第十三話 人権
一週間後の午前中、俺は明璃にDMを送り、都合の良い時に自宅にまで来てくれるように頼んだ。
次のレッスンに間に合えばいつでも良かったのだが、即返信が来たので、住所と位置情報を送る。
そして、昼過ぎ、チャイムが鳴る。
「……」
インターホンに出ると、
「今開ける」
俺はそう答えて、オートロックを解除する。
部屋の鍵も開けて、半開きにして彼女を待った。
やがて彼女の足音が聞こえてくると、俺はドアを大きく開けて身体で押さえる。
「来たけど」
素っ気なく呟く。
今日はブラウスにスカートとピンヒールといった格好で、いつもよりも少し大人っぽく見える。
「おう。急で悪いな。まあ、上がってくれ」
俺は手振りで入室を促す。
「う、うん」
だが、明璃はなぜかその場でモタモタして、顔を伏せて髪をいじり始める。
「どうした? 次のレッスンまで時間もないし、早くやろうぜ。機材の調整も完璧だし」
俺は握りこぶしを掲げる。
「機材?」
明璃が顔を上げて、キョトンとして表情になった。
「ああ。ダンスの特訓用の設備が整ったから、セツに試して欲しいと思ってな」
「チッ。それならそうともっと早く……」
舌打ちして、眉間に皺を寄せる。
「えっ、いや、だって、俺がセツを呼び出す動機なんて他にあるか? ははは、ん、もしかして、俺がセツを口説くとでも思ったか?」
冗談めかして尋ねる。
「そんな訳ないでしょ」
明璃は急に大股になってズカズカと部屋に入っていく。
「だよな。160cm未満の男には人権ないからな」
俺は真顔で言った。
「まだしつこくそのネタ引きずってたんだ……。っていうか、あんた、なんで身長のことになると妙に自虐的な訳?」
玄関に腰かけてヒールを脱ぎながら言う。
「学習性無力感というやつだ。学生時代に色々経験したら開き直るしかない」
俺は遠い目をして言った。
「あんたの過去に何があったかは知らないけど、学生時代ならともかく、社会人になったら身長よりも評価されることが色々あるでしょ。特にあんたはトップVなんだし、同世代の平均よりも収入があるし」
明璃はそう言って、靴を揃えて端に寄せた。
「ほう。それがショタモドキのネカマVtuberでも?」
「……」
あっ、目をそらしやがったこいつ。
それにしても、日頃は無神経キャラの彼女に気を遣われるとは。
ほんのアイスブレークのつもりだったのに、自虐ネタって意外と難しい。
「コホン。まあ、ともかくだ。ダンス練習用のゲームを作ったからプレイしてみてくれ」
俺は咳払い一つ話を仕切りなおす。
「作ったって……。そんな簡単にゲームなんかできるはずないでしょ」
明璃が疑念に満ちた声で言った。
「いや、本当だって、これを見ろ」
俺は廊下を先導し、一室を開け放つ。
デスクトップPCとモニタが向かい合わせに二台置いてある。
そして、床には――。
「なにこれ、ダンスダンスレボリュー〇ョン?」
明璃は部屋を覗き、マット型のコントローラーを指さして言う。
説明不要。モニターに表示される矢印に従って、前後左右のステップを踏む音ゲーだ。
「まあ、そんなもんだ。本物は曲を自由作成はできないから、有志の作った似たようなソフトだけどな。でも、コントローラーは同じだ。知り合いに頼んで、俺たちの曲の自作脚譜を作ってもらった。もちろん、成増さんの許可も取ってある」
俺は胸を張る。
こう見えてゲーマーの知り合いは多いのだ。プロゲーマーは潰しのききにくいキャリアだけど、それでも培ってきたコネクションは無駄にはならない。
「なるほど……。確かにこれを覚えれば正面のステップはカバーできるけど、実際のダンスはもっと複雑でしょ。ターンしたり、反転したりして踊るところもあるじゃん」
考え込むように腕組みして言う。
「それは――こうするんだよ」
俺は口角を上げると、スマホをタップし、リモート操作で二台を同時に起動する。
やがて音楽が流れ出し、俺はマットを踏みしめた。
