第二十三話 うちはうち

 黄金の林檎の曲が終わり、配信が中断したところで、こちらの休憩時間も終わりに近づいてきていた。


「――ふう、取り乱してごめんなさい。とりあえず、今嘆いたところでどうしようもないから、うちはいつも通り頑張りましょう」


 一通り騒いだ成増さんが一転、賢者モードになって言った。


「はい。そのつもりです。よそはよそ、うちはうちで」


 俺は頷く。


 どんな強敵が出てこようと、今俺が考えるべきは、いかに視聴者を楽しませるかだけ。


 配信する時はいつだって、それだけに集中していればいい。


「やっぱりプロの歌はすごいねー」


「私、アテナ様推しになります! 前世の方が、最近あまり新曲を提供されていなかったので心配していたんですけど、元気そうで嬉しいですー」


「へえー、そんなに有名な人なんだ」


「もうお姉ちゃん、『じゃあかしいわ』の作曲した人だよ! 『貞子P』としてボカロでもいっぱい名曲を生み出したんだよ! 『高価格スモッグ』とか、『砂糖雪融雪罪』とか!」


「ああ、全部咲良の好きなやつ!」


 籾慈と咲良はキャイキャイ黄色い声を上げてはしゃいでいる。


 どうやら二人は普通に視聴者目線で黄金の林檎の配信を楽しんでいたようだ。


「え? なに?」


 明璃がイヤホンを外して言う。


 どうやらこっちはずっと音ゲーをやっていて、俺たちの話は聞いてなかったらしい。


(っていうか、うちのチームメンタル強すぎだろ)


