第二十一話 グループ名決め(2)
「分かりましたよ。やっぱり日本はディベート教育を導入しないとダメですね。――えっと、大まかに分けて、ネタ方向とガチ方向があるかと思うんで、とりあえず、二つの系統で考えてきました。まずは、ネタ系でこれは安直なんですが、『肉食と草食と無食』」
俺は照れることなく、真顔で言い切る。
「えっと、肉食がしねちゃんとボスで、草食が私で、無食が雪さん」
咲良が確認するように言う。
「無食と無職をかけて、ネット民に媚びようとしてるのがあざとい。あと、怪しいコンサルが手掛けた飲食店みたい」
明璃がボソりと呟く。
「おう。Vはあざとくてナンボだ。でも、後半の煽りはちょっと効いた」
俺は苦笑した。
「でも、確かに厨二系はあったけど、ネタ系のバリエーションは出てなかったわね。最近は落ち着いてきたけど、一昔前には流行ったし、周回遅れ感も含めて面白いかも」
成増さんが器用にペンを回しながら呟く。
「髭男とかヤバT みたいな感じ?」
籾慈が小首を傾げて言う。
「そうそう。こっちの方向性なら、いっそのこと、俺は視聴者からの公募でもいいんじゃないかと思うけど」
俺は頷いて答える。
「確かに名称未定で公募するのもありかもしれないわね。未定で結成を告知すると同時に募集して、ファーストライブでグループ名発表とか」
成増さんが思考を繰るように顎に手を当てる。
「はは、ウチの視聴者だと絶対、雑魚煽りするようなのばっかりになりそうだなー」
籾慈が遠い目をして言う。
確かにシネちゃんの客層なら間違いなくそうしてくるだろう。
「それで、もう一個の案は?」
明璃が爪の手入れをしながら先を促した。
俺の案を聞きたいというよりは、さっさと会議を終わらせたいが故の質問だろうが。
「ああ。それか。これは、厨二と真面目の中間くらいかなと思うんだけど――」
俺は椅子から立ち上がり、ホワイトボードに『
「お姉ちゃん。どういう意味?」
咲良が籾慈の袖を引く。
「えっ、わかんない。もしかして、ウチの学力、低すぎ?」
籾慈が口を押える。
「いや、あんまり有名な単語ではないから知らなくても普通だよ。すごく簡単に言えば、フィクションの『悪役』のことなんだけど、単純なやられ役ではなくて、『主役に対立する者』みたいな意味なんだ。つまり、必ずしもアンタゴニストは倫理的に悪であるとは限らない」
俺はネットで調べた情報を開陳する。
「つまり、銭形みたいなことでしょ。主役はルパンだけど、倫理的な正義は銭形の方にある」
成増さんが補足する。
「例えが古くない?」
「――コホン。それで、どういう意図でつけたのか教えてもらっていいかしら」
成増さんが明璃のツッコミを咳払いで封じて言う。
「改めて、四人のキャラクターの共通点について考えてみたんですが、狼も雪女も虎もエルフも、基本的にはファンタジーと相性がいい属性だと思います。それで、ルルのエルフを除いて、残りの三つは基本的には童話や神話では悪役サイドですよね。討伐するかされるかで言えばされる側です。で、残りのルルも今回はシネと合体して二重人格のキャラクターでダークエルフ風の妖しい雰囲気ですよね。なので、『主役を喰うほど魅力的なライバル』みたいなイメージでつけてみました。ヴィランズとかでも似たような意味ではありますけど、俺のニュアンスとはちょっとズレるんで」
俺は三人のメンバーをゆっくり見回して言った。
「なるほどね。アンタ――って響きも、日本語の『あんた』ぽくて、反骨精神のある響きよね」
成増さんが納得したように頷く。
「はい。グループでデビューする以上、ちょっとかっこつけるというか、ヤンチャ感があった方が、配信時のドタバタコメディっぽいキャラとの差別化ができて、ファンもVの新たな一面が見られて嬉しいかと思いますし。本質は変えずにズラす感じといいますか」
言葉を選んで語る。
そのまま個々のVのキャラクターを移植して歌って踊るだけなら、それは普通の歌配信と大差ない。グループ全体としてまとまった固有のイメージを構築できないなら、ユニットとしてデビューする意味はない。
「はわわー。なんか分からないけど、すごい気がしますー。さすがはボスですねー」
