閑話1 0.02%(2)
「馬酔木さん。さっきのサビ、半音ズレてました」
鷲木がツカツカと歩み寄ってきてクレームをつけてくる。
見た目は眼鏡に枝毛だらけの黒髪という、陰キャの幽霊じみた外見なのに、気は強い。
「あれはアレンジだから」
視線を合わすことなく答える。
「私の曲なんですけど」
わざわざ前に回り込んで、視線を合わせてきた。
鬱陶しい。
「そのまま音程通りに歌うだけなら、ボーカロイドで十分でしょ。ただ上手いだけの歌手なんて、テレビのカラオケ番組に出られる程度のアーティストにしかなれない。でも、目指すのはそういうレベルじゃないでしょ?」
麗奈は鷲木を睨み返した。
無駄に揉めるつもりはないが、かといって彼女に気後れするつもりもない。
「その志には同意します。でも、私の曲を勝手に変えないでください」
鷲木がこちらに顔をズイっと近づけてくる。
「配信されている曲は全部あんたの思い通りなんだから、ライブくらい好きにやらせて」
麗奈は肩をすくめて答える。
「嫌です。CDよりライブの方がショボいバンドとかクソなんで。あと、鵯越さんももっと練習してもらわないと困ります。最低限、素人にはバレないレベルにまでにはしてください」
鷲木がカニ歩きで移動し、鵯越を睨みつける。
「お断りよ。手が荒れたらモデルの仕事に差し支えるもの」
鵯越がリップグロスを塗り直しながら、冷たい視線を送る。
不細工はゴミだと思っている視線だ。
むかつくけどそれが許されるくらいに、彼女が美人であることは分かる。
でも、ここにはいらない。
ブスでも美人でも関係ないから、私たちはこんな絵を被っているはずなのに。
「はあ。そこまでやる気がないなら、なんでこの仕事を引き受けたんですか」
鷲木が嘆息して言う。
「私は有名Vにはなりたいけど、音楽にはさほど興味はない。とあるVをやってる女に私が長年愛用しているブランドのモデルを取られたから、やり返したいだけ。大体、今回も既存のファンの誘導率は私が一番高いでしょ? バンドに貢献はしてるじゃない。音楽に関してはまあ、二人の引き立て役だと思ってくれればいいわ」
鵯越は恥ずかしげもなく言い切り、唇を結んで開く。「キュポン」とトイレの詰まりを直す道具を使った時みたいな音がした。
「実力のなさは自覚してるんだ」
思わず嫌味は口からこぼれる。
「ええ。だってそこで勝負してないから。私はビジュアル担当だから、将来、このバンドが2・5次元化した時にでも貸しは返してもらうわ。二人のおかげで私の美人が引き立ちそうだし」
そのしなやかな指にハンドクリームを塗りながら言い返してくる。
それきり気まずい沈黙が流れ、それぞれ距離を取った。
結局、全く話が噛み合わないまま、休憩時間は終わる。
それぞれが無言で、用意された配信ブースに戻る。
「それではわらわたちにして欲しい企画なぞを聞いていこうぞよ」
尊大に言い放つ。
『ゲーム配信とかしないんですか?』
「わらわは興味ないの」
わざとらしい欠伸で答える。
「我は平時には技芸の神である。音楽に関わるものなら教示しよう」
鷲木がまんざらでもなさそうに言った。
「私は構わないわよ。でも、私の審美眼に適うものだけね」
鵯越はそう言ってウインクする。
『あっ、これコラボ配信とかはしないやつだ……』
『三柱は黄金の林檎を争い合う関係だから、基本ソロで馴れ合わないってことだろうな』
『お互いライバルみたいな?』
『もっとヘラ様の歌が聞きたいです。最近の流行りのやつじゃなくて昔の名曲アニソンメドレーとか』
「勝手に願うがいい。わらわの気が向いたら歌ってやるぞよ」
オホホホと哄笑してみせる。
『即興作曲配信とかできますか? 川谷絵〇みたいなやつ』
「検討しよう」
鷲木が真剣な顔で頷く。彼女は嘘をつかないので、本当に検討はするのだろう。