 さすが成増さんが人柄重視で選んだだけあるな。頼もしい。


 俺たちは配信ブースに戻って、再開の時を待つ。


【はい、じゃあ、最初は強めに告知であとは流れでお願いね。もちろん、黄金の林檎関連の書き込みはスルー。3、2、1】


「よお。待たせたな。じゃあ、早速、色々と語っていこうと思う。質問もガンガンブッコんできてくれ」


 俺は拳で自身の胸を叩く。


「あっ、ちょっと待ってホエるん。ガオこの格好疲れたからちょっと休憩したい!」


 ルーシーが額に掌底を当ててそうアピールする。


「いやいや、シネさあ、さっき休憩したばっかりだろ?」


 俺は呆れたような声で言った。


「でも、ルーシーのままでいるのが大変なの! ね、ルルっち?」


「はいー、魔力がもうカラカラですー」


 ルーシーがその場にお嬢様座りでへたり込む。


「わかったわかった。じゃあ、さっさといつもの二人に戻ってくれよ」


 俺は手を叩く。


「OK! いくよルルっち! ガオガオ幽体離脱!」


「ちょっとちょっとちょっとー」


 ルーシーのアバターが分離して、しねちゃんとルルに戻る。


『やっぱこれよこれ』


『実家のような安心感 ¥300』


 コメント欄もいつもの空気を取り戻した。


 俺たちとしては、この変身をアーティストモードからⅤモードに戻る時の区切りというか、ルーティンとして定着させる予定である。


『黄金の林檎について一言』


『ガイアに明らかな上位互換が出てきたけどどう思う?』


 荒らしっぽいコメントも散見するが、多数派を占めるには至ってない。


 あまりにもひどいのは片っ端からBANされていく。


『やっぱりダンスを覚えるの大変でしたか?』


「そうだな。全員初めてのことだし、ぶっちゃけ楽ではなかった。特にセツは苦労してたな」


 放っておくと何も喋らなさそうなセツに話題を振る。


「マジでめんどくさかった。そのせいで吠にレディゴーされた」


 セツがぐったりして言う。


「いや、レディゴーってなんだよ」


 俺は手の甲でセツの肩を軽く叩いた。


「あっ、ルル、知ってますよー。雪の女王だからってことですよねー。すうっ」


「ルル、それ以上はやめとけ」


 俺は歌い始めようと大きく息を吸い込んだルルを制止する。


「ガオは何にも言ってない! 何にも言ってない!」


 シネが焦ったように叫んでから、自身の口を塞ぐ。


『ネズミを恐れる猫――虎草』


『窮鼠猫を噛むからしゃーない』


『窮鼠(世界最大)』


『確かに雪隠はありのままではある』


『意味分からないけどなんかエッチ ¥300』


『もっとアンタゴニストの色んな曲が聞きたいです ¥500』


「おっ、いい質問だな! もちろん、今日のライブは手始めに過ぎない。これからもバンバン新曲を出していく予定だから楽しみにしておいてくれ」


 おあつらえ向きの質問が来たので、俺はシネへ目配せする。


「ガオたちなら、ミュージック極会議のステージを満員にするくらい余裕でしょ!」


 ドヤ顔で宣言するシネ。


「シネ、それはまだ言っちゃダメなやつだろ……」


 俺は頭を抱える仕草をした。


 もちろん、嘘である。


 当然、この告知は事前に打ち合わせ済みである。


 今後の目標を提示し、アンタゴの活動が継続的なものであることを視聴者に示して興味を引っ張るのだ。


「えっ? ガオ、また何かやっちゃいました?」


 シネは大きく口を開いて手で押さえる。


『おお、もうライブ決まってるのか』


『わざとらしさに草』


『でも、しねちゃんがやると仕込みなのか、ガチなのか判断し辛い』


『マジかよ。雪隠が継続的な団体行動をできるなんて』


『ルルママの生歌聞きてえなあ。俺もなあ』


 そんなこんなで告知を終え、いつも通りのくだらない雑談を繰り広げる。


「――よしっ。じゃあ、最後はお待ちかねのリスナー参加のゲーム対決だ。ジャンルは音ゲー。俺たちの曲とコラボしたやつな。当たったリスナーは対戦相手をオレたちの中から選んでくれ。ま、オレに勝てる奴はいないと思うけどな?」


 頃合いのいい所で次のコーナーに移る。


『うーん、ルルママかしねちゃんならワンチャン』


『ホエ様にボコボコにされたい部 ¥600』


『黄金の林檎が凸宣言したぞ』


『ゴ -ルデン アッポーから逃げるな』


(ん? なに、凸?)


『ガ〇アとシュー〇ィングスターの全面戦争来るー?』


『戦え戦え戦え戦え』


 ワード規制をすり抜けて荒らし気味の書き込みが増えてくる。


 次から次に削除されるが、到底制御できる数ではない。


【事前の連絡もなく凸? ったく、なにを考えてるのかしらあいつら! ガラの悪い集団ね。これだから嫌いなのよガイアは! みんな、完全無視! 言うまでもないと思うけど。これ以上ひどくなったらコメント欄を閉鎖するわ】


 成増さんが苛立ちを隠さずにそう指示を出す。


「みんなガオとやろ! でも勝っちゃダメ! いい感じで勝負して、最後はガオが勝ちたい!」


「うー、ルルはお歌は好きですけど、忙しいゲームは苦手なので、お手柔らかにお願いしますー」


「全員倒す」


 俺たちは平然と会話を続ける。


 しかし――。


『他社の配信する奴、常識ねえのか』


『流星と関係ない話はやめろ』


『荒らしに構う奴も荒らし』


 うーん、一気に空気悪くなったな。


 このまま収拾がつかずにグダグダで終わるくらいなら――。


【……成増さん。凸、受けましょう】


 俺は配信の音声を切って、成増さんにそう提案する。


(逃げるのは吠のキャラじゃないしな)


 俺個人としても、礼儀知らずなやり方に腹が立つし、こっちが拒否をする前提で舐めてかかってくる感じも気に食わない。


【え? そんなことしたら、炎上商法に巻き込まれるわよ?】


【向こうの配信ではうちに凸ってる映像が流れてるんでしょう? なら受けないとこちらが逃げた印象を与えますよ。それに、仕掛けられた時点で対立構図はもう出来上がってしまってるんで、どのみちSNSやアフィブログで面白おかしく拡散されるんですから、ある意味ではもう巻き込まれてます】


【それもそうだけど、リスクヘッジ的には――いえ、でも、そうね。ここは吠に任せるわ。責任は私が取る】


【ありがとうございます――ということで、みんな、凸を受けていいか?】


 他のメンバーに問う。


【ウチは賛成】


【わー、アテナ様とお話しできるんですかー?】


【誰でもいいから早くゲーム】


 どうやら異論はなさそうだ。


「なんだ? 子分どものコメントを見てると、どうやらオレたちに挑んでくる身の程知らずの輩がいるらしいな。誰だか知らねえけど、売られた喧嘩は買うぜ!」


 俺は不敵に笑って見せ、通信を繋ぐ。


『マジで受けるのか』


『やっぱプロレス?』


『地神と流星がプロレス組めるくらいならとっくに合併してるでしょ』


『タレントのガイア、アイドルのシューティングスター。空と大地は永遠に交わらないのだ』

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