第二十八話 才能

 Ⅴtuberの才能とはなんだろうか。


 ガワの良さ?


 確かにそれがなきゃ始まらない。


 でも、ガワで釣れるのは初動だけだ。


 処女営業? 百合営業? ぼっち営業?


 不要だとは言わない。視聴者層に合わせた感情移入できる要素は何かしらいる。でも、それは必要条件ではあるが十分条件ではない。


 ゲームスキル?


 違う。上手い吠も下手なシネも同じくらいの人気がある。


 ならトークスキルか?


 もちろんこれは重要だ。でも、じゃあ、例えば喋りのプロである芸人をⅤにすれば即人気になるのか? 必ずしもそうとはいえないだろう。いくら喋りのプロだろうと、全くネタを使い回すことなく、週に何回も、何時間も面白い話をし続けることは不可能だ。


 そうやって考えていった時、最後に残る人気Vの共通項は、結局『継続的な長時間の配信に耐えうる真面目さと忍耐力を有すること』、これに尽きると、俺は考えている。



 とある日曜日。


 都内の外れにあるマンスリータイプのマンションの最上階。


 ワンフロア丸ごと貸し切った家具付きの一室に、俺たちは訪れている。


「おー、見晴らしいいね」


 籾慈が肩掛けと手持ちのスポーツバッグ二つを床に降ろし、窓へと駆け寄る。


 再開発された東京の郊外は都会的な街並みもありながら、遠景には山を望むことができる落ち着いた立地だった。


「みんなでお泊りなんて初めてでわくわくしますー」


 咲良が花柄のリュックを背負ったままぴょこぴょこと跳びはねた。


「そうなんだ。ルルとか友達多そうだからお泊りにお呼ばれしそうなのに」


「ご時世ですからー。私もお姉ちゃんもコロナのせいで修学旅行も行けなかったのでー」


「ねー。青春を返して欲しいよね」


 ちょっと寂しそうに言う。


 ああ、そうか。そういう世代か。


 そこまで年が離れていないつもりだけど、たった数年でもジェネレーションギャップは起こるものだな。


「回線速度はまあまあかな」


 明璃はキャリーバッグを開き、早速私用のデスクトップPCのセットアップを始めた。


「セツ、その中、ほぼPCと周辺機器だろ。日用品はどうした」


 日用品よりもPC優先なのは彼女っぽいとは思うが。


「え、ああ、服はダンボールで送った」


「そうか。俺もいくつか送ったけど、届くまでは大丈夫か? 足りない物を書き出しといてくれれば、後でまとめて俺が買い出ししとくぞ」


「歯ブラシと歯磨き粉とデンタルフロスは買いに行くつもりだった。あとはどうでもいい。下着は持ってきてある」


「わかった。見せなくていい」


 俺はジップロックに詰められた高級そうなランジェリーから目を背ける。


「あ、あの、駅前のお花屋さんにかわいい唐辛子の鉢植えがあったので、買ってもいいですか? せっかく日当たりの良いお部屋ですし、お日様がもったいないかなーって」


「ああうん、それくらいは大丈夫だと思う。配信にチラっとでも映せば経費で落とせるんじゃないかな」


「ねえ、咲良。これ最後にはお家に持って帰らなきゃいけないやつだよ?」


「大丈夫だよお姉ちゃん。唐辛子は食べ物だから例外だよ」


「カラフルで綺麗な唐辛子は食べれない園芸用でしょ?」


「咲良は無理だけど、ルルはエルフだからきっと食べられるのー」


「二人共、唐辛子を買うかどうかは後にして、とりあえず、配信始めるからモードを切り替えてくれ」


「はーい」


「分かりましたボスー」


 配信用PCを立ち上げる。


【アンタゴニスト 緊急配信!】


 短めの枠を取って配信を始める。


「こんばんワオン!」


「こんこん……」


「ガオにちはー」


「グーテンモルルルー」



『こんばんワオン』


『ガオちはー』


『こんこん雪』


『モルルルー』


『酒を飲みながら観るアンタゴ配信は最高だぜ』


 コメントから休日特有のまったりした空気感が伝わってくる。


「さあ、俺たちのデビュー配信、見てくれたか? アイドルデビューした俺たちだけど、この前、黄金の林檎にカチこまれてさ。もちろん、俺たちは負けなかった。だけど、はっきり言って、今の俺たちの歌ではあいつらには敵わない。悔しいけど、それが現実だ」


 そう言って唇を噛む。


「はい。とっても上手でしたー」


 ルルが大きく頷いた。


『まあ、相手はプロだし』


『しゃーない』


『アンタゴはようやっとる』


「かわいさではガオの圧勝だったけどね!」


『しねちゃんはいつもかわいいよ』


『むしろかわいさしかない』


「ゲームも弱かったし」


『雪隠ポケモン買った?』


『スマブ〇の非公認大会が中止された件どう思う?』


 シネとセツのファンは今日もマイペースだな。


 岩盤層だからありがたいけど。


『緊急要素は?』


『はよ本題』


「ふう……もったいぶるのは性に合わねえし、早速発表しちまうか。これから、俺たち四人は打倒、黄金の林檎を目的とした強化合宿に入る! そして、その様子を極会議のライブ前日までの数か月間、毎日配信をしていく。これがアンタゴニストの覚悟だ!」


