第二十二話 デビュー配信

 そして、デビュー当日の夜。


 俺たち四人は本社のスタジオに陣取り、最後の機材チェックを終える。


 並び順は左から、ルル+シネ、俺、セツ。リーダーの俺をセンターに置く形だ。ルルとシネは合体前提なので縦並びである。


 ファンには事前にそれぞれの配信で、今日重大発表があるということは告知してある。


『わくわく』


『一体何が始まるんです?』


『はよはよはよはよはよはよ』


 残り数分を切り、徐々に視聴者のコメントが増えてきた。


【よしっ。じゃあ、始めましょう。3、2、1――スタート】


 やがて、インカムに裏に控える成増さんのカウントダウンが聞こえ、時間通りに配信が始まる。


「こんちワオン!」


「こんこん……」


「ガオばんばんー」


「よルルルー」



『はじまた』


『こんちワオン!』


『あの雪隠が普通に挨拶してる……。ガチで重大発表なんだな』


『ガオばんばんー』


『ルルママ今日もかわいいよママ』


「みんな今日はオレたちの配信を見に来てくれてサンキューな!」


 俺は某芸人さんを真似たポーズをする。


「っていうか、自分たちで重大発表とか書いちゃうのダサくない?」


 そう言って、セツは画面の文字を振り払う仕草をした。


『雪隠wwwww』


『いつもの雪隠で安心した』


『企業サイドとユーザーの温度差あるある』


「そんなことないよ! 今日のはめっちゃすごいやつだよ! ガオ的には『世界始まりのお知らせ』にしたいくらいだもん!」


 シネが腕をぶんぶん振りながら力説する。


『でもしねちゃんは、小指をタンスの角にぶつけただけでぶつけただけで『世界終了のお知らせ』してたよね』


『深爪で救急車を呼ぼうとして時報を聞いてたし』


「もー、みなさん。あんまりしねちゃんをいじめないであげてください。それにー、今日のは本当にすごいお知らせなんですよー。ねー、ボス?」


 ルルが手を合わせて俺を見る。


「ああ。もったいぶるのは好きじゃねえから、ぶっちゃけるぞ。オレたち四人は、今この時をもって、アイドル、『アンタゴニスト』としてデビューする! リーダーはもちろん、このオレ、大神吠だ」