テストプレイは既に済ませているので、フルコンボとまではいかないが、見苦しくない程度のプレイはできる。
正面の矢印が途切れると同時にターンし、もう一枚のマット型コントローラーに跳び移った。
「待って。もしかして前後のモニタで同時にプレイするの?」
ちょっと上擦った声で言う。
「おう。プロなら二画面同時進行のマルチプレイくらい余裕だよな?」
二台のモニタに同じ曲を流すが脚譜は別々で、前後のステップを完全に暗記しないとクリアできないようになっている。
これを難なくこなせるようになれば、少なくとも下半身の振り付けは最低限できるようになるはずだ。明璃は下半身のステップは苦手だが、上半身のフリはギリギリ赤点くらいの出来だった。なので俺は、ステップさえ覚えれば、彼女はかなり合格点に近づくはずだと踏んでいる。
「っと、まあ、こんなもんだな」
二ミスでプレイを終えた俺は、マットから降りて軽く息を整える。
「……なるほどね」
明璃が深く頷く。
「おう。セツはゲームならできるんだろ? だから作ってみたんだ」
俺はそう言って胸を張る。
我ながらメンバー想いのいいリーダーじゃないか? んー、改めて考えると凄いなって思うなあ。俺はやっぱ。凄いなあと思うなあ。ゲームもできるし、Vもできちゃうし、そんでリーダーとしてメンバーを励ましたりもできるでしょ?
「趣旨は分かった。で、ドヤ顔の所悪いんだけどさ。これをマスターするとして、その間、あんたと同居しろってこと?」
俺をじっと見つめて問うてくる。
「えっ? いや、普通に機材は貸すぞ? PCとモニタとコントローラーを一式、そっちの家に郵送で送ろうかと思ったんだが」
想定外の質問に、ちょっとキョドりながら答える。
「いや、私の家、こんなの置けるほどの余分なスペース無いんだけど……」
困惑したように眉を寄せる。
「……マジ? いや、でも、セツはプロゲーマーとしての給料もあるし、Vとしての収入もあるだろ? なのにそんな狭い所に住んでるのか?」
正直、セツが狭い部屋に住んでるパターンは考えていなかった。プロゲーマーとVに加え、彼女はモデルもやっているし、服とかの保管スペースを考えたら、ある程度の広さがある部屋に住んでいて当然だという先入観があった。
「私の賃貸選びの基準をあんたに説明する義務がある訳?」
ジト目で聞き返される。
ごもっともで。
「いや、ない。けど、まあ、あれだな。別に問題ないだろ。家とは別に、ウィークリーマンションでも借りればいいだけだ。費用に関しては、成増さんにも相談して、全額は無理でもいくらか負担してもらえればいいな。無理でも、俺が半分くらいなら出すし――」
俺はすぐに対応策を考え始める。
「……別に嫌だとは言ってないけど」
ぽつりと呟く。
「そ、そうか?」
ちょっとほっとする。
「まあ、同居したら、いつでもゲームの練習相手を確保できそうだし。既読スルーもできないでしょ」
明璃が意地の悪い笑みを浮かべる。
あっ、根に持ってる。
そりゃ俺もVに、コラボ用ゲームの練習に、体力作りの運動も怠らず、今はアイドルデビューの下準備もあるしさ、色々忙しいのよ。
「いや、なんで俺がセツの練習に付き合う前提なんだよ」
壁を軽く叩いて突っ込む。
「だって、ご褒美がないとダンスの練習もやる気出ないじゃん?」
いや、そんな「何を当たり前な」みたいな感じで言われましても。
「そこは自分で自分にご褒美を上げてくれ。っていうか、そもそも、男と同居することに抵抗とかないのか?」
俺は顔をしかめる。
『男は狼なのよ気をつけなさい』って、ご両親から習わなかったのかな。
「はっ。
鼻で笑われた。
炎上させたろかコラ。
「いや、人権は誰にでもあるって福沢さんも言ってるし。そもそも狼だし」
俺は指をいじり合わせて苦し紛れの反論を繰り出しながら、『一応、彼女のプライバシーのために鍵くらいは新調するか』などと考えていた。
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