第十四話 医食同源

 こうして明璃との同居生活が始まった。


 とはいえ、せいぜい食事を一緒に取るくらいで、それ以外は全く独立した生活だ。よくあるラブコメ的なイベントが起こることはなく、至って平穏である。


 それも当然か。だって、そもそも二人共配信業でゲーマだし、基本的には部屋に引きこもってるからな。たまに一方的に明璃がゲームの練習相手にしてくるけど、それ以外のコミュニケーションは薄い。


 家庭内別居――とは違うが、思春期の兄と妹くらいの距離感である。


 もちろん、ダンスの練習の方も順調だ。


 彼女はその進捗について多くを語らないが、たまにゲームのスコアをチェックをすると、着実に成績が伸びている。これなら次のレッスンに間に合いそうだ。


 俺の予想通り、彼女が一度やると言ったことはきちんとやる性格の人間みたいで良かった。


「――よっしゃ。これで七連勝だ!」


 そう叫んで、俺はガッツポーズをとる。


 目下の問題の解決に目途が立ち安心した俺は、今日も今日とてゲーム配信に勤しむ。


『リッター全盛の状況でチャージャーでここまでやるとは』


『これは王神』


『連勝ボーナス ¥300』


「さあ! オレと戦いたい命知らずはいるか? まだまだ挑戦受け付けてるぜ」


『じゃあ、次は私たち『ヤオイ穴確定な』と勝負してください』


『私たちが勝ったら、リザード〇に嫉妬してヤンデレ化した擬人化ピ〇様に攻められるサト〇を全力でやって頂きます』


 お腐れショタお姉さま軍団か……。


 欲望に根差してガチで練習してきてるから、結構強いんだよな。


 アニポ〇優勝に捧げる鎮魂歌かな?


 敵じゃなくて、ラストメンバーにサト〇のリザード〇が見たかったよねえ。


『欲望がだだ洩れている』


『ちょっと何言ってるか分からない』


『チーム名変わった? 前は『名誉さくらんぼラインハルト』だったよね』


『カップリングの問題で分裂したらしい』


 さあ、盛り上がって参りました!


「いいぜ。かかってこい。オレの配信を細かすぎて伝わらない物真似選手権みたいにする訳にはいかないからな!」


 俺の精神衛生上もな!


 サービスしすぎたせいか、ガチ勢の要求がどんどんマニアックになってきてるよ最近。


『【悲報】 狼さんに熱愛発覚』


『ホエるん、今雪隠と同居してるってマジ?』


『ホエるんも立派な狼だったんですね(意味深)』


 突如流れ込んでくる、スルーできない量の不穏なコメント。


「誰から聞いた?」


 流れに水を差したくなかったが、俺は仕方なく言及する。


『さっき雪隠がゲロった』


「あああああああああ、もう! セツの奴ううううううう!」


 俺はゲームを一時中断し、明璃の配信に凸する。


 はあ。俺たちのアイドルデビューはまだ秘密なんだが。


 ネット民の特定力は侮れないし、なるべくヒントも与えるべきじゃないのに。


 それに、もし俺が男バレしたら、下衆な勘繰りをされるのは必定だろうが!


「なに?」


 『私なにも悪いことしてませんけど?』的なイントネーションの第一声。


 守秘義務とかご存じない?


「いや、別にやましい所がある訳じゃねえけどさ。言うなら言うで事前にこっちに相談しろよな」


 俺はワシャワシャと頭を掻く。


「だって、王国民がなんでいつもと違う所で配信してるかしつこく聞いてくるから。一々、隠すのもめんどくさいし」


 明璃が肩をすくめる。


『痴話喧嘩感いいね ¥1000』


「つーか、なんでバレてんだよ。背景はちゃんといつもの雪原だろ?」


 俺は顔を歪める。


「知らない。なんか夕方の時報が違うって」


 明璃が適当に首を横に振って答えた。


 なにそれ怖い。探偵かな?


