第三話 雪女は無神経


「こんちワオン、子分ども! 今日はセツと二週間ぶりの対戦配信だ。牙がうずくぜ!」


 自室。


 俺は今日も陽気に配信の挨拶をする。


 ちなみに吠は狼なので夜行性であるため、夜の配信は「こんちワオン!」であり、日中の配信は「こんばワオン!」から始まる。一般的な挨拶の昼夜を逆転させる形にした訳だ。


 つまり、今、リアルでは夜だ。


『こんちワオン!』


『こんこん雪ー』


「フォート〇イトね」


 コラボ相手のVtuber――氷室 雪羅ひむろせつらは、挨拶もなくいきなりそう切り出してきた。


『食い気味で草』


『素っ気なく見えても内心ウキウキなんだよね』


『まあ、雪隠せっちんのガチについていけるVってホエるんくらいだしなあ』


 氷室雪羅は、雪の王国の王女という設定である。雪に閉ざされた氷室の国では娯楽が少なく、退屈過ぎて室内でできるゲームにはまったという設定――なのだが、中の人はどうやらあまりキャラを厳密に守る気がないらしい。クールで毒舌なドSな性格――という設定であるが、クールというよりは『塩対応』であり、毒舌というよりは『無神経』と評した方がしっくりくるタイプである。


 そして画面越しでも伝わってくるガチ陰キャ感を悟った視聴者の一人が、「便所飯食ってそう」というひどすぎる偏見からの連想で『雪隠』というあんまりなあだ名をつけた。普通なら怒る所だが、中の人はV活動にあまり興味がないのか、それを甘んじて受け入れ、そのまま定着してしまった。


 そんな彼女が上位の人気を確保できているのは、まず第一にM男需要。さらに、彼女がリアル割れしており、中身が美少女プロゲーマーであることが確定しているという点が大きい。


「えー、またやるのかよ? たまには別のにしようぜ」


 俺は眉根を寄せる。


「は? 勝ち逃げ?」


 セツが挑発するかのように目を見開いた。


「このオレが逃げる訳ないだろ? 美味い肉でも毎日食ってたら飽きるんだよ」


 そう言って欠伸をする。


 ぶっちゃけ、俺自身は一つのゲームを延々とやり込むのには慣れているから大丈夫なのだが、さすがに視聴者が飽きる。


「そう。なら、スマブ〇でいいわよ」


 早口で言う。


『雪隠があっさり引いた……だと?』


『そりゃ異常気象にもなりますわ』


「おっ、マジか。じゃあ、シネとかルルにも声かけるか」


 ぶっちゃけ俺もセツも雑談が得意なタイプではないから、この塩対応さんとサシで会話を盛り上げるのがむずいんだよな。


 成増さんから彼女が孤立しないように気を遣ってやってくれって頼まれたから、ちょくちょくコラボするようにはしてるんだけど、できれば他のVも巻き込みたい。


「シネはうるさいしアホだし、真面目に勝ちにいかずにネタプレイでひっかき回すから嫌。ルルは性格的には問題ないけど、プレイレベルが合わない」


 セツが言葉を濁すことなく言い切る。


「いや、だからセツさ。そういう色んな人たちが一緒に楽しめるのがスマブ〇のいい所だろ」


 俺は間髪入れずに突っ込んだ。


 開発コンセプト全否定かい!


『ホエるんのマジレス好き ¥500』


『ホエるんはいつも正しいよ』


『流星の良心 ¥300』



「なに言ってんの? スマ〇ラは終点アイテム無しでしょ。当然」


 セツが味噌汁にトマトを入れる人を見た時のような声で言う。


『カチカチのガチガチの雪隠』


『塩対応の極み』


『氷がさらに冷えるね(絶望)』


『雪隠はこれでいいんだ……。どうしても空気を読まないと生きていけない俺たちの希望の星なんだ…… ¥1000』


 流星のV がアイドル商売を前提にする以上、逆説的にこの超越したユーザーに媚びない態度が好きという層は一定数出てくるものだ。


 もっとも、このスタンスではトップを取るのは無理だと思う。でも、まあ、流星全体の所属Vの多様性を確保するという意味ではアリなのだろう。


「あのな。狼は牙の鋭さだけで勝つんじゃないんだ。森を味方につけて勝つんだぜ」

(※訳 ガチプレイ配信は一部の人しか楽しめないんで、アイテムありのわちゃわちゃプレイにしませんか)


