第八話 ファミレスにて(1) 

「それで、皆さん、何か食べたいものとかありますか?」


 俺は三人の顔を見渡して尋ねる。


「はい! 肉! ウチは肉がいいです!」


 籾慈が挙手して言った。


「咲良はどこでも大丈夫ですー。あっ、でも、スイーツが置いてあるところだと嬉しいかもですー」


 咲良が控え目に主張する。


「さっさと料理が出てくるところならどこでも」


 明璃はスマホをいじりながら無感情に言う。


「じゃあ、とりあえず、ファミレスでいいですかね」


 ちょうど近場にファミレスがあったので、そこに入る。


 中はガラガラで、俺たちは待ち時間もなく四人席に案内される。


 夕陽の差し込む窓際に籾慈と明璃が座る。


 それから、籾慈の隣には咲良が、明璃の隣には俺が順に腰かけた。


「じゃあ、ウチはミックスグリル定食にしようかなー」


 籾慈が注文用のタッチパネルに指を滑らせる。


「咲良はこれにしますー」


 隣でそれを覗き込んでいた咲良が即決した。


「お子様ランチ? プリンがついてるから?」


 籾慈が小首を傾げる。


「ううん。おまけのおもちゃの代わりにゴーヤの種を選べるらしいのでー。SDGS推進のキャンペーンなんだってー。グリーンカーテン用みたいー」


 咲良がうずうずしたように両手の拳を握る。


「でも、咲良。これ以上花が増えたら母さんに怒られるんじゃない? 家の庭はもういっぱいっしょ」


 籾慈が呆れと親愛が半々くらいの声色で言った。


「でもでもー、これはお花じゃなくて、お野菜だよー? ネット栽培すればデッドスペースを活用できるしー、だからセーフだよー、お姉ちゃん」


 咲良が小刻みに身体を上下させてそう訴える。


「そうかな? 咲良は前に菊も頑張れば食べられるからお野菜理論で乗り切ろうとしてたしなーっと、――はい、どうぞ」


 豊橋姉妹が和気あいあいとタッチパネルを操作し終え、明璃に渡す。


「……」


 明璃は黙々とタッチパネルに入力し、無言でこっちに渡してくる。


 えっと、彼女はうどん単品か。


 俺はトンカツ御前を選び、まとめて注文を押す。


「じゃあ、ドリンクバーは俺がまとめて取って来るよ。何がいい?」


 俺は席から立ち上がって言う。


「えっ。年上の方にそんなことさせられませんよ。ウチが行きます」


 籾慈が直立し手を挙げる。


「いや、俺が誘ったんで、これくらいは気にしないで」


 俺はにこやかに答え、籾慈に着席を促すように手のひらを下に動かす。


「え、そうですか? ……うーん、じゃあ、お言葉に甘えて、ウチはオレンジジュースで」


 籾慈はしばらく立ったまま逡巡していたが、やがて腰を落ちつけて言った。

 

