第十五話 成果
そして、またレッスンの日がやってくる。
今日の生徒は、俺と明璃の二人だけだ。
昨日、籾慈と咲良からのメッセージで「もしかしたら休まなきゃいけないかもしれない」との趣旨の連絡を貰っている。その詳細は聞いていないが、とりあえず、体調不良とかではなさそうなのは良かった。
とにかく、真面目な豊橋姉妹が休むのは珍しいな。
「はーい! そこまでぇ。セッチャン、どうやら振付けはちゃんと頭に入っているみたいねぇ。あれだけの状態からよくここまで持ってきた。偉いわよぉ」
振付け師が曲を止めて拍手した。
「なら、もう帰ってもいい?」
いきなりそんなことを言い出す明璃。
せっかく先生が誉めてくれてるっていうのに、相変わらずブレないなこいつは。
「はぁ。あのねぇ。『振付けを覚えた』のと『踊れる』のは別問題なのよぉ。今のあなたは卵から顔を出したひよこちゃんレベルなのぉ。鷹のように飛べとまでは言わないけれど、せめて鶏が木に飛び上がるくらいにはなってもらわないとねぇ」
振付け師が呆れたように溜息をつく。
「でも、私、あんたの指導じゃなくて、ゲームで振付けを覚えたんだし、ここで練習しても上手くなれるとは思えない。だったら、アウトプットだけ確認してもらった方が効率的じゃない?」
明璃が言い返す。
よくここで反論できるな。
マジで強メンタルすぎだろ。
「それを言われちゃうと反論できないわねえ。――まあ、そうくるかと思って、こっちも新しい課題を考えておいたわぁ。私のお手本をモーションキャプチャーで取り込んでVtuber風にした動画があるから、それに振付けを一致させるように練習してみて頂戴。それならどう? マイペースに練習できるでしょう」
振付け師は気分を害した様子もなくそう提案してくる。
「わかった。それでいい」
明璃は頷いてすぐに帰り支度を始める。
「先生、準備いいですね」
俺は感心して言った。
「そりゃあ、私にもプロの矜持があるものぉ。私の指導よりもホエるんのゲームの方がいいなんて言われたら立つ瀬ないわよぉ。ま、それにこれから似たような依頼も増えそうだから、今の内にVに指導するメソッドを確立しとくのも悪くないわよねぇ」
振付師はそう言って肩をすくめる。
「確かにこれなら直接出向かなくても、遠隔で指導もできますもんね」
俺は頷く。
「まあねぇ。でも、これだとあくまで50点を70点にする程度の向上しか望めないから、私の本意ではないのよねぇ。――ということで、ホエちゃんにはビシバシ100点、120点を目指して頑張ってもらうわよぉ。今日は今日は姉妹ちゃんたちがお休みだから、手取り足取りみっちりねぇ」
振付け師が手をワキワキさせて言った。
「はい。よろしくお願いします」
俺は頭を下げる。
「もう。ホエちゃんは逆にもっと憎まれ口を叩いてくれてもいいのよ? 素直すぎてもいじめ甲斐がないわぁ」
振付け師が物足りなさそうに唇を尖らせる。
「え? いや、だって、自費で頼んだらめちゃくちゃお高い個人レッスンを会社持ちでタダで受けられるって考えたらお得じゃないですか?」
俺は首を傾げる。
奢りで食う飯が美味いように、奢りでやるレッスンも楽しい。
そんなにおかしなことだろうか。
「言ってくれるわねぇ。さすが、どんなジャンルでもトップはバイタリティが違うわ。なら、少し指導のレベルのギアを上げちゃおうかしらぁ。今までは、『素人にしては』っていう枷をつけてたけど、プロ基準でいくわよ?」
振付け師がジョジョ立ちをして健康的な筋肉美を見せつけてくる。
「わかりました。精一杯頑張ります」
俺は手と足を振って軽く柔軟をしながら答える。
……。
……。
それから小一時間ビシバシしごかれ、レッスンを終える。
その頃には、床に汗で水たまりができていた。
「ふうっ、お疲れ様ぁ。よくついてきたわねぇ。もうそこらの下手なアイドルよりは全然上手いわよぉ。強いて言うなら――」
振付け師も少し呼吸を荒げながら、アドバイスをしてくれる。
「ありがとうございました」
やがてレッスン終了の時間になると、俺はそう挨拶をして振付け師を見送った。
それから脱力して床にへたり込む。
汗を拭いて、ペットボトルのスポーツドリンクを一気飲みする。
「三雲くーん、レッスン終わった? ちょーっとお話しいいかしら」
ガチャりと小さく開くドア。
その隙間から成増さんが手招きしてくる。
「拒否権あるんですか? 嫌な予感しかしないんですけど」
俺はグショグショのウェアを脱いでスポーツバッグにしまいながら言った。
「あるけど、その場合、私は法的にギリギリ許されるラインで延々と三雲くんにおじさん構文の鬱陶しい愚痴メッセージをSNSに送り続けることになるわ」
成増さんが真顔で答える。
「いや、それ普通に脅迫じゃないですか」
ツッコミつつ、新しいシャツに袖を通す。
乾いた綿が肌に触れるこの瞬間が達成感があって好きだ。
「まあまあ、なんだかんだで付き合ってくれるんでしょ? お姉さん、そういう優しい三雲くんが好きよ」
成増さんはそう言って、スルりと中に入ってきて、プロテインバーとミルクコーヒーの缶を投げ渡してくる。
健康的なようなそうでないような。
「はあ……、もう分かりましたよ。で、なんですか?」
俺は両手でそれをキャッチしながら、ゆっくりと立ち上がった。
「うーん、それがね。このままだとシネとルルが活動停止になっちゃうかも」
テヘペロの出来損ないみたいな仕草でそう言い放つ。
「……」
(――なんですと!?)
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