第七話 無茶振り

 三人が去り、会議室のドアが虚しい音を立てて閉まる。


「……成増さん? 他の三人に事前に同意を取ってなかったんですか?」


 俺は油の切れたロボットのように成増さんの方へ首を動かす。


「まあ、とりあえず集めちゃえばなんとかなるかなって。てへっ!」


 成増さんがペロッと舌を出す。


「……失礼します」


 俺はメモ用の筆記用具を手提げ鞄にしまい始める。


「待って待って待って! 実はもうニカニカミュージック極会議でライブ枠取っちゃったから、今更後には引けないの! ピンチはチャンス! ピンチはチャンス!」


 成増さんが競りに出されるマグロのように、机にダイブして俺の手を押しとどめた。


「俺はピンチはピンチでしかない理論の方が好きです」


 チャンスチャンス言ってた人はどうなった!? どうなったよ!


「いやいやいや、真面目な話、何も考えずに調子よく適当に受ける子よりも、最初は渋ってた子がなんとか引き受けてくれた方が意外にちゃんとやってくれるものなのよ。それだけ物事に対して真剣で、真面目に考えているってことだから。実際、三雲くんのV活動もそうだったでしょう?」


 流れるような動作で俺の隣に腰かけて言う。


「その理屈はなんとなく分からなくもないですけど、さすがに四人中三人がやる気のないグループなんて成立しないでしょう」


 俺は鞄のチャックを中途半端に閉めたところで静止した。


「いや、明璃の反発は予想の範囲内だったんだけど、まさか豊橋姉妹にも嫌がられるとは思わなかったのよね。豊橋家はご両親があんまり芸能活動に肯定的じゃないから、いきなりアイドル活動の話を出す訳にはいかなかったの。まず姉妹に乗り気になってもらって、本人たちからご両親を説得してもらう。後は多数決の暴力でアイドル結成を既成事実化して、断りにくい雰囲気を出して明璃を押し切ろうかなってプランだったんだけど。あー、当てが外れたー」


 成増さんはテーブルに突っ伏してぼやく。


「うーん、そもそもその計画もどうなんですか? 豊橋さんたちの家庭の事情はともかく、明璃さんは押し切られるタイプにも思えなかったですけど」


 彼女と今日会ったばかりなので確たることは言えないが、その言動には芯があるように感じた。


「いやいや、あれであの子、結構流されやすくて寂しがり屋なところあるから」


 成増さんが上体を起こして、フラワーロックのごとくクネクネと揺れる。


「そうなんですか。まあ、ともかく、三人の説得が終わったらまた連絡ください」


 俺より明璃との付き合いが長い成増さんが言うならそうなのかもしれない。だが、いずれにしろ彼女たちを説得するのは俺の業務管轄外の話だ。

 そう考えて席を立つ。


「ちょいちょいちょい、何を言ってるの三雲くん! 今こそあなたの出番よ! チームをまとめるのはリーダーの仕事でしょ! ほら、『アイドル部を設立するために渋る部員候補を説得する』なんて、いかにもアイドルアニメの主人公ムーブじゃない! よっ、主人公! シューティングスターの星!」


 俺の腕に縋りそう言い募ってくる。


 なんか頭痛が痛いみたいなことを言い出したこの人。


「あの、それって世間では無茶振りって言いません?」


 鞄のチャックを閉めきって尋ねる。


「そう言わないで試してみてちょうだいな。私よりも年の近い三雲くんの方がまだ彼女たちも心を開きやすいと思うの。責任は私が取るから、ね? お願い」


 上目遣いで頼み込んでくる。


「うーん、成功確率は低そうですが、とりあえず、コミュニケーションを図ってみます」


 アイドル活動がどうなるにしろ、これからもコラボする相手と気まずい関係になるのはまずい。彼女たちとはそこそこ良好な関係は維持しておきたい。


 俺は鞄を担いで成増さんに別れを告げ、三人を追いかける。


 早速、エレベーター待ちをしている豊橋姉妹の背中が目に入った。


 待ち時間の長い高層ビルで助かった。


「すみませーん」


 俺は手を挙げて二人に声をかける。


「あ、お疲れさまです」


「ボスー。お疲れ様です」


 二人がこちらを振り返り目礼した。


「お疲れ様です。――なんか、こんな感じになっちゃいましたけど、せっかくの機会ですから、アイドル活動関係なしに、ファミレスかどこかで親睦会でもできればと思うんですけど。どうですかね。いきなりであれですが」


「いいですね! ウチは全然OKです。そもそも今日はどこかで食べて帰る予定だったんで。咲良は?」


「咲良もいいですよー。ご飯はみんなで食べた方がおいしいですしー」


 頷いて言う。


「ありがとうございます。それで、明璃さん――銀髪の娘は?」


 俺は周囲を見回して言う。


「ああ、階段で降りていきましたよ。エレベーターを待つのがめんどくさかったぽいですね」


 籾慈が下り怪談へと繋がる扉を指して言う。


(まじかよ。ここ21階だぞ。そっちの方がめんどくせえだろ!)


 明璃氏は短気な奴だなあ。


「わかりました。ちょっと彼女にも声をかけてくるんで、地上階のロビーで待っていてもらっていいですか」


「了解です」


「はーい」


 俺は二人へ背中を向け、階段を駆け下りる。


 七階ほど降りた所で、彼女のつむじが見えた。


「明璃さーん! ちょっとお話させてもらってもいいですか!?」


 俺は声を張り、手を振って明璃に呼び止める。


「? ……!」


 こちらを一瞥した明璃は、なぜか足を早めた。


(なんで!? 俺なんか嫌われるようなことしたか?)


「どうして逃げるんですか!? ちょっとみんなで一緒にご飯でも食べませんかっていうだけのお誘いなんですけど?」


「……」


 明璃は俺の呼びかけを無視して、一心不乱に階段を駆け下りる。


 足を踏み外したら危ないだろと思いつつ、俺も全力を出した。


 俺とて別に足が速い訳ではないが、男女の筋力差と体力差で徐々に差は縮まる。


 俺は最終的にはヤンチャな中学生のように手すりを尻で滑り降り、ギリギリ三階の踊り場で彼女の前に立った。


「……チッ。負けたか」


 そう呟いて、浅い呼吸を繰り返す。


「はあ、はあ、いや、何の勝負ですか」


 俺は深く息を吸って、吐いて、呼吸を整える。


「……で? 何?」


 明璃が不遜に小首を傾げ尋ねてくる。


「いや、だからせっかくの機会ですし、今後もなんだかんだでVとして絡みもあると思うんで、晩飯がてら四人で親睦会でもしませんかというお誘いなんですが」


 俺はまた逃げられる前に早口で用件を告げた。


 明璃はしばらく逡巡するように顎に手を当ててから、やがて口を開く。


「……。……。ゲーセン」


「はい?」


「食事の後、ゲーセンで私と勝負してくれるなら参加してもいい」


 こちらを睨みつけるようにして言う。


「はあ、それくらいならお付き合いしますが」


 俺は頷く。


「……そう。二人は? 場所は?」


「地上階で待ってます。場所はまだ決めてないです」


 メッセージアプリのような短文を繰り出してくる明璃に応答しながら、俺たちは豊橋姉妹と合流した。


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