第九話 ファミレスにて(2)
「プロの世界は大変だなー。ウチもプロと比較するのは失礼だけど、部活時代はレギュラー争いでギスギスしてたっけ」
籾慈が少し遠い目をして言う。
「シネは怪我で部活を辞めたんだよな。今でも未練があったりする?」
意を決して踏み込んだ。もしこれが純粋なプライベートならセンシティブな話題は避けるのだが、今は彼女の説得材料を探すために少しでも情報が欲しい。
「うーん、どうかな。最初はあったんだけど、今はたまに練習に混ぜてもらうくらいで満足してる。それくらいVの活動が楽しいの」
籾慈が一抹の寂しさを含んだ笑顔を浮かべた。
「そうか。じゃあ、シネはアイドル活動も本当はやりたいってことでいいのか? 純粋に脚の怪我がボトルネックなだけで」
もし彼女が足の怪我を断るための方便として使っているのだったら、説得は厳しい。
だが、本当に足の怪我が理由なら――。
「うん。歌は自信がないけど、ファンが喜んでくれそうだし、身体を動かすのも好きだから、やれるものならやりたいよ。でも、ダンスで足に負荷がかからないって無理だよね? まあ、猫寝のキャラ的に多少のミスは許してもらえるだろうけど、さすがにあまりにひどいのはどうかと思うし。無料の配信ならともかく、ライブになるとお金をとってお客さんに見せるんだからさ」
籾慈が真剣な表情で言った。
彼女はVのガワのキャラに反して、責任感のある人物であるようだ。
さすが腐っても成増さんの人選は確かだな。
「もっともだ。普通のアイドルなら厳しいだろうな」
「だよねー。だから残念だけど――」
「でも、俺たちはVtuberだから、諦めるのは早いんじゃないか」
俺は、肩をすくめる籾慈の言葉を遮って言う。
「? どういうこと?」
籾慈が小首を傾げる。
「説明をする前に確認するが、ルルも運動が苦手だからダンスに不安があるだけで、アイドル活動自体が嫌な訳じゃないんだよな?」
咲良を一瞥して尋ねる。
「え? ああ、はいー。できればご協力したいんですけどー、本当に咲良は体育がダメダメなのでー、皆さんにご迷惑をかけるのが心苦しいですー」
咲良がコクコクと頷いた。
「わかった。なら、問題ない。これは提案なんだが、二人で合体してみないか?」
俺は変なニュアンスが出ないように爽やかな口調で言った。
豊橋姉妹は下衆な視聴者じゃないから、「百合合体とかエッチじゃん」なんて勘ぐったりはしないだろうけどさ。
「えっと、ごめん。ホエるん。ウチ馬鹿だからよくわからない」
籾慈が苦笑する。
「えっと、つまり、アイドル活動用にシネとルルを合体させた新しいVのガワを作る。それで、シネは上半身のモーションを担当して、ルルは下半身のモーションを担当して、合成して一人に見せかける。シネは上半身の振りを覚えるだけでいいから脚の怪我の件は大丈夫。そして、ルルも下半身のステップだけに集中できるから、ダンスを習得するのにも半分の労力になる。お互いの苦手を補い合うんだ」
つまりはドラゴンボー〇でいうところのフュージョンみたいな感じだが――さすがにおっさん臭い例えなので口に出さない。
というか、俺も全然世代じゃないんだよな。
視聴者層に合わせるために過去の名作を勉強したから知ってるだけで。
「なるほど……。おもしろいかも。それならウチにもできそう。どう?」
籾慈が考え込むように腕組みして、咲良に目くばせする。
「私も頑張ってみたいですー。お姉――しねちゃんと一緒なら安心ですしー」
小さく拳を握り締めて言う。
「ならよかった――これも成増さんのアイデア?」
籾慈が伺うような口調で言う。
「ははは、いや、できることなら三人を説得してくれとは言われてるんだけど、今話したことは俺の思いつき。だから提案しておいてなんだけど、机上の空論なんだ。でも、鉄は熱い内に打った方がいいと思ってさ」
