第十二話 音ゲーは沼

 こうして俺たちは、アイドルグループを結成することになった。


 とはいえ、現状、グループ名すら未定のままで、仮初感がすごい。


 まだモノになるかは分からないので、とりあえずは一曲、振り付けを練習してみて、いけそうなら詳細を詰めていこうという段階である。


 各自が持ち帰って練習し、今日が初の合同練習だ。


「ハイ! ハイ! ハイ! ターン、ステップステップステップ!」


 時間貸しのレッスンルーム。


 オネェ感のある男性の振付け師が、拍手でリズムを取りつつ言う。


「しねちゃんは腕を意識してぇ、ルルちゃんはおへそに重心、つむじを糸でピンッ、そうそう。最期は気合いの、大ジャンプぅ!」


 サビの激しい動き。


 クライマックスには、美少女四コマ原作アニメのような跳躍き〇らジャンプをかます。


「はい。お疲れぇ。水分補給しながらでいいから、講評を聞いてねぇ」


 振付け師が俺たちを見渡して言う。


「まず、シネちゃん、ルルちゃん。二人で半分こしてるとはいえ、感情豊かな動きで中々いいわねぇー。連携もばっちり。後は、反復練習で細かなミスを潰せば、残りはボイトレの方に時間を割いてもいいかなぁ」


「はい。かしこまりっす」


 籾慈が敬礼のポーズで言った。


「よかったー」


 咲良は胸を押さえて大きく息を吐いた。


 二人は合体したキャラなので、ユニゾンで歌うことになっている。


 ダンスよりも歌が注目されそうなので、そちらに労力を割くのは妥当だろう。


「次にホエちゃんだけど」


 振付け師が俺び向き直る。


「はい」


 俺は背筋を正した。


「振付けは完璧じゃん。基準点は十分に超えてんねー。でも、欲を言えば、動作が機械的で心がこもってないのが残念ー。リーダーならもうちょっと上のレベルの感情演技を求めたいわねぇー。この中で一人だけ男の子なんだから、体力にも余裕があるよねぇ。ホエちゃんはできる子だと思うから、ちょっと辛口でいかせてねぇ。例えば――」


 振付け師が俺のパートの理想の動きを実演して見せる。


 振付け自体は同じでも、動きのキレが俺とは全然違う。


 彼のそれを書道家の流麗な芸術品だとするなら、俺のは小学生の習字だ。


 その一挙手一投足を見逃さないために目を見開く。


「……ご指導くださりありがとうございました。あとで参考の動画などあれば教えてください」


 振付け師が動きを止めた後、俺は頭を下げて言った。


 どうやら俺は『間違えないこと』ばかりに意識を取られて、観ている人を楽しませようとする心がおろそかになっていたようだ。


 一発で見抜くとは、さすがはプロだな。


「かしこまりー。――それで、セッチャンだけどー」


「……」


 名前を呼ばれた明璃が、ペットボトルから口を離して振付師を見遣る。


「今のままだと、さすがに表には出せないわねぇー。自分でも分かってるとは思うけどー。上半身の振りはともかく、ステップを覚えきれてないのは論外よねぇー。おそらく、セッチャンの世に出た時の注目度は三人の中では一番低くなるからぁ、この短期間の練習では多少の荒は許容するわぁ。それを加味しても厳しいわねぇー」


 振付け師は頬に手を当てて品を作り、困り顔で呟いた。


 事務所のトップVでリーダーの俺と、技術的にも人気的にも人の興味を引く合体姉妹。それに比べると、明璃のキャラクターはヒキは薄い。


「サボってないから」


 明璃は俺を一瞥して言う。


「わかってるよ」


 俺は頷いた。


 彼女はやる気のないことはやらないタイプだが、同時に約束したことは守るタイプである。それくらいはこの短い付き合いでも理解していた。


「それで、他の三人には悪いけどぉ、残りの時間の指導は、セッチャンの指導メインでいかせてもらうわねぇ。晒し者にするつもりはないけどぉ、期限までにグループを最低限見られるレベルにするのが私の仕事だからぁ」


 振付け師が厳しさと優しさの入り混じった口調で宣言する。


 ……。


 ……。


 ……。


「ふう。今日はここまでねえ。色々言いたいことはあるけれど、とにかくステップを覚えて貰わないと始まらないわ。最悪、ホエちゃんと姉妹を前に出して、セッチャンだけ後ろにして簡単な別の振り付けを考えるしかないかもねぇ」


 振付け師が腕組みをしながら溜息をつく。


 結局、時間一杯粘っても、明璃は振付け師から許可を貰えるレベルには達しなかった。


「じゃあ、今日はここまでよぉ。後でDMにそれぞれの課題を送っておくから、次までにやっておいてちょうだいねぇ」


 振付師はテキパキと指示を出して去っていく。


 俺はダンスに全く詳しくないが、会社がわざわざつけてくれたくらいだし、彼は人気の講師なのだろう。


 後には、何となく気まずい雰囲気の俺たちだけが残された。


「あ、あのー、元気出してください。ルルも上半身の振り付けやらなくていいのに、何回もミスしちゃいましたし、始めはみんなこんなものですよー。ね、お姉ちゃん」


 咲良が籾慈にぎこちないウインクで合図をする。


 かわいい。


「んー、ノーコメント。ウチの経験上、こういう時に言葉でフォローするのは逆効果だから」


 籾慈が言葉を濁して斜め上に視線を遣る。


「えっ、そういうものなんですか!? 雪さん、ごめんなさいー」


 咲良が合掌して梅干しを食べた時みたいな顔をした。


「それもダメー」


「ふええー」


 籾慈が咲良の頬を両手で挟んでウニウニマッサージしながらたしなめる。


「……」


 明璃はそんな仲良し姉妹を横目に舌打ちことしなかったものの、ダンスシューズを抜いて強めに床に叩きつけた。


「っていうか、セツ、音ゲーはそこそこちゃんとできてただろ? 反射神経とか運動神経が絶望的ってこともないだろうに」


 俺はタオルで汗を拭いながら言う。


「だって音ゲーは半分くらい覚えゲーだし」


 明璃は記憶を反芻するように指を忙しなく動かす。


「ならダンスも覚えゲーだと思えばよくね?」


 俺は小首を傾げる。


 無責任にアドバイスしているわけではなく、現に俺は振付けを音ゲー感覚で覚えた。


 とりあえずやってみて、できない所は身体の部位ごとに細分化して、一個一個できない所を潰していった。


 まあ、だからこそ振付師に俺の動きは機械的だと指摘されてしまった訳だが。


「思えない。ゲームと違って、成功失敗の基準が曖昧だし、ゲームなら必ず攻略手段のセオリーがあるけど、ダンスにはないし」


 明璃が束ねていた髪をほどきながら言う。


「そうかな」


 明璃が彼女の中で勝手にゲームとそれ以外に壁を作り過ぎなだけもするが。


「何でもできる奴には分からないでしょ」


 そう吐き捨てて、タオルで顔を覆う。


 これはただすねているだけだな。憎まれ口にはもう慣れた。


「……ま、とにかく、ゲームなら覚えられるってことでいいんだよな?」


 俺は売り言葉に買い言葉にならないように結論を急いだ。


「少なくとも一般人の平均スコアは越えられる」


 タオルに指を強く食い込ませて言う。


「言ったな。その言葉、忘れるなよ」


 にやりと笑う。


 一応、リーダーだしな。


 俺のできる範囲のフォローはするか。

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