閑話1 0.02%(1)
0.02%。
最大手の動画投稿サイトで登録者数100万人を超える配信者になることができる確率だ。
選ばれし一握りどころか、一摘まみ。
努力と工夫を重ね、そこまでたどり着いてもまだ見られない景色があることを、
(ああ、今は『ヘラ』だっけ)
麗奈は、ガイアが大々的に売り出すことになった三人組Ⅴtuberバンド『
リーダーと言っても、麗奈自身に人望があるから選ばれた訳ではない。
三人の中で一番登録者数が多く、また、世間的にはギターボーカルがリーダーというイメージが流布しているからという、ただそれだけの理由で、上が勝手に決めた。
(っていうか、なに『黄金の林檎』って)
何でもギリシア神話由来のグループ名だそうだが、普通にダサいと思う。
まあ、それはいい。バンド名自体は、その場の流れや時代の雰囲気で適当に決められることも良くある。
一見ダサい名前でもミュージシャンとして成功すれば、周りは勝手に脳内補完して、『敢えてダサくしてる』、『これはこれでアリ』ということになる。
結局大事なのは、周囲を黙らせられるくらいのヒット曲を得られるかにかかっている。
そして、作曲ができない麗奈にとっては、どれだけ有能なクリエイターと組めるかが大事だった。
(売れるためにはなんでもするつもりだったけど……。それにしてもアホらしい)
「ほほほ、どうじゃったわらわの歌は! 他の曲など聞く気も起きぬほどの甘美であろう。そうであろう? 他の女どもにうつつを抜かすような奴は死刑ぞよ」
麗奈は今、銀髪で、カクテルドレス姿の痴女じみた格好をしたやたら巨乳な女のガワを動かしている。一ミリも感情移入できないこのヘラというVtuberのキャラクター自体も神話からそのままパクってきたらしい。
プロデューサーの経堂からは「嫉妬深い女王様でヤンデレでメンヘラっぽいキャラにしてください」と言われたが、よくわからないと言ったら、「とりあえず偉そうな口調で語尾に『じゃ』とか『ぞよ』をつけて、後は適当に『死刑ぞよ』とか言っておけばいいです」と返された。だから、言われた通りそうしている。
『上手かった ¥1000』
『さすがの高音の伸び』
『人妻感があっていいね』
『おはD』
『ふしだらな神と笑いなさい』
『いや、ヘラは貞節の神だから』
『この曲レナちの次のCDに入りますか? ¥300』
『公式が勝手に言ってるだけ』
『エッチならなんでもOKです』
歌を評価するコメントが四割、ガワに発情している奴らが六割といったところか。
麗奈の個人チャンネルの視聴者ばかりかと思ったけど、結構新規もいるっぽい反応だ。
(こんな絵のどこがいいんだか。はあ。こんな風になる分かっていたら、もっと昔に整形でもした方が成功への近道だったかな)
あの頃はまだ若かった。
歌さえ上手ければ、一流のアーティストになれると思っていた。
初めてチャンスを掴みかけたのは、まだ高校生だった頃。有名な音楽レーベルの歌手オーディションに参加した時のこと。
麗奈は最終選考で落ちた。それ自体はよくあること。
納得いかないのは、明らかに一番歌が下手な娘が合格したことだ。
当時、怖い者知らずだった麗奈は、審査員の代表をしているプロデューサーに突撃し、落選理由を尋ねた。
返ってきたのは、極めてシンプルな答え。
『うーん、これからの時代の歌い手さんはビジュアルも大事だからね。シンガーソングライターならともかくさ』
要はブスだから落ちたのだ。
納得できなかった。
歌手に大事なのは歌だろう。
そう思ったから、個人チャンネルを開設し、顔を隠して配信するようになった。
有名曲のカバーで視聴者数を稼いだり、その時々の流行りの曲のアンサーソングを作詞したりして、地道に活動を続けた。何年もやっているとその内のいくつかがバズった。そして、登録者数が増えたらおすすめに乗り、おすすめが増えたら登録者数が増える正のサイクルに上手く乗って、運良く登録者100万人越えの配信者となれた。
(でも、それだけ)
たまに『若者用のインフルエンサー枠』として、バラエティの歌番組に呼ばれることもあった。麗奈じゃなくてもいい、流れ作業の芸人共のツッコミのダシにされるにすぎない、雑な扱いをされる消耗品として。
(そして今は、着ぐるみ紛いで戯言を並べ立てる、キモオタ共の慰み者……ね)
麗奈はアイドルという存在が嫌いである。