 俺は声を張り上げて言った。


 くす玉のエフェクトが出て、俺たちのグループ名を表示する。


『アイドルデビューとかまじか』


『あんたンゴ?』


『なんかググったら薬のページ出て来た』


『ホエ様が歌うとか最高すぎる ¥1000』


『ソロあるかな』


『耳が妊娠準備を始めました ¥700』


『敵役は英語でアンタゴニスト(Antagonist)と言う。悪役とも呼ばれるが、厳密には若干の差異がある。←こっちでしょ』


『サンキューwikiニキ』


『しねちゃん当然のようにリーダーの座を奪われて草』


『まあ、この面子ならホエるんがリーダー以外ないよなあ』


「あっ、なんかガオの悪口が聞こえる。ガオは裏番長だから! 陰の実力者で一番かっこいいやつだから」


 シネが右手で顔を隠すル〇ーシュ風ポーズをしてイキる。


『そう言って丸め込まれたんですね。わかります』


『っていうか、嫌なことはやらないしねちゃんがダンスを覚えられるとは思えない』


『歌詞とかも覚えてない所は鼻歌で誤魔化すし』


「みんな、ガオを舐めすぎ! ガオはかしこいから楽に目立てる方法をちゃんと考えたもん!」


 ダブルピースをして言う。


『そこで頑張るという選択肢はないのか……』


『だってしねちゃんだし ¥750』


 本当は学業の両立という意味では、彼女が一番頑張ってるんだけどね。


 ルルも学業は両立してるけど、高校の方が勉強についていくのは大変だろう。


 でも、それは視聴者が知らなくてもいいことだ。


「いやいや、シネ、そんな都合のいい方法があるかよ」


 タイミングを見て振る俺。


「あるもん! ルルっちと魔法で合体するの! 難しい所はルルっちにやってもらって、ガオは気持ちいいところだけ歌って踊る!」


 ドヤ顔で胸を張る。


『しねちゃんさあ。今時ジャイアンでもそんなことしないよ?』


『最近は欲望に正直な主人公が主流だから……』


「はあ、ったく、シネの奴は……。ルルはそれでいいのかよ?」


 俺はルルをチラ見する。


「はい! ルルはお歌は得意ですけど、踊りはちょっと苦手なんで、しねちゃんと一緒の方が心強いですー」


 ルルが勢いよく頷く。


「よしっ! じゃあ、早速いくよ! ルルっち!」


「はい。しねちゃん! ――ぽわわわわーん」


「がおおおおおおおお」


 ルルののほほんとした詠唱と共に、ガワが切り替わる。


 姉妹の合体キャラであるルーシーが画面に登場する。


 ダークエルフに虎耳と尻尾をつけた肉感的な外見のガワだ。


 爪は長めで黒いマニュキュアが塗られ、ちょっと怪しい雰囲気である。


「「二人合わせて、ルーシー!」」


 ユニゾンで呟く豊橋姉妹。


「どうどう? ガオかっこいいでしょ?」


「しねちゃんと一つになっちゃいましたー」


『ガチで百合合体してて草』


『褐色エッ』


『わざわざもう一体ガワを用意したのか』


『これ結構ガチなやつ?』


『ママとメスガキ。光と闇が合わさり最強に見える ¥1500』


「ルーシーか。まあ、シネの奴もルルの魔法にかけられたら少しはマシになるかもな」


「ホエるん静かにして! あくまでガオが主役だから! ほら、ガオガオ!」


 シネは威嚇のポーズで上半身を動かしていることを示す。


「でも下はルルですよー?」


 ルルはお姫様っぽいお辞儀のステップを踏む。


『上半身と下半身を別々に合成してんの?』


『そんなんできるだ』


『シューティングスターのライブ技術は世界一ィィィィ! ¥300』


 ひとしきり雑談を交え、新しいガワのいじりを終える。


【そろそろ視聴者にルーシーが馴染んできたわね。曲にいって】


「ま、ごちゃごちゃ言っても、結局、百聞は一見に如かずだよな。みんな、準備はいいか?」


 俺は左右を見て、メンバーとアイコンタクトをとった。


「「「OK」」」


 三人が頷く。


「では、聞いてくれ。オレたちのデビュー曲。『流れ星には願わない』」


 惑星の背景に切り替わり、俺たちはその上に立つ。


 やがて、流れ始めるイントロ。


 後はただ踊るだけ。


(実力以上を出そうとするな。積み上げてきたものが全てだ)


 踊る。

 踊る。

 踊る。


 二番。


 踊る。

 踊る。

 踊る。


 決めポーズをして暗転。


 配信を中断し、十五分の休憩に入る。


『なんだかよくわからないけどしゅごい…… ¥1200』


『俺ドルオタだけど結構、難易度高い振付けだったと思う』


『これ口パクだろ?』


『どっちつかずのグダグダになるよりはマシ』


『そもそもVにそういう意味でのリアルは求めてないからなあ』


『ホエるんキレッキレだったな』


『ルルママとしねちゃんも息ぴったり』


『日頃地蔵の雪隠がキビキビ動いてるだけで感動する…… ¥10000』


 コメントを流し見する概ね好評のようだ。


「みんな、お疲れー」


 俺はメンバーに声をかけ、ペットボトルのミネラルウォーターに口をつける。


「お疲れ……。あっ、ログボ」


 明璃はマイペースにスマホを起動し、音ゲーを始める。


「お疲れ様ですー。なんとか、ちゃんと踊れましたー」


「偉い! ウチもほっとした。一瞬、二番のフリをミスりかけてビビったけど」


 姉妹が健闘を称え合う。


「みんな、よかったわよ」


 成増さんが拍手と共に近づいてくる。


 だが、少し表情が固い。


「……成増さん、何かありました?」


 俺は小声で尋ねる。


「いえ。特にトラブルはないわ。ただ、ちょっと、同接数が思ったより伸びてないのよね」


 成増さんが腕組みして首を傾げる。


「そうなんですか。まあ、アイドルって下積みが厳しいイメージありますしね」


「かもしれないけど、うちの有名所をここまで揃えてるにしては――」


 その時、技術スタッフの一人が慌てた様子でやってきて、成増さんに耳打ちする。


「うん。うんうん。わかった。予定に変更はないわ。そのままいく」


 成増さんは神妙な面持ちで頷き、スタッフに指示を出した。


「あの……それ、完全に何かあった反応では?」


 俺は眉根を寄せる。


「ボスー、大変ですー!」


「ホエるん、これみてこれ!」


 怪しむ俺の所に、駆けてくる豊橋姉妹。


 二人のスマホには、見知らぬ三人の女性Vtuberが映っていた。


 俺もスマホを取り出す。


『おい! ガイアが大型新人Vのスリーピースバンドの結成発表会やってるぞ!』


『同接数負けてるやん』


『これ完全にぶつけてきてるだろ』


『プロレス?』


『はいはい。やらせ乙』


『いや、裏で組んでるなら視聴者を分散させるメリットはない』


『バチバチの事務所同士だからやらせはないと思うけど』


『プロレスならこっちでも事前に触れてるはずじゃね』


 コメント欄も動揺している。


「ガイアが新バンドグループ? そんな情報ありましたっけ?」


 俺もVを生業にしてから、業界の動向には常にアンテナを張っている。


 うちのライバルの大手事務所となればなおさらだ。


 新人Vのバンド結成なんて大きめのニュースを見逃すはずはないと思うのだが。


「はあ。もう隠していてもしょうがないわね。どうやら、向こうは開始十分前くらいに、ユーザーに告知メッセージを送ってゲリラ的な結成配信を始めたらしいわ」


 成増さんが苦虫を噛み潰したような表情で言う。


「ゲリラ配信って……。新人Vだけの急な配信に、そんなに視聴者が集まるんですか?」


 確かに大手の新人Vには彗星のごとく現れ、一瞬で人気者になるのも珍しくはない。でも、その場合でも告知はある程度の期間を設けるのが普通だ。いきなり告知してそれだけ人を集められるなんて信じられない。


「そうよね。普通はそう思うわよね」


 成増さんがそう言ってうんうん頷く。


「ということは、普通じゃないと?」


 俺は目を細める。


「ええ。――前世がチート過ぎるのよおおおおお!」


 成増さんが叫びながら、握りこぶしを自身の太ももに叩きつける。


(何者だ……?)


 俺は少しでも情報を得ようと、スマホに視線を落とした。


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