第十一話 せっかちセツ(2)

 ……。


 ます格ゲーコーナーで四戦。


 小休憩を挟んでパズルゲームで二戦。


 音ゲーで二戦。


 シューティングゲームで二戦


 そして、レーシングゲームで二戦。


 ようやく、全ての勝負が終わる。


「ぬやぁちゃあああああああ!」


 明璃が奇声を発しながら、台パン――をギリギリ回避して、椅子を殴りまくる。


「十二戦八勝で俺の勝ちだな」


 俺は淡々と事実を告げる。


 ギリギリ勝率七割には届かなかったが、まあ、プロの世界なら余裕の勝利といっていいレベルの戦績ではある。


「……実は私がゲーセン勝負を挑むことを見越して対策してた?」


 ジト目で見てくる。


「そんな訳ないだろ。孔明じゃあるまいし。有名タイトルのパズルゲーや、格ゲーは大体基本システムは歴代で踏襲されているから、過去の蓄積が生きてるだけだ。最新シリーズのプレイ時間は少ないが、それでも攻略情報だけは仕入れているからな。つまりは昔取った杵塚ってことだな。その証拠に、ゲーセンでしかできないタイプの音ゲーは未開拓ジャンルだから、勝率五分五分だったろ?」


 俺は肩をすくめる。


「はあ、そう。――さすが、万能カメレオンね。とでも言っておけばいい?」


「よく調べたな、その肩書き。たしか、公式では二回くらいしか使われたことがなかった気がするが」


 俺たちは筐体から離れて、自販機に向かう。


 補欠として公式に出た時に付けられた二つ名。


 当時、巷ではカメレオン俳優なる肩書きが流行っており、それをそのまま流用しただけの愛のないネーミングだ。ネタなら『小さな巨人ガリバー』とか、『妖精ピーターパン』とか色々用意していたし、俺もキャラクターとして身体的なコンプレックスを受け入れる覚悟はあったんだけどな。当時は某炎上騒動チビに人権なしで、差別云々に敏感になってたので、運営側がビビッてつまらない二つ名になってしまった。


「プロ時代も複数のタイトルをやり込んでたの?」


 明璃はエナドリのボタンを二回押し、取り出した内の一つを投げ渡してくる。


「ああ。まあ、普通のプロゲーマーは目標とする一つのゲームを集中的に練習するのが一般的だけどな。俺は万年補欠だったから、最終的に表に出る機会を増やすために、何でもオールラウンダーに対応できるようにあっちこっちつまみ食いして鍛えるしかなかったんだよ。我ながら順応力はある方だと思うよ」


 俺はプルタブを開け、ジャンキーな甘味と炭酸の爽やかさを喉で味わう。


「自慢?」


 明璃は一定のリズムでエナドリを飲み干していく。


「自慢にはならない。だって、結局どれもモノにならなかったんだからな」


 胃から昇ってくる二酸化炭素に、口を袖で覆う。


(かっこつけて一気飲みしてみたけど、実は炭酸って得意じゃないんだよな)


 子供舌を自嘲する。ゲーマーにはエナドリ好きが多いけど、俺はカフェインは紅茶で取ると決めている。微糖じゃない、嫌味なほど甘ったるいミルクティーが好きだ。


「それでも、プロゲーマー養成の専門学校の先生くらいなら務まりそうだけど」


 明璃がなぜか名残惜しそうに言う。


 まあ、彼女はお世辞を言うようなタイプではないので、素直に賞賛と受け取っておこう。


「まあ、そういう再就職先も考えなくはなかった。でも、俺にとってはプロゲーマーは一番にならなきゃ意味のないものだったから、中途半端は嫌だった」


 俺はどんなゲームでも、誰よりも早く80点くらいのプレイヤーにまで到達することができる。


 でも、それだけだ。決して万能などではなく、ただの器用貧乏。


 常に90点以上のパフォーマンスを要求される第一線にはふさわしくなかった。


 まあ、プロ時代は誰かが病欠した時の補充要員とか、練習の数合わせには重宝がられた。でも、そういう需要が増える度に、プロゲーマーとしての成功からはどんどん遠ざかっていった。負のスパイラルというやつだ。


 もしかしたら、そういうサポート的な役割ならもう少しプロの世界に残れたかもしれない。


 でも、成増さんは便利屋として飼殺すよりも、解雇を選んでくれた。


 俺はそれを、彼女の優しさだと解釈している。


「……私も一位になりたい。私にはこれしかない。まともな勤め人になれないのは分かってる。かといって、頭脳でお金をひねり出せるほど頭は良くない、絵を描く才能もない、物語を紡げる訳でもない」


 飲み終わった空き缶を潰して言う。


「うん」


「だから、余計なことに時間を取られたくない」


 明璃は平坦な、しかし万感の想いが籠った声でそう言い切る。


「そうか。セツの気持ちは分かった。でも、約束は約束だ。アイドルはやってもらう」


 俺はきっぱりと答える。


「……」


 明璃は首を斜めに傾げてるとも、頷いてるともとれないような仕草でうなだれて、ゴミ箱へ空き缶を投げ入れる。


「……って言っても、お前、このままだとまた最低限のことしかやらない、やる気なしムーブをかましてきそうだよな」


 俺は頭を掻く。


 こいつはそういうことする。


「だって、イージーモードでもハードモードでもクリアはクリアでしょ?」


 キョトンとした悪気のない口調で言う。


「まあな。でも、このゲームは難易度によってエンディングが変わるタイプのゲームだから、ハードモードでやってもらわなくちゃ困る」


「めんどくさ」


 明璃が合成着色料の青で染まった舌を出す。


「しゃあねえな。成増さんとも相談しなきゃいけないが、配信のノルマを半分にしてもうように掛け合ってみるか。多少ランキングは落ちるだろうが、俺やシネとルルとのコラボを増やして、質を上げて影響を最小限にする。それで空いた時間をアイドル活動に回してくれ。それでもどうしても足は出るとは思うけど、できる範囲でなるべくプロゲーマーとしての時間を奪われないように配慮はするから、本気でやってくれ」


 カフェインで冴えたような気がする頭を使って、精一杯の譲歩案を導き出す。


「……ふう、わかった」


 明璃は小さく息を吐き出しながら、それでもしっかりと頷く。


「おう。じゃあ、改めてこれからよろしくな」


 俺も飲み終わった缶をゴミ箱に投げ込む。


(幸先いい出だしとは言えないが、それでも何とか繋がった、か?)


 成功の確信は持てないまま、それでも俺は前に進んでいく。

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