『かわいいだの』、『頑張ってる』だの、『恋愛禁止を守ってて偉い』だの、歌やダンスのクオリティとは無関係な過程を評価するシステム。
彼女たち本人にとって歌のクオリティなんてどうでも良く、自分が歌ってる曲の歌詞の意味すら考えたことのないことを堂々とテレビで告白しているアイドルがいることには閉口した。
そして、そんなアホ共を現実から逃げた負け犬連中が『推し』という言葉で誤魔化して、夢と性欲を押し付ける。醜悪で逃避的な運営の集金のための装置。
そんな唾棄すべき存在の亜種に今自分がなっていることが情けない。
でも、そこまでしても、麗奈には掴みたい成功があった。
「だが、曲を作ったのは我だ。諸君、こんな嫉妬深い年増よりも我を支持すべきである。さすれば勝利は諸君と共にある」
キーボード担当のアテナが、凛々しい口調で言った。
甲冑を着た金髪のVtuberが剣を掲げる。
本名は――
彼女は数々のアーティストに社会現象になるレベルの曲をいくつも提供している。
しかし、どれだけ曲が有名になっても、それによって有名になるのはアーティストの方であって、自分ではない。
だから、彼女自身も能力にふさわしい名声を得るため、表に出ることにしたのだと言う。
正直、個人的には馬が合わないタイプだ。
でも、曲は間違いなくいい。
それは認める。
彼女がいるからこそ、麗奈はこの茶番を受け入れた。
『姫騎士キャラか……』
『えっ。何。不仲なん?』
『そもそもバンド名は『黄金の林檎』だろ? 女神が三人で黄金の林檎を争ったせいで戦争になるギリシャ神話』
『不仲営業か。難しいところに手を出す……』
『馴れ合いしないVもありかも ¥300』
『バトったらアテナは戦争の女神だから強そう』
『これほぼほぼセイ〇ーやん』
『アルトリ〇な?』
『なんでもFat〇認定は無知を晒すだけだからやめとけ』
『今のご時世に戦争キャラは不謹慎では?』
『戦争の神といってもアテナは都市守護者だから防衛専だぞ。侵略者の神ではない』
『でも○○○は守れないんだよね』
『普通に曲に感動したんだけど ¥500』
『これ全員プロだろ。素人のクオリティではない』
『当たり前だろ。前世知らんのか』
『ヘラとアテナは演奏上手いけど、ディーテちゃんはちょっと……』
『ディーテちゃんは前世が素人なのにようやっとる。だって、ヘラの前世がトップクラスの歌い手だし、アテナの前世はプロ作曲家だぞ』
『アテナの前世は月曜日のクラムポンの曲とか、最近だと「じゃかしいわ」とか作ってる』
『え、あれ本人が作ってるんじゃなかったのか』
『全部有名曲ばっかじゃん』
「二人とも怖ーい。喧嘩しないで。そもそも、争う必要ないじゃない。どう見ても、ディーテが一番美しいんだから」
ドラム担当のピンク髪のVtuberがわざとらしいぶりっ子口調で身体をくねらせる。
露出の少ないファッショナブルな衣装で、『色気に頼らなくても十分に魅力は示せる』と誇示しているようである。
こいつは個人的にも気に食わないし、仕事上のパートナーとしても嫌いだ。
彼女の中身――
だから、どうした。
メンバーに楽器が下手な奴がいると、純粋にバンドとしてのクオリティが下がる。
だが、上にねじ込まれて抵抗できるほどの権力なんて、麗奈にはない。
『正直ガワは一番好き』
『まあ、美の女神のガワがショボかったらかっこつかんもんなあ』
『めぶぶの服かわいい ¥300』
『アニメアニメしてなくていい』
『めぶぶのキャラまで胸を強調された服にされたらどうしようと思ったけど、良かった。これなら推せます ¥500』
「みんな、ディーテの美しさに魅了されているみたいね? 気分がいいからサービス!」
ディーテが衣装を次々に変え、一人でファッションショーを始める。
どうやら彼女はVを引き受ける条件として、ファッションにこだわることを要求したらしい。
ディーテはヘラやアテナと比べて、圧倒的に豊富な衣装が用意されていた。
『まじかよ。何種類あるんだ』
『普通、新衣装のお披露目だけで配信枠取るよな』
『ガイアの賭けっぷりが尋常じゃない ¥700』
【そろそろ休憩に入ってください】
「では、ここで一度休息じゃ。この後もわらわたちのフリートークを聞いてゆかねば死刑じゃ。質問も受け付けてやる故、光栄に思うが良いぞよ」
指示通りに休憩を告知する。
それからセットの外に出て、のど飴を口に放り込んだ。
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