「咲良もお姉ちゃんと同じのでー。ありがとうございますー」


 咲良が遠慮がちに言う。


「緑茶」


 明璃が無遠慮に言った。


「わかりました。じゃあちょっと待っててください」


 飲み物を取って席に戻り、みんなに配る。


「えっと、じゃあ、改めてまずは自己紹介しましょうか。俺は三雲健人。大神吠役をやらせてもらってます。趣味は、バレバレだとは思うけど、ゲームです」


「ウチは豊橋籾慈。白虎猫寝役です。趣味――といえるほどもないっすけど、身体を動かすのは好きかな。去年まではバレー部でした」


「豊橋咲良ですー。花森ルルルちゃんの声ですー。好きなものは園芸、ですかねー。最近はサボテンと蘭が気になってますー」


「……三島明璃、氷室雪羅役。っていうか、全部覚えるのめんどくさいから、キャラ名か、本名か、どっちかで統一したいんだけど」


 明璃がティーパックをソーサーによけながら言った。


「確かに一理ありますね。配信の時にうっかり本名を呼んだりしたらまずいですし、キャラ名――というか、配信の時の呼びで統一しますか?」


 俺はそう提案する。


 慣習は恐ろしいもので、ちょっとした油断が事故につながりかねない。


 気にしすぎかもしれないけど、やっておいて損はないだろう。


「はーい、ボスー、でいいんですよねー? というか、すでに私、勝手にそう呼んじゃってましたねー」


 咲良が朗らかに言う。


「えっと、じゃあ、ホエるん――吠さん?」


 籾慈が言葉を選ぶように言う。


 彼女はどうやら意外と気にしいなところがあるようだ。


「俺は気にしないんで、敬語もなしで大丈夫ですよ。もちろん、喋りにくければ敬語でも大丈夫ですけど」


「いえ、吠さんさえよければ、ウチもタメ口で大丈夫です」


 真剣な顔で頷く。


「じゃあ、今からタメ口で」


 俺は合図代わりに軽く手を叩く。


「了解っす――じゃなくて了解」


 籾慈がどこかほっとしたように頷く。


「じゃあ、そういうことで。――というか、シネには失礼だけど、思ってたよりもちゃんとしてて、いい意味で驚いたよ。演技上手いね」


 俺は本心からそう言った。


「ありがと。シネは演技というか、本音のブレーキを解放する感じかなー。日常生活では当たり前だけど、上下関係とか、今後の人間関係とかを気にして、みんな本音に蓋をしてるじゃん? でも、ガワを被って、リアルで面識のない視聴者相手だとそれが解放できるから、それが楽しいんだ」


 籾慈がちょっと照れ臭そうに呟く。


「なるほどね」


 俺は納得して相槌を打つ。


 籾慈はリアルではしがらみの多い体育会系っぽいので、Vではそういうことを気にせずやりたいといったところか。


「ホエるんは、なんていうか『プロ』って感じだよね。一切プライベートを見せないし、すごく練られてるっていうか」


 籾慈が感心したように言った。


「そうだね。俺は才能がないから、どうしても計算で演技する形になる」


 俺は頷く。


「ルルは特に演技とか考えたことないですー。やっぱり、ちゃんとした方がいいんでしょうかー?」


 咲良が不安げに目を瞬かせる。


「いや、ルルは今のまま、中の人の人柄が素直に出していった方がいいよ。セツくらいのレベルにまでキャラの演技をしないのは正直どうかと思うけど」


 俺は明璃を一瞥して言った。


 初対面で失礼かもしれないが、明璃の今までの言動から、直接的な物言いを好む人格だと判断した結果だ。


「だって、興味がないし」


 明璃は優雅さの欠片もない仕草で、カップをティースプーンでゴリゴリとかき混ぜて、息を吹きかけまくる。


 雪女だけに熱さに弱い――なんて設定は気にしていないだろうな。単に猫舌だろう。


「えっと、じゃあ、ユッキーはなんでVになったの?」


「Vの活動をしたら、プロゲーマーとして優遇してもらえるから。普通なら組んで貰えないレベルの相手と練習できる」


 悪びれもせずに答える。


 なるほど、そういうバーター契約だったのか。


 いかにも成増さんのやりそうなことだ。


 俺は明璃がいまいちVのやる気がない理由に納得する。


 明璃にとってVの活動とはノルマとしてこなすものであって、本命はプロゲーマーの活動なのだ。


「わー、二刀流というやつですかー? かっこいいですー。えっと、プロゲーマーの雪さんに勝つってことは、ボスもプロゲーマーなんですよねー?」


 咲良が目を輝かせて俺を見る。

 一応、吹っ切ったつもりだけど、彼女のまっすぐな視線を受け止めるのはまだ少ししんどい。


「いや、今はもう引退したよ。元プロゲーマーだね。まあ、部活で言うと、一・五軍か、補欠みたいな感じの実力だったから、あんまり自慢にはならないんだけど」


 俺は頭を掻いて言う。


「それ、その補欠にも勝てない私への当てつけ?」


 籾慈が半分冗談めかした声で言う。


「いや、全くそういうつもりはない。ただの事実だ。女性ゲーマーと男性ゲーマーでは活躍のフィールドも違うしな」


 俺はつい真面目に答えてしまう。


 男女比で考えた場合、プロゲーマーの女性は少ないので希少価値がある。


 例えばゲームの解説役でも男女コンビの方が見栄えが良いし、エキシビジョンとして女性プロゲーマー同士の対決を組んで貰えたりもする。


 明璃はせっかく見た目も良く、女性プロゲーマーの中では上位クラスの実力がある。なのに、その塩対応のせいで仕事を逃している感があるのでもったいないと思う。今でも彼女はコスプレやモデルの仕事はしているようだが、その気になればもっと稼げるはずだ。


「女性のプロゲーマーはにぎやかしの接待役で満足してろってこと?」


 明璃が棘のある口調で言った。


「何でそう悪しざまに解釈するんだ。誤魔化しても仕方ないだろ。女性プロゲーマー全体の話はともかく、セツ個人に関しては、もし男だったら首になるくらいの成績だっていうのはお前自身が一番良く分かってるはずだ」


 プロゲーマーの人気を可視化するのは難しいが、戦績は誤魔化せない。


 言うまでもなく、俺に負ける程度の実力では純粋なプロゲーマーとしては落第点である。


「お待たせしました。『出汁が香る黄金うどん』です」


「チッ……」


 明璃は舌打ちして一方的に会話を打ち切り、先に運ばれてきたうどんを無言ですすり始めた。

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