俺は苦笑しつつ、白状する。
そもそもグループ結成の段階で躓くのも想定外だし、今日会うまで二人がリアル姉妹だとは知らなかったし、あらかじめプランを練っておけるはずがない。
本当は事前に成増さんと話を詰めておきたいところだけど、直接豊橋姉妹と顔を合わせることができる機会は少ない。だから今の内に同意を取り付けておきたかった。
連絡先を交換できればプライベートでもやりとりはできるけど、それだと文字ベースのコミュニケーションになるだろうし、説得力は落ちる。
配信業界は巧遅よりも拙速。行動力が正義だと思っている。
「そうなんだ。ホエるんって優等生キャラなのにたまに熱くなるよね。ガワのキャラだからそうしているのかと思ってたけど、素でもそんな感じなんだ」
カレーの隠し味を見つけたような感じで呟く。
「そこがボスの推せるポイントですよー。いつもはのんびり屋さんなのに、フリスビーを取り出すとはしゃぎだす。タイヨウみたいでかわいいですよねー」
咲良が無邪気な笑顔を浮かべて言う。
「わかる! わかるけど、さすがにうちのゴールデンレトリーバーと比べるのはどうなかな?」
籾慈が俺に詫びるように目礼する。
「え? え? ダメですか? もしかして、私また何かやっちゃいました?」
咲良があわあわと口を押えた。
「いや。ペットと同じくらい慕ってもらえて光栄だよ」
俺は軽く受け流す。
でも、咲良にはそれなりにリスペクトされてると思ってたのに、ペットの犬感覚だったのか……。ちょっとショック。
「とにかく、ウチらはOKだとしても、シューティングスターの方がどう言うかだよね?」
籾慈が話を本筋に軌道修正する。
「そうだね。成増さんに聞いてみようか」
俺はスマホを取り出し、web会議ができるアプリで成増さんを呼び出す。
彼女はすぐに出た。
スピーカーモードにして、みんなにも見えるようにテーブルの上に置く。
「――ということなんですが」
『なるほどね。おもしいこと考えるわね。さすがリーダー』
俺の説明を聞いた成増さんが拍手をした。
「それ決定事項なんですか? 誰をリーダーにするかについてはみんなの同意を――と、話がそれますね。で、どうなんですか? 技術的には上半身と下半身を別で合成することは可能ですか?」
『うちのライブ技術なら不可能じゃないと思う。多少は新しいプログラムを組む必要があるだろうけど、今回に限らず、色んなV同士を合体コラボができたらコンテンツにさらに広がりが出そうだし、投資する価値はあるんじゃないかしら。とにかく、私は100%賛成するから、上の決裁が取れるまでは内定って形でお願いしてもいい? 決裁が取れたら、正式に私の方からご両親に話をするから』
「わかりました」
「はーい」
豊橋姉妹が左右からスマホを覗き込んで頷く。
『よかったわ。後で振付と歌の動画のデータは送っておくから、空き時間にでも観ておいて』
成増さんはそれだけ言い残して通話を切る。
「よし。まだどうなるかは分からないけど、これからの展望は見えたね」
俺は話が一段落したことにほっとして、ウーロン茶を飲む。
「ふうー。なんだか今からドキドキしますねー」
つられるように咲良がオレンジジュースのストローに口をつけた。
「ウチはお腹減ったなー。って、きたきた!」
籾慈が手招きする。
両手と腕に器用におぼんを載せた店員が、こちらに向かって歩いてくる。
「お待たせしました。お子様ランチとミックスグリル定食、とんかつ御前です」
おい、店員。なんで躊躇なく俺の前にお子様ランチを置いた?
日頃は温厚な俺でもさすがに手が出るぞ?
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