第四話 いきなりクライマックス
翌日、俺はいつぞやの解雇を告げられた会議室にいた。
テーブルを挟んで成増さんと向かい合う。
「悪いわね。わざわざ呼び出して」
成増さんはお茶の入った紙コップを俺の前に置く。
「どうも……。まさか、また首ですか?」
それとも中の人が男だとリークでもされたか?
まだVへの文春砲は珍しいけど、声優さんとかはターゲットにされてるし。
「そんな訳ないでしょ。稼ぎ頭を首にしてどうするのよ。妙な所でネガティブ思考ね。むしろ、超絶ハッピーな朗報よ」
成増さんはそう言って、パンっと手を叩く。
「朗報?」
俺は首を傾げる。
「ええ。驚かないで聞いてね。――な、な、な、な、なんと! 四人組Vtuberアイドルグループの設立が正式に承認されました! なんと、リーダーは吠! これからは、歌って踊れるVtuberとして、さらに三雲くんの活躍の場を広げていけるわよ!」
成増さんが胸を張って言う。
「え……。マジすか」
俺はそう呟いて、チビチビとお茶を口に含む。
「もうなにその反応! テンション低いわね! もっと嬉しそうな顔しなさいよ。デビューよ? アイドルアニメなら中盤か終盤の見せ場よ?」
成増さんが笑顔を実践しつつ言う。
「いや、だって、音楽なんて配信業以上に素人ですよ俺。いきなりそんなこと言われても困惑しますって」
俺はどう反応していいか戸惑い、頬を掻く。
Vtuberはまだゲーム実況で前職を活かせるという接点があったが、いくらなんでもアイドルはなあ。
「それについては心配ないわよ。歌は最低限のボイトレは受けてもらうけど、今はいくらでも後から機材で補正が効くから。Vの口パクなんてファンも気にしないだろうし。もちろん、実際に公演をする時にはライブ感を出すために、ダンスだけはガチでやるから、ちゃんとフリを覚えるのはそれなりに大変よ。だけど、それも3次元のアイドルに比べれば、手に魂が籠ってないだの、足先がどうの、細部まではうるさいことは言わないから」
「そうおっしゃられましても、俺、今は配信を極めたいんですよ。現在はシネと競り合いながらなんとか一位という感じですけど、他のVの追随を許さないくらいの不動の一位になりたいんです。だから、他の活動で配信の時間を取られるのはちょっと」
ようやく新しい仕事に情熱を燃やせるようになったのだ。
俺自身が満足できるレベルに至るまでは余計なことで惑わされたくない。
「それならなおさら、この話を受けるべきよ。吠がこれからもトップVで居続けたいなら、配信業だけでは不十分なんだから」
「不十分とは?」
「確かに吠はうちのエースよ。三雲くんの真面目さをもってすれば、配信者としては盤石かもしれない。でも、外に目を向ければ、V業界は日進月歩、その活躍のフィールドを広げているから、やがて配信だけでは取り残される。その内、稼ぎの中心は配信から他に移っていくと私は予想しているわ。Vが地上波の夕方に番組を持つ時代なのよ」
成増さんが真面目な口調で言った。
「……うーん、確かに配信業だけでは、コンテンツとして閉鎖的すぎて、業界的にジリ貧だというのは理解できます。失敗するかもしれませんが、挑戦してみる価値はあるかもしれませんね」
正直、俺にアイドルとしての適性があるかと言われると全く自信はない。でも、成増さんがここまで言うなら、乗ってみてもいいかと思った。仮に俺が断ったとしても、他のVに話がいくだけだろうし、もしそいつらが成功したら悔しいし。
「そうこなくっちゃ! 三雲くんなら分かってくれると信じてたわ!」
成増さんが嬉しそうに手を打った。
「それで、四人組ということですが、俺以外の残りの三人は?」
「猫寝とルルル、あと雪羅よ」
「ふむ。ちなみになんでその人選だか教えてもらっても? 俺――吠とシネは人気のワンツートップだから順当かと思いますが、残りの二人は必ずしも人気順ではありませんよね」
ルルは五位~七位の間を行ったり来たり。雪羅に至っては、二桁順位になることも珍しくない。
「ええ、基本的には人気のあるVを優先して選抜したけれど、もちろん、断られるケースもあったし、アイドルとして稼働するにあたって、精神的に安定してて、真面目に練習ができて、不祥事も起こさなさそうな人材である必要があるから」
「なるほど、納得しました」
中の人がまったりやりたい場合もあるだろうし、気分にムラがあり、配信をサボりがちだったり、すぐにヘラったりする中の人では、アイドルとして興行が打てない。そういうことか。
「OK! じゃあ、早速、近日中にメンバーの顔合わせをするから予定が決まったら連絡するわ。他に何か質問ある?」
「そうですね。Vとしては一番後輩の俺がリーダーだと、ファンや他のメンバーから反感を買わないか心配ではあります」
ガチガチのオタク文化のはずなのに、意外と先輩後輩関係は体育会系だったりするからなこの業界。
「まあ、吠は視聴者から優等生のまとめ役のキャラとして認知されてるから大丈夫でしょう。中身の相性は未知数だけど、あなたが一番年上だし、みんなクセがあっても、根っからの性悪がいないことは私が保証するわ」
成増さんが気楽な調子に言う。
まあ、その辺りは俺も何とかなる気がしている。
「それなら、ひとまずは問題はなさそうですね。――俺が男であること以外は」
ぼそりと付け加える。
他のメンバー三人は全員女だ。
その中に一人ぶちこまれる男の俺の気まずさを、この人は考えたことがあるのだろうか?
「……ああー、それは、まあ、とにかく、案ずるより産むが安しよ!」
成増さんが誤魔化すように笑って手を打った。
(これは忘れてたやつだな)
俺は心の中で嘆息しつつも、それを表情には出さず打ち合わせを続けた。
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