第十話 せっかちセツ(1)

「早くゲーセンに行きたいんだけど」


 うどんの汁を飲み干した明璃が唐突に言う。


「いや、まだ食ってる途中だろうが」


 俺はトンカツとキャベツを箸で摘まみながら答える。


「わかってる。だから早く食べて欲しい」


 明璃は俺たちを急かすように指の腹でテーブルを叩く。


 そのスピードたるや、古のボタン16連射名人ばりだ。


「……セツは、もうちょっとチルい感じで生きてみたいとか思わないのか?」


 プロゲーマーが本質的に自営業である以上、個人主義なのは構わない。


 時間管理に厳格なのも美徳かもしれない。


 でも、やっぱり最低限のコミュニケーション能力は必要だと思う――が、そういや、彼女がチームでやるRTSとかをやっている所は見ないな。コミュ力がいらないゲームだけを選んでるのかもしれない。


「思わない。そもそも、二人の勧誘には成功したんでしょ? ならもうここでの用は済んだはず」


 緑茶を一気に飲み干して言う。


「いや、懇親会だからダベることそのものも目的なんだが……」


「それは歩きながらでも、ゲーセンでもできる」


 食い気味に反論してくる。


 せっかちな奴だな。


 ひょっとして、前世関西人だったりする(偏見)?


 まあ、そろそろみんな食べ終わる頃だし、引き上げてもいいと言えばいいが、なんかこう、余韻がなくて、ビジネスライクな感じがして嫌だ。


 もちろん、俺たちはビジネスライクな関係ではあるが、そこらへんをふんわりと誤魔化して親しくなりつつ、踏み込み過ぎないのが、良好な人付き合いという訳で……。


「だ、そうだけど、二人はどうかな? ゲーセンに付き合ってもらえる?」


 正直に言えば、今の親密度で明璃と二人っきりになるのは精神的にきつい。


「あー、ごめん。行きたいんだけど、ウチら門限があるから、そろそろ帰らないと。あと三十分くらいはギリ付き合えなくもないんだけど、ゲーセンについてすぐ帰るのもね」


 籾慈がスマホで時間を確認して言った。


「はいー。もし遅れたらパソコンを取り上げられて、配信禁止にされちゃうかもですー」


 咲良はおまけのゴーヤの種が入った紙袋をいそいそとリュックにしまいながら言う。


 今は七時半を回った所だ。


 咲良に貰ったプロフィール帳に記された東京近郊の住所に鑑みるに、門限は九時くらいか?


 これが厳しいのか、普通なのかよくわからないが、ちゃんとしたご家庭であることは間違いなさそうだ。


「そっか。じゃあ、仕方ないね。また機会を見て集まろう」


 俺は頷く。こうなれば仕方ない。腹を括ろう。


 一気にお開きムードになり、俺たちは早々と食事を終える。


 とりあえず、スマホで連絡先を交換し、きっちり割り勘で支払いをしてファミレスを出た。


「それじゃあまたねー」


「お疲れ様ですー」


 豊橋姉妹が朗らかに地下鉄の入り口へと去っていく。


「うん。お疲れ様ー」


 俺も手を振り返して、二人の背中を見守った。


 これでせっかちウーマンと二人っきりのゲーセン紀行が確定してしまったが、約束は守らねばならない。


「……」


 明璃はいじっていたスマホをサロペットのポケットにしまい、無言で歩き出す。


「あの、方向、逆じゃないか? あそこにゲーセンあるぞ?」


 大通りに面した開放的なゲーセンを指す。


「あそこは一般人用のゲーセンだから、対戦用の筐体がショボい。整備も雑」


「さいですか」


 俺は肩をすくめて彼女の後に付き従う。


 やがて辿り着いたのは、路地を数本入ったビルの三階。


 薄暗い照明の中、ドキツイ蛍光色を放つ筐体。


 換気しても換気しても追いつかないタバコ臭。


 カチャカチャ眼鏡 vs カチャカチャ眼鏡。そして、それをニヤニヤ見守る後方四天王面! こちらもやはり、眼鏡眼鏡に無理矢理脱オタ金髪金髪! もちろん、驚異の男性率100%!


 一般人お断り感の出てる一画に、明璃は迷わず歩みを進めていく。


(そりゃ格ゲーも廃れるわ)


 プロゲーマーの俺としては残念な限りだが、客観的に見て、新しい客が入ってきたくなる要素がない。


「で、何をやるんだ?」


「全部」


「全部!?」


「色んなゲームをやって、あんたの得手不得手の傾向を掴んで対策を練る」


「俺をメタっても意味ないだろ。もうプロゲーマーを引退した身だぞ」


 俺は肩をすくめた。


「わかってる。でも、今、一番見えてる背中があんただから。まずはあんたを超えたい」


 明璃は筐体の液晶に視線を落とす。その眼光は鋭い。


 彼女は他の男性プロゲーマーとの格差を自覚している。だから、まず、プロゲーマーの中では雑魚い俺を倒して次のステップにいきたい。


 理に適ってるし、その野心にも共感できる。


 プロゲーマー時代なら良い練習相手になっただろう。


 でも――。


(俺はもうVtuberだからな)


 ただの善意で無条件に明璃に協力してやることはできない。


 Vtuberとして俺が成功することを最優先に動かせてもらう。


「そのやる気は買うけどさあ。俺がそれに付き合う義理はないよな?」


 もったいぶったように言う。


「ゲーセンで私と対戦するのが、ファミレスに行く条件でしょ? 約束を破るの?」


 明璃が不愉快そうに唇を尖らせる。


「ああ。約束したよ。でも、何戦するかまでは約束してない。最低一戦だけしても約束を果たしたことにはなるだろう」


 詭弁じみてるが、彼女もそういう論法を使うタイプなのでこれくらいの物言いは許されるはずだ。目には目をである。


「チッ……」


 舌打ち一つ踵を返す明璃。


 もう諦めたのか?


 損切りが早いというか、せっかちというか。


 ほんと一かゼロしかない奴だな。


「まあ、待て――うん。そうだな。勝負はする。でも、最終的に俺が勝ち越したたら、お前にもアイドルの話を受けてもらう。そういうのはどうだ?」


 俺は明璃の腕を掴んで引き留め、そう提案する。


「わかった。その代わり、私が勝ったら、あんたには私の好きな時にいつでも、問答無用で練習に付き合ってもらう」


 俺の手を振り払い言う。


「ああ、いいぞ」


 俺は快く頷いた。


 『もし彼女が事前に全てのゲームを練習して対策をしていたら』という懸念が頭をよぎるが、思考がすぐにその可能性を打ち消す。


 今の彼女にそんな寄り道をしている余裕はないに決まってる。


 仮に明璃に本命のゲームをやり込み、Vの活動もこなしつつ、ゲーセンの筐体全てを網羅できるほどの器用さとタフさがあったとしたら? その時は、彼女がプロゲーマーの活動に専念できるように成増さんに掛け合ってもいいな。


「じゃあ、まずはあれから。それで、席が空いたらストファ〇」


 有名なロボットアニメを題材にした対戦ゲームを指して言う。


 今はオンラインでガンエ〇が出たばかりなので、こっちはガラガラだ。


「わかった」


 俺は筐体を挟んで彼女と向かい合う。


 一応、ボタンにおかしな所がないかチェックする。


 うん、さすがおすすめの店だけあって問題なさそうだ。


 ガチ勝負だから機体はネタに走らない。


 厨キャラも躊躇なく使ってやる。


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