 挑発的な笑みを浮かべる。


『これからしばらく四人同居ってこと?』


『毎日配信とか気合い入ってるなー』


『マジか! あんまりリアタイで見られないから配信が増えるのは素直に嬉しい』


『試される切り抜き職人』


『いい匂いしそう』


『合宿部屋の空気の缶詰めを売って欲しい』


 結論から言えば、俺が考えた黄金の林檎に対抗する手段は言葉にすれば極めてシンプルなもの。


 ただひたすら長時間配信をする・・・・・・・・・・・・だけである。


 相手は『タレント』のガイア。


 黄金の林檎のディーテ以外のメンバーは音楽のプロだから、未熟な状態で新曲を発表することはできないだろう。


 そのプロ意識は尊敬に値するが、俺たちまで相手のフィールドで戦う必要はない。


 こっちは素人なのだから、できなくて当たり前。


 開き直って、恥も失敗も未熟も、ライブに至る過程を全部見せる。


 外野から馬鹿にされようが、視聴者に親近感を持って、応援としたいと思ってもらえればいい。


 それが、『アイドル』のシューティングスターだ。


 まあ、難しいことはさておき。


(人気Ⅴ四人のキャッキャうふふの同居生活と、ビジネス丸出しのコラボ配信、どっちが見たいかって話ですよ)


 元プロゲーマーの俺は、長時間机に向かいゲームをすることはもちろん、コラボによって無限にバリエーションを増やせる。


 シネはああ見えて、ゲーム配信から雑談配信まで何でもこなすマルチプレイヤーである。しかも、わがままブームが許されるキャラなので、強引に配信を中断することも、予定調和をぶち壊すことも厭わない。


 ルルはのんびり系のゲームとの相性がすごぶるよく、間延びしたら歌配信に切り替えて緩急をつけることもできる。


 セツは全く視聴者サービスはしないが、俺と同じくらい長い間ゲームをやっていられる。一日中配信するなら、視聴者にとっての休憩時間もあった方がいい。箸休め存在として機能する。


 ということで、総合するとアンタゴニストは実はめちゃくちゃ配信耐久性の高い、HPもMPも高めのグループなのである。それに加えて合宿によって雑談ネタもマシマシにできるとなれば鬼に金棒だ。


 個人で長時間配信を売りにしているVはそこそこいるが、グループ単位でそれができるのはそうはいない。


 黄金の林檎が前世棒で殴ってくるなら、こっちは物量で殴り返す。


 それがVとしてのプライドというものだ。


 結局どぶ板選挙が一番強いんだよ!


「じゃあ、早速ゲーム――」


「いや、それだといつもと同じだし、極会議のライブのための強化合宿だからな?」


 セツに食い気味に突っ込む。


「ガオ知ってる! 共同生活ではちゃんと最初にルールを作るのが大事って、ガオママが言ってた」


『しねちゃんが珍しくまともな意見を……』


『しねちゃんは一応、白虎族を長になるために修行中だからね。多少はね』


「確かにそうだな。まず思いつくのだと、家事の分担だな。炊事、掃除、洗濯か」


「はい! ルル、お掃除が好きですー、あと、お菓子も作れますよー」


『イメージ通り』


『ルルママのお菓子くだはい ¥500』


「お、偉いぞ、ルル。じゃあ、ルルは掃除係だ。オレは大体全部できるから、余ったやつでいい。シネは?」


「え? ガオはかわいいがお仕事なんだけど?」


 籾慈はとぼけた顔で目を瞬かせる。


『殴りたいこの笑顔 ¥300』


『まあ、猫だと考えたら普通じゃね?』


『自称虎定期』


「よし。わかった。じゃあ、シネはトイレと風呂掃除な。全部ルル任せだと大変だから」


「やああああああああああああああ! なんでそうなるの! しねええええええええ!」


「セツは?」


「じゃあ、洗濯」


 あっさり答えが返ってきた。


 正直、拒否られるイメージしか湧かなかったので意外だ。


『雪隠洗濯とかできるのか』


『雪隠は完全に汚部屋のイメージだったわ』


「お、マジか? すまん、こう言っちゃ失礼だが、洗濯とかできるイメージなかったわ。メシも放っておいたらサプリとカロリーメイ〇で済まそうとするタイプだからさ」


「ゼリーの方が好きだけど」


「あ、うん。それはどっちでもいいんだが、一応確認するけど、色移り気にせず全部ぶち込むとか、洗剤入れまくって泡を溢れさせるとか、テンプレみたいなオチは勘弁してくれよ?」


『脳内再生余裕』


『ホエるんと解釈一致』


「だからできるって。めんどいけど、ブランド物だと洗うコツとかいるし、台無しにして買い直すのもめんどくさいし、まとめてクリーニング屋に持っていくのもめんどくさいし、取りに行くのもめんどいから仕方なく」


『息をするのもめんどくさそう』


『まあ、ゲーマーはボトションくらいして一人前の説あるから』


「他の家事もできるのか?」


「洗濯だけ。掃除とかはゴミとかは適当に月一で精霊に投げてる」


『精霊(業者)』


『それでこそ雪隠 ¥400』


『逆に安心した』


「わかった。なら、セツは洗濯な。そして、メシはオレが作る。群れの奴らを腹いっぱいにするのはリーダーの仕事だからな!」


『やっぱりおかんじゃないか(歓喜)』


 まずは合宿の空気感を伝えるための雑談で短い配信を終えた。

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