったら教えてもいい」


「受けて立つわ。ゲームはあんまりやらないけど、私はドラムよ。リズム感には自信があるわ。あなたは楽器できないんでしょ?」


「じゃあ、結果で証明すれば?」


『結局ただゲームがしたかっただけか』


『雪隠かわいいかよ ¥300』


 二人が対決を開始する。


 セツは全く接待することもなく、ストレートにディーテをボコした。


「ああもう! 音に合わせてボタンを押すだけなんて、一体これの何が楽しいのよ」


 ディーテが天を仰ぐ。


「負け惜しみはいい。音ゲーは三十路前に引退する人も多いし仕方ない」


 セツが訳知り顔で頷く。


『雪隠は慰めてるのか煽ってるのか』


『多分なんも考えてないと思うよ』

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