第二十九話 コンプレックス(1)

 その後、長めの枠を取り、【アンタゴニスト強化合宿 一日目】と題して再び配信を始めた。


 真面目に歌の発生練習をしたり、ダンスの練習をしたり、合間にはゲームで遊んで休憩しあり、夜になるまで俺たちは配信を続けた。


 夕食も終え、今はセツがゲーム配信に夢中になっている。


 その隙を見計らって、籾慈は風呂に入っており、咲良はリビングで宿題と向かい合っている。


(洗い物でも済ませておくか)


 俺はスポンジに洗剤を染み込ませ、シンクで水浸しにしてあった食器を手に取った。


 この部屋は割とお高めの部屋なので食洗器もついているのだが、いまいち信用できない俺がいる。


「あ、私もやりますー」


 ルルがトテトテと駆けてきて俺の隣に並んだ。


「宿題はいいのか?」


「はい。今終わりましたー」


「そうか。じゃあ、俺が洗った食器を拭いてくれ」


「はい」


 俺は洗った食器を洗った側からルルにリレーしていく。


 彼女が布巾を扱う手つきは慣れていた。


 日頃から家でもやっているのだろう。


「……ありがとうございましたー」


 いきなりポツリと呟く。


「どうした急に」


「えへへー、そういえばちゃんとお礼を言ってなかったなと思ったので。ボスが誘ってくれなければ、アンタゴニストを結成はできなかったと思うので」


 咲良がはにかんで言う。


「どういたしまして……というか、それはむしろ、俺の方がお礼を言うべきことだな。成増さんの無茶ぶりと、俺の突拍子のないアイデアに付き合ってくれてありがとう」


「いえいえいえ、私は鈍くさいので、あんまり多くのことはできないから、ダンスの負担が減って良かったです」


「――じゃあ、ルルは今、楽しい?」


「はい! お姉――しねちゃんと一緒に頑張れるので!」


 咲良が勢いよく頷いた。


「でも、アンタゴ結成前もよくシネとルルはコラボはしてただろ?」


「そうですね。でも、あれはしねちゃんがルルに気を遣ってくれてただけですからー」


 咲良の表情が少し陰る。


「そうかな」


 傍から見れば、気を遣うというよりは、単純にかわいい妹とイチャイチャしたいだけにしか見えない。


「はい。お姉ちゃんはすごいんです。怪我をする前はバレーの大きな大会で大活躍してましたし、他の部活にも助っ人で引っ張りだこで、お話も上手いから、みんなから人気で、だから、バレンタインデーとかは大騒ぎなんですよ。両手で抱えきれないくらいのお菓子を貰ってきて。色んな人がみんなお姉ちゃんを大好きだから、いつも忙しいのに、それでも私に優しくしてくれるんです」


 咲良にしては珍しい、興奮気味の早口だった。


 もはやしねちゃんと呼ぶ建前もなくなっている。


「ルルも人気Vだぞ」


「ありがとうございます、ボスー。でも、咲良、分かってます。咲良はポヤポヤしてるから、そのズレてるところを皆さんがおもしろがってくれてるだけだって。咲良はボスやセツさんみたいにゲームが上手い訳でも、しねちゃんみたいにお喋りが上手い訳でもなくて、中身は何もないって」


「そのズレを世間では才能と言うんだと思うけど。――そもそも、ルルも友達多いんじゃないのか? 前に俺にプロフィール帳の一枚をくれただろ、あのプロフィール帳、結構分厚かった気がするが」


「お友達はいっぱいいますよー。でも、お姉ちゃんと違って、向こうからきてくれるんじゃなくて、私の方からいってばかりというか。えっと、五人で道を歩いていると、いつの間にか私だけ一人になってるみたいな。私はそんな子なんです。いつも誰かが優しさで付き合ってくるのに甘えてる」


 キョロ充的な扱い? それともブリっ子認定されてる? 同年代に比べて体格が良すぎて浮いてる?


 色々な可能性を思い浮かべるが、断定はできない。


 うーん、女子校の事情はよくわからん。今は小学生だからアレだが、彼女が仮に共学の中学に入ったら、否応なくトップカーストに組み込まれる逸材だと思うが。


 とにかく、自称じゃない本物の天然には、天然の苦労があるらしい。


「……ごめんな。何か立派なアドバイスができればと思うけど、俺、正直、友達の多い学生生活を送ってきた訳でもないし、一人っ子だから、姉のいる妹の気持ちを想像しても薄っぺらい話にしかならない」


 正直にそう白状した。


「あ、いや、大丈夫です。ごめんなさい。私、何言ってるんでしょうー。お姉――しねちゃんに勝ちたいとか、妬ましいとか、そういう訳じゃないんです。でも、同じ目線で同じ所で何かを頑張ってみたかったんです。それが私にとってのアンタゴニストになりそうな気がしているから、だから楽しみで、嬉しいんです」


 噛みしめるように言う。


「そうだな。とにかく、うちで一番歌が上手いのはルルだし。無くてはならない人材だ。それだけは俺が保証するよ」


 洗い物を終えた俺は、手の水気を払いながら言う。


「はいー。歌だけはボスにも負けませんよー」


 咲良は布巾を丁寧に畳みながら、顔にクッと力を入れる。


「ああ、それなら大丈夫だよ。俺、この前はボイトレの先生にボカロみたいな歌って言われたから」


 俺は自虐気味に言った。


「えー? それは誉め言葉ですよね?」


 ルルが目を不穏にギラつかせて言う。


 あっ、やべ。そういえば、ルルはボカロフリークだった。


「はー、すっきりしたー、お先頂きましたー。――ルルー、お風呂空いたよー」


 パジャマ姿の籾慈がバスタオルを肩にかけてリビングへとやってくる。