「グループ名ってこんなガチらないとダメなやつだったんだ。なんかウチの案がすごい適当に考えた感じで恥ずかしくなってきた。これもう決まりじゃない?」
豊橋姉妹が顔を見合わせて語り合う。
「いや、一応、俺のは理屈をつけたからそれっぽく聞こえるだけであって、そんなにいいアイデアでもないよ。横文字は直感的に意味が分かりにくいし。正直、二人の出した案とどっこいどっこいだと思う」
俺は首を横に振った。
自分を天才ではないと自覚してる俺は、どうしてもロジックでアイデアを出すことおしかできない。でも、他の音楽グループの名前の由来を聞いていると、そんな堅苦しい感じで決まってないんだよなー。センスのあるプロデューサーがトップダウンであらかじめ決めているか、もしくは、誰ともなく、自然な流れで出ているパターンか、ほとんどがそんな感じだ。
「私としては、今回のアイドルデビューを内輪ウケだけのものにはしたくないよね。既存のVファン以外にアプローチできるようなグループにしたいの。だから、あんまりふざけたグループ名とか、内輪ウケに走った名前は避けたい。そう意味で、三雲くんの最後の案がいいと思ったわ。造語じゃなくて、明確に由来も説明できる単語だから」
成増さんがペン先でテーブルを等間隔のスピードで叩く。
「え、マジですか? 自分で言っておいてなんですけど、今の雰囲気に流されて決めるのはよくないですよ。いっそのこと、公募までいかなくても、今日出た候補の中から視聴者投票で選んでもらう形でも」
ダメ出しを予想していた俺は、拍子抜けしたように呟く。
おそらく、視聴者投票なら、分かりにくい俺の案は選ばれない。
籾慈か咲良の案が選ばれるだろうと思う。
「それだとうちのユーザー的に絶対ネタに走るでしょ。わざとスベってるのを選ぶとかやってくる可能性もあるし、工作されるかもしれないし。最終的にアンケートを無視してこっちで決めたら反感を買うでしょうし」
成増さんがペンを動かすのを止め、こちらをじっと見てくる。
「それはそうなんですけど……」
もごもごと呟く。
ネーミングセンスはVの視聴者数やゲームの勝敗のように明確な基準がないので、推されても戸惑ってしまう自分がいる。
「もう! 自分で考えた案なんだからもっと自信持ちなさいよ。じゃ、ここは民主主義国家らしく多数決にしましょう。私の『メテオシャワー』がいい人」
成増さんは有無を言わせない口調で、間髪入れずに採決を取り始める。
っていうか、これ民主主義という名の独裁では?
まあ、彼女が最終的な責任者だから仕方ないけどさ。
……。
誰も手を挙げない。
「はいはい。知ってた知ってた。じゃあ、明璃のBダッシュがいい人」
またゼロ人。
「次、咲良の『流星幸福播種委員会』」
「はい」
俺が挙げた。
「籾慈の『雪花虎狼』」
ゼロ人。
「はい。じゃあ、もう分かり切ってるけど、三雲くんの『アンタゴニスト』」
成増さんと籾慈と咲良が一斉に挙手する。
「明璃、誰にも投票してないけどどういう意図?」
成増さんがどれにも手を挙げなかった一人に水を向けた。
「私はどれでもいい」
明璃はスマホに視線を落としたまま答える。
「じゃあ、棄権一ね。ということで、六〇%の圧倒的な得票率で『アンタゴニスト』に決定しました。パチパチパチ」
成増さんが拍手する。
明璃以外の全員がそれに応えた。
「こんな適当に決めて、その内、後悔しても知りませんよ」
俺は肩をすくめる。
「自分の案が選ばれたんだからもっと喜びなさいよ。いいじゃない! やっぱり、リーダーが一番グループの愛が深かったってことよ。三雲くんがアンタゴニスト、略してアンタゴを導いていく宿命なのよ!」
成増さんが俺の肩を励ますように揺さぶってくる。
(もう略称まで決めてるし……。でも、結果的に今まで成増さんがこういう大博打を外したことはないもんな)
前世もない配信未経験だった豊橋姉妹を発掘し、やる気ゼロの明璃がVtuberとして成立することを見抜き、そして、プロゲーマーのなり損ないの俺をトップVにしてみせた。
そのセンスと手腕に賭けよう。
こうして、俺たちのグループ名はアンタゴニストとなった。
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