『ディーテ様にアニメのファッションレビューとかして欲しい』
「悪くないかもね」
鵯越がはぐらかすように言った。こちらはやる気なさそうだ。
それぞれの配信者時代のファンからと思われるリクエストが続く。
みんなすでにファンなので、要求も穏当だ。
ただ……。
『ギスギス歓迎スタイルならシューティングスターに凸るくらいやって欲しい』
『今やってるアンタゴニストの結成配信に凸 URL→』
『ファッションロックじゃないならできるよね?』
『二大事務所の同日デビューの相手をスルーはないよなあ』
おそらく、麗奈たちの前世を知らない、Vtuberというジャンル自体のファンだと思われる奴らがよくわからない注文をつけてきている。
『流星は凸受けてるの?』
『今は雑談中で視聴者サービスで凸受けてる』
『さすがに向こうの運営が弾くんじゃね?』
『喧嘩を売っていくスタイル嫌いじゃない』
『ダメ元で凸ってみて欲しい』
【荒れるんで流星関連のコメントには触れないでください。厄介な流星ファンの荒らしです】
『流星関連のコメ削除されて草』
『対立煽りするために被らせてきたんじゃないのか?』
『スルーするなら、タイムスケジュールずらせよ。向こうはかなり前から事前告知してるんだし』
『わざわざぶつけてきたのかと思ったらガチで偶然なん?』
『なんだよ。大口叩いてファッションロックか』
『炎上商法?』
『まあ、向こうはほぼ流星オールスターズだからね。逃げてもしょうがないね』
『凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ凸れ』
『つーか、ディーテの前世、プロゲーマーとVの片手間でモデルやってる雪隠にCMとられてて草』
『いくらババアのメイクが上手くても天然美少女には敵わないからね』
「なにか美しくない小鳥の囀りが聞こえるわねー。何? 『アンタゴニスト』って、まず響きが美しくないわ。ね、みんな?」
鵯越がこめかみをひくつかせて早口で言う。相当いらついているらしい。
(ああ、その雪隠とかいうのが鵯越が負けた奴か)
というか、指示無視? これくらいの荒らしもスルーできないなんて、プライドが高すぎる。やっぱり、モデルという人種は好きになれそうもない。
「ふんっ。興味ないの、わらわは下賤の輩は目に入らぬのじゃ」
麗奈は肩をすくめる仕草をして、話を軌道修正しようとする。
『煽るつもりはないけど、アテナ様が純粋にアンタゴニストの曲をどう思ったかは知りたい ¥400』
「ふむ。曲は敵ながら大したものだ。だが、どんな名曲も所詮は吟遊詩人の喉次第である。日々、鍛錬怠るべからず」
鷲木が上から目線で言う。
『これ、暗にアンタゴニストが下手だって言ってね?』
『そりゃ、ヘラとアテナの前世的になあ。プロと比べられたらそらそうなるよ』
『事実陳列罪』
(はあ、こっちまで!? 一体、どうしろって言うのよ!)
麗奈は対処に困り、スタッフに視線を遣る。
【プロデューサーからOK出ました。『触れてしまった以上しゃーなしなんで、試しにアンタゴニストの配信に凸ってみてください。そしたらスルーされると思うんで、後は適当に煽って終わちゃってください』だそうです】
「ふむ、お主たちがそこまで申すなら、ちと下界を覗いてみるとするか」
麗奈は視線を下げて、地上を見遣るように首を左右に振る。
「敵情視察は戦の基本である」
鷲木が頷く。
「私より美しい子がいるかしらねー?」
鵯越が邪神のごとき笑みを浮かべて言った。
(もうどうなっても知らないから)
麗奈は半ば破れかぶれの気持ちで、送られてきた凸用URLのリンクへととんだ。
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