第六話 顔合わせ(2)

「こんちはー」


 再びドアが開き、少女が入室してくる。


 身長は小柄――俺と同じくらい。


 ショートヘアで、日に焼けた小麦色の肌をしている。


 化粧っ気は全くないが、目鼻立ちの整った顔をしている。


 咲良がたぬき顔なら、こちらはきつね顔の美人である。


 セーラー服にローファー、学生鞄と典型的な女子高生といった格好だ。


 総じて言うと、快活でボーイッシュな、女性から人気が出そうなタイプの美少女である。


「あっ、お姉ちゃん」


 咲良が椅子から立ち上がり、少女の下に駆けて行く。


「あ、咲良もう来てたんだ」


 少女が手を伸ばし、咲良の頭をポンポンと撫でた。


 セツの中の人は知っているので、消去法的に彼女がシネの中の人だとは推測がついていた。でも、身長的には妹の咲良の方が大きいので、何だか不思議な感じだ。


「うん! お姉ちゃんは学校から直接?」


 咲良がくすぐったそうに目を細めて言う。


「そう。本当は一回家によってちゃんと身支度にしたかったんだけど、練習の助っ人を頼まれちゃってさー」


 そう言って、咲良の隣の席に鞄を置く。


(運動部系の陽キャ? Vの中の人にしては珍しいタイプだな)


 少女の引き締まったその肉付きは、明らかに文化部のそれではなかった。


 もし、シネのキャラクターそのままだったらどうしようかと思っていたが、意外とまともそうだ。


 というか、営業ではなく、リアル姉妹だったんだな。そりゃ仲が良くても当然だ。


「初めまして。三雲健人です。吠役をやらせて頂いています」


 俺は姉妹の会話が終わったタイミングで名刺を出してそう挨拶する。


「あ、どうもー。白虎猫寝役の豊橋籾慈とよはしもみじです。ごめんだけど、名刺は持ってないや。籾慈は、紅葉のやつじゃなくて、籾殻の籾に、慈愛の慈ね――よろしく」


 籾慈がこちらに歩みより、握手を求めてくる。


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺はその手を握り返す。


 体温が高めだ。


「にしても、健人君は本当にイメージ通りだなー。イケメンだし、中学生にしては落ち着いた雰囲気だし、モテモテでしょー? バレンタインデーとかチョコ何個もらったー?」


 籾慈が俺の頭を撫でてくる。


 姉妹揃って、初対面から距離が近い。


 そして、クリティカルに失礼だ。


「お、お姉ちゃん、お姉ちゃん。お兄さんは――」


 咲良が眉をひそめ、籾慈に耳打ちをした。


 咲良ちゃん。いい娘だけど、そんなに気を遣われると逆に傷つくよ。


「えっ、マジで!? 年上!? 子供扱いして失礼しました!」


 一瞬驚愕の表情になった後、綺麗な角度で頭を下げてくる。


「いやいや、大丈夫ですよ。Vとしてはお二人の方が先輩ですから」


 俺は苦笑して言った。


「よっす、お疲れー。みんな揃って――ないか。後は明璃あかりだけね。もうちょっと待ちましょうか」


 集合時刻の三分前にやってきた成増さんが、室内を見回して言うと、部屋の奥の席に座る。


 そして、定刻。


「……」


 無言で入室してきた少女は、こちらを一瞥もせず、俺たちとも成増さんとも距離のある席に腰かける。


 自己紹介されずとも、俺は彼女を知っていた。三島明璃みしまあかり


 プロゲーマー界一の美少女だと名高い彼女は、タイアップしているブランドの服――シルクのシャツとサロペット――を無造作に着こなしていた。


 ガワと同じく、病的なまでに白い肌。


 染め抜いたセミロングの銀髪をかき上げて、タブレットを取り出す。


「さて、じゃあ早速、始めましょうか。みんなも知っての通り、今日は、シューティングスターの人気ライバーたちで作る新生アイドルグループのキックオフミーティングよ! 自己紹介とかして仲良くなって、グループ名決めなんかもしちゃったりして、テンション上げていきましょう!」


 成増さんが拳を振り上げて意気込む。


「は? なにそれ。聞いてないんだけど? 今日は大型のゲーム案件の打ち合わせじゃないの? また私を騙した訳?」


 明璃が眉を潜めて吐き捨てた。


(ええー……。話の前置きから全否定されるパターン始めて見た)


「なに言ってるの明璃。人聞きが悪いわね。騙してなんかないわよ。グループが結成されたら、ウチのeスポーツ大会の休憩時間にライブをして、余興としてエキシビジョンマッチをする予定だから」


 成増さんがテレビショッピングの販売員のような笑みを浮かべて言った。


「えっ。そうなんですか? ウチはカラオケ大会みたいなのがあるからその打ち合わせだって聞いてたんですけど」


「咲良もですー」


 籾慈と咲良がきょとんとした顔で呟く。


(まさか、こっちも!?)


「もちろんもちろん。カラオケみたいに歌ってもらうし、おまけでちょーっとダンスもしてもらうだけだから」


 成増さんが人差し指と親指で隙間を作り、『ちょっと』を強調して言った。


 繁華街で路上勧誘する女衒っぽい台詞に聞こえなくもない。


「ダンス……ですか。ウチ、それはちょっと」


 籾慈が視線を落として呟く。


「なんで? 籾慈、運動神経いいんだから、ダンスくらい余裕でしょ」


「いや、そもそもウチ、アキレス腱やってるから部活引退してVになったんで。軽い運動――例えばトス上げとかならともかく、脚がメインで負荷のかかるのは厳しいです」


「えっ。でも、面接では、自分のバレー選手としての力量に限界を感じたから辞めたって言ってたわよね」


「思ったより身長が伸びなかったんでそれも本当なんですけど、まあトドメは怪我ですよ」


 肩をすくめて言う。


「えーっと、咲良。咲良はどうかしら。歌も上手いし、アイドル、やってみたいわよね?」


「咲良はお歌は好きですけどー、ダンスとかは恥ずかしいですー。咲良、運動はダメダメなので創作ダンスの授業でもいっつもみんなに迷惑かけてしまって……」


 しょんぼりと肩を落とす。


 お通夜モードになる会議室。


(なんだこの空気。嘘だろ。開始一分でもうこじれるのかよ)


 廃校ネタに走りがちなアイドルアニメでも、もう少し最初は順調パートが続くだろ……。


「はあ。とにかく、私はアイドルとかやるつもりないから。ただでさえVの活動のせいでゲームの練習時間が減ってるのに、これ以上余計な活動を増やされるとか冗談じゃない」


 明璃が溜息一つ席を立った。


「ははは、えっと、じゃあウチもそういうことで……」


 籾慈が気まずそうに頭を掻きながら立ち上がる。


「えっと、えっと、お姉ちゃんがやらないなら咲良もー、ごめんなさいー」


 咲良は成増さんと俺を気遣うように見遣ってから、ぺこりと頭を下げて籾慈の後に続く。


(あれ、これ、最初から詰んでね?)


 俺は手の平からじんわりと汗が滲むのを感じながら、ごくりとつばを飲んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る