第五話 顔合わせ(1)
数日後の夕刻。
俺は幾許かの不安を抱えつつも、有名Vの中の人たちと初顔合わせする当日を迎えた。
一応、リーダーを拝命してしまったからには、絶対に遅刻はしたくない。
集合時刻の三十分も早く現場に到着し、顔合わせの場となる本社の会議室の椅子に陣取る。
シューティングスターはあまりマナーとかにうるさい風土ではないが、一応、扉から近い下座だ。
やがて、十五分前になった頃、扉が静かに開いた。
身長は165cm前後。女性にしては大柄だ。
化粧っ気は薄い。ぱっちりした垂れ目のタヌキ顔系統の美少女だ。
腰まで届く黒髪のロング。バストもかなり大きい。
白いオフショルダーのワンピース、靴は水色のスニーカー。
花とフルーツのイラストがプリントされたピンク色のリュックを背負っている。
年齢的には高校生くらいかな。幼めのファッションから言って、大学生ではないと思うが。
「こんにちは」
俺は彼女が扉を閉めるのを待ってから、椅子から立ち上がって、頭を下げて挨拶する。
「こんにちはー。……あー! もしかしてー、ボスですかー?」
女性はおっとりした声で挨拶を返してから、小首を傾げて顔を近づけてくる。
「は、はい。吠役をやらせてもらっている、三雲健人です。よろしく」
俺は距離感の近さに少し戸惑いつつ、プロゲーマー時代に使っていた名刺――のチーム名をマジックで消した間に合わせのやつ――を差し出した。
間に合わせで申し訳ないが、Vとしての名刺はどういうものを作っていいか分からないし、グループでデザインを統一した方がいいと思うので今の所は保留だ。
「ありがとうございますー。やっぱり、噂通り男の子だったんですねー。イメージ通りですー。私は花森ルルル役の――って、ごめんなさい。私、名刺持ってないんですけど」
申し訳なさそうに目を細める。
「ああ、いえいえ、大丈夫です。俺も一応持ってきただけなんで」
俺は彼女が気にしないように手を振る。
「そうですかー? あ、でも――あったあった。代わりにこれをあげますねー。はいー」
女性は机の上に置いたリュックを漁り、手の平サイズのファイルを取り出す。
ファイルを開き、外した一枚を俺に差し出してきた。
かわいらしい動物が印刷されたプリントには、『Friends date』と題されており、個人情報が羅列されている。
(えっと、名前は、
小学生に身長で完敗していることに衝撃を覚えるが、深呼吸して平静を取り戻す。
大人だろ、リーダーだろ俺。しっかりしろ。
「ありがとうございます。豊橋さん。これってプロフィール帳ってやつですか?」
改めて見てみると、俺が小学生の頃にもこの手の紙をやりとりしている女子がいた気がする。
「咲良でいいですよー。はいー。平成レトロですー。うちの小学校、スマホ使用禁止なのでー、流行ってるんですよ」
咲良は俺の隣に腰をかけて、水筒のお茶をコキュコキュと飲み干した。
「そうなんですか。――ははは、それにしても、やっぱり、最近の小学生はランドセルとかは背負わないんですね」
俺も再び椅子に座って言った。
創作物だと小学生とランドセルはセットのイメージだが、俺が子供の頃にも高学年になったらランドセルを使わない子供はいっぱいいたもんなー。
「ああー、去年までは使っていたんですけどー、キツキツになってしまったので、買い換えたんですー。お気に入りのランドセルだったんでちょっと残念でしたー」
シュンとして言う。
ファッションというよりは、肉体的制約によりランドセルはお役御免となったらしい。
くそ。俺なんてケチった親に中学生になってもランドセルを使わされかけたというのに。
「なるほどー。それは大変でしたねー」
適当な相槌を打つ。
(まさか、ルルが違法ママだったとは……。よかったな、ルルにバブみを感じでオギャっていた視聴者たち。年下のママは実在したぞ)
これもしもルルがリアルバレしたら、俺の地位が危ういやつじゃね?
少なくともトップ5は固いな。
「はいー。それで、健人くんの学校は今授業でなにやってますかー? 私は図形の面積の公式は一通り覚えましたよー。円周率も五十桁まで言えるようになりましたー」
そう言って誇らしげに胸を張る。
「授業? えっと、微積で図形の面積を求めるくらいならなんとか……」
俺は高卒だが、ギリギリまで進学するか迷っていたので、一応大学受験用の最低レベルの勉強はしていた。
「えっ、すごい! もしかして、健人くん、公文式とか行ってますー? 私もそろそろ塾に行くかどうか迷ってるんですよー。エスカレーター式なんでそのままでもいいんですけどー。もし外部の中学を受験するならー、始めるのが遅いくらいですよねー」
咲良が感心したように言う。
なんか会話が噛み合わないな。
もしかして、もしかしてこれ……。
「あの、ひょっとしてなんですけど、俺のこと、小学生だと思ってませんか? 一応、俺、成人してます」
俺は努めてゆっくり告げた。
「えっ。え、え、え! あっ、そうだったんですねー。ごめんなさい」
咲良が露骨にキョロキョロ目を左右に動かして、深く頭を下げる。
「いえいえ、未成年に間違われるのはよくあることなんで気にしないでください」
俺は大人の余裕を見せつけるようににこやかに言った。
間違われることが多いのは事実だし、早めに誤解を解いておかないと後々面倒なので訂正するのにも慣れているのは本当だ。
だけど、だけどな?
(いやいやいや、俺は確かに幼い見た目だが、中学生に間違えられることはたまにあるけど、小学生に見えるほどショタではないぞ!)
咲良はガワと同じく天然なのか。
それとも、咲良自身が大人っぽいから、小学生像の基準が上振れしてるのか?
きっとそのどっちかだよな!
「大人のお兄さんだったんですねー。同年代の男のお友達ができたら嬉しいなってついはしゃいでしまいましたー。うち女子校なんで、女の子のお友達しかいなくてー」
ちょっと寂しそうに言う。
小学生男子を見慣れてなかったのか。それなら誤解しても仕方ない――か?
「なるほど。まあ、Vはガワを被ってれば年齢は関係ないところはありますし、俺で良ければお友達になりましょう」
俺は微妙な引っ掛かりを感じつつも、それらを全て吞み込んで仕切りなおすことにする。
「ありがとうございますー。やっぱりボスは優しいですねー」
咲良がぱっと破顔一笑した。
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