「はあ……。みんなに言っとくが、一時的なものだからな。俺の家でセツの特訓のための合宿をしているだけだ。ったく、ダセえな。狼は闇の中で牙を研ぐのが美学なのに」


 俺はうなだれながら、詳細をボカして伝える。


 主語ははぐらかしたが嘘は言ってない。


 下手に隠してあれこれ憶測を広められるよりは、認めた方がいいだろう。


『ホエるん公認かよ』


『ルルママとシネちゃんの同居百合営業に対抗してきたか』


『あくなき向上心。恐ろしい子…… ¥1000』


『新居祝い ¥500』


『私生活でも雪隠の介護してるん?』


「いや、基本的には別々の生活だから。あ、でも、飯は一緒に食ってるぞ」


 顔を上げて、なるべく平坦なトーンで答えた。


 こうなったら、開き直ってサービスモードに切り替えるのが吉。


 アイドル――というにはおこがましいが、ファンは配信者のプライベートを知りたがるものだからな。


『今晩のメニューは?』


「シチューだな。つーか、セツの奴、全然野菜を喰わねーんだよ。昨日もちゃんと食べやすいようにハンバーグに混ぜてやったのに、わざわざみじん切りにしたニンジンをよけるか? 普通」


 俺はジト目で言う。


 なお発言内容は誇張なく全て事実である。


 明璃はかなりの偏食で、放っておくと、『ウィダインゼ〇ーとサプリを胃にぶち込んどけばなんとかなるっしょ』的な無茶な食生活をし始める。


 何を食おうと人の勝手といえばそうなのだが、同じグループになった以上はリーダーとして彼女の健康にも気を遣う義務がある気がして、ついあれこれ言ってしまう。


『介護というより子守りで草』


『解釈一致 ¥300』


『ママはルルだけど、ホエるんはおかんって感じだなあ』


「は? 何言ってんの、雪女が野菜は食べないでしょ」


 明璃が嘲笑気味に言った。


 オタクがナス食わねえだろ的な口調で言ってくる。


 こんな時だけガワのキャラ準拠のツッコミし辛い反論してきやがって。


 っていうか、肉はいいのか?


 雪女は男を喰うっていう昔話もあるしいいのかな。


「クソ。これだから不毛の北極育ちは……。そんなに好き嫌いが多くちゃ、森では生きていけねーぞ?」


『肉食獣に野菜を食えと説教される雪女……』


『脳が混乱する』


「そんなに私に野菜を食べさせたいの? なら、勝負で勝ったら食べてあげてもいいけど」

 

 明璃が挑発するように顎をしゃくる。


「はあ? オレにメリットなさすぎだろその条件」


 俺は口をぽかんと開けて答えた。


『でも、なんだかんだで最後は受けてくれるホエるんが好き』


『土下座しなくてもプレイしてくれる狼』


「狼を舐めるなよ! そんな簡単に受けるか! つーか、オレの視聴者待たせてるから、もしやるなら王国民とオレの子分たちの対決だな。オレが勝ったら、セツもたまにはなんか物真似やれよな」


 俺は牙と闘争心を剝き出しにしてそう提案する。


『いいね』


『雪隠のシネちゃんの物真似みたい ¥500』


『僕はリコリ〇のたき〇ちゃん!』


「まあいいけど、その条件だとこっちが勝ったらあんたが物真似をするってことでしょ? なら、ならあんたの物真似が見たいファンは私の味方になるんじゃない?」


 明璃が気怠そうに言う。


「ふっ。オレの子分はそんな目先の欲望に負けるような薄情者では――」


『断腸の思いで……』


『反乱を起こしたロイエンタールの心持ちです』


『ピカ様も最初は言うことを聞かなかったですし』


『裏切りもBLの基本なので……』


「おいいいいいいいいいいいいい!」


 俺は銀魂風に叫んだ。


『即オチ二コマじゃん』


『ってことは、王国民がホエるんサイドにつくん?』


『スワッピングバトルか』


『欲望の強い方が勝つ!』


『気合い入れろ。ホエるんはいつも神対応だけど、塩の雪隠がファンサしてくれる機会なんて滅多にないぞ!』


 こうして配信の夜は更けていく。


 とりあえず、明璃との同居が穏便にファンに受け入れられて良かったとほっとする俺だった。

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