『ホエるん必死の説得』


『配慮のできる狼』


『上司にしたい狼ナンバーワン ¥500』


『犬科は賢いからね』



「でも、狼は絶滅したでしょ」


 セツが鼻で笑う。


『無情』


『永久凍土に引きこもった雪女の末路……』


『コミュニケーション経験不足の弊害だね……』


「その理屈なら、雪の王国も地球温暖化でピンチじゃね?」


 俺は言い返した。


『狼さんはちゃんとヴィットに富んだ返しをできるから助かる』


『他のVだとお通夜状態になるし、しねちゃん相手とかだと小学生の口喧嘩みたいになるからね』


「あっ。生意気な奴ね。心が冷え冷えでカッチンときたわ!」


 思い出したように呟く。


『今「あっ」て言った』


『今日は設定を覚えていて偉い ¥300』


『申し訳程度の雪の王女要素』


「お黙りなさい。不敬な王国民たちめ。氷漬けにして宮殿の家具にするわよ」


 雪隠が棒読み口調で言う。


『せっちゃまのお仕置きありがてえ』


『俺が椅子だ! ¥300』


『じゃあ俺はベッドだ! ¥500』


『ホエるん、しねちゃんはようやくかまいたちの夜をクリアしそう』


『推理せずに片っ端から選択肢を潰していくパワープレイ』


「えーっと、んじゃ、あと三十分くらいでシネの方のゲームが一段落するみたいだから、それまでは終点でガチるか。んで、後はみんなでアイテム有りのランダムステージな。――俺がどんな状況でも一番つえーってことを分からせてやるぜ!」


 視聴者のコメントを流し読みして言う。


「はあ、じゃあそれでいい。アイテム有りはつまらなかったら抜けるから」


 セツがやる気なさげに呟き、キャラクターを選択した。


(スティー〇かよ。まあ、俺はウルフ一択なんですけどね)


 ガチ対戦となると俺も気が抜けない。


「らぁ!」


「チッ」


「クソが!」


「ゴミファンブル!」


 奇声と舌打ちが飛び交う放送事故寸前の配信を垂れ流す。


 ライト層からすると観ていてもつまらないだろうが、セツはいつもガチプレイしかしないので、そもそも彼女のファンは皆コア層である。


 吠のファンも雪隠とのコラボの時はガチになることを覚悟しているので問題はない。


 吠ガチ勢からすると、『ワイルドなホエるんが見られる貴重な機会』らしい。というのも、俺はなんだかんだで司会というか、調整役に回ることが多いからな。設定的には男勝りなヤンチャキャラでも、メタ的には優等生キャラとして認識されている。そんな俺が素に近いモチベで振る舞っている配信は、コアなファンにとってはご褒美らしい。


 とはいっても、正直、彼女とのコラボにはVとしてのメリットは薄いのだが、接待じゃなくガチで対戦できるのは純粋に楽しいんだよなー。強者と対戦できるのは、個人的にモチベーションにつながる。


 もっとも、腕を落とさないために古巣のプロゲーマー仲間にも時々練習に付き合ってもらってはいる。それでも、やっぱり、もう辞めてしまった俺では、元チームのメンバーを、昔ほど気楽には誘えないから。


 五戦して三勝二敗。ギリ勝ち越して、しねちゃんとルルに声をかける。


 快く承諾された。


 早速アイテム有りでスマブ〇を始める。


 ステージは、大戦場――広めのフィールドとなった。


「ガオオオオオオオオオ! しねしねしねしねえしねえしねえ!」


「やあああああああああ!! こないでくださいー!」


 シネはパル〇ナ、ルルはし〇え。


 二人は阿吽の呼吸でタッグを組み、ひたすらセツのケンから距離を取る遠距離戦に徹している。


「チッ」


 とはいえ、セツはプロゲーマーなので、素人の二人の攻撃をかいくぐって攻撃することは造作もない。


 が――


「おいおい! 仲間外れか? 俺も混ぜてくれよ」


 俺のウルフがそれを許さない。


 だって、放っておいたら、ただセツが初心者狩りをするだけの配信になってしまうからな。


「吠! 空気読んで!」


『おまいう』


『雪隠は空気を読めないんじゃない! 読まないんだ!』


「はっ。知るか! 狼は群れで狩りをするんだよ!」


 セツがシネとルルの所にいくと、俺がちょっかいを出す。


 セツがタイマンを挑んでくるなら受ける。


 そんな塩梅だ。


「ああもう! シネもルルも! 普通、吠が一番強いんだから先にそっちをボコすでしょ!?」


「知らないもん! ガオは前にAPE〇でいじめられた復讐をするんだもん! しねしねしねしねしねええええええ!」


『えっ、APE〇って三ヶ月前くらいの配信のやつ?』


『執念深いしねちゃんほんと好き ¥3000』


『しねちゃんにセオリーは効かない』


『しねちゃんの器の小ささを舐めない方がいい ¥500』


「ううー、ゲームは楽しくやらないとだめですよー! ああー、でも、怖いですー!」


 ルルが闇雲に攻撃を放つ。


「あっ! またファンブル!」


『当たった!』


『無欲の勝利か』


『ルルママは神に愛されている ¥300』


 ルルはしねちゃんと共謀する意思はないんだけど、なんか自然と息が合っちゃってるんだよね。


 それで、素人の読めないガチャ攻撃って結構まぐれ当たりするから意外に鬱陶しい。


「もらった!」


 吹っ飛んできた雪隠に容赦なくコンボを決める。


 ケンがはるか大空に吹っ飛んでいった。


「ざまあああああああああ! しんだあああああああああああ!」


「しねちゃん! ボスきてますよー!」


「戦場でよそ見は命取りだぞ!」


「え? ああああああああああ! しねええええええええええ!」


 しねちゃんをステージの横に吹っ飛ばす。


「ぼ、ボスー、ルルもやっぱり食べられちゃう感じですかー?」


「ああ、悪いな。苦しまないように一瞬で決めてやるよ」


「きゃー!」


 ルルがかわいらしい悲鳴を上げてステージの外へと落ちて言った。


「見たか? やっぱりオレの勝ちだな。――で、どうする? もう一戦やるか? ストック2のハンデをやってもいいぞ?」


 俺はドヤ顔で言った。


「あー、舐めてる! ねえ、みんな! 聞いた? ホエるんがガオをめっちゃ舐めてるー! そうだ! ホエるんはルルに甘いから、ルルを盾にして戦えば、ガオも勝てるかも!」


 しねちゃんが台をバンバン叩く音を出しながら、卑劣な作戦を口にする。


「そんなの嫌ですよー、どうせならルルはみんなで仲良くどうぶ〇の森をやりたいですー」


 ルルが頬を膨らませて言う。


「もういい。萎えたから落ちる」


 セツが躊躇なく会話の流れをぶった切り、配信を終了した。


『マジかよ。ガチで抜けやがったw』


『雪隠は小学校の先生に「帰れ」って言われたら本当に帰るタイプ』


『翌日学校に来た雪隠を煽りまくるしねちゃんの姿が見える見える』


 でも、コメントは特に荒れない。


 最初は若干炎上したこともあったけど、今はもうみんな慣れたものでこれくらいの対応なら無風である。


『ルルママが「喧嘩はダメですー」って止めに入る姿も見える見える』


『アンチ乙。雪隠はそのまま不登校になるから、二度と学校には来ないぞ』


『ホエるんは?』


『ガキ大将でもあり、クラス委員長でもあり……』


『ホエるんは冬でも半ズボン穿いてるタイプの小学生でしょ(願望)』


『ホエるんは「めんどくせー」って言いながらも不登校になった雪隠に毎日プリントを届けてくれるよ ¥300』



「はー、まったく、しょうがないなー。負けてすねるなんてユッキーは子供だねー」


 シネが呆れたような、優越感を滲ませた声で言った。


『おまいう定期』


『どっちもどっち』


「ま、セツが抜けたんだと、スマブラはもういいかな。でもなー、どうぶ〇の森はちょっとな、森ならそこら中にあるしなー」


 対戦要素の薄い箱庭ゲーは正直、眠くなる。


「なら、ぷよぷ〇とかはどうですかー? ルル、結構得意なんですよー!」


「おっ、いいじゃん。やろうぜ」


 ぷよ〇よは俺も学生時代にかじった程度で専門外なので、いい勝負になるだろう。


「頑張れルル! ガオはちょっとやらなきゃなことあるから、二回くらいやったら出るねー」


 そんなこんなで、今日の配信はまったりムードで過ぎていき、大きなトラブルもなく配信を終えた。


(うーむ、勝ったには勝ったけど、狼っぽくない勝ち方だったな。小技で相手の連鎖ポイントを潰すセコイ勝ち方じゃなくて、やっぱり派手な大連鎖を組めないと……)


 プルルル。


 俺は今日の配信の反省をまとめていると、スマホが震えた。


(こんばんは。今日も配信お疲れ様。突然だけど、明日、本社で打ち合わせいい?)


 仕事にしてはフランクな成増さんからのメッセージ。


(一体なんだ? 配信は安定しているし、Web会議じゃ済まないほど重要な連絡なのか?)


 あれこれと想像を巡らせながら、俺は反省のレポートをまとめ終えて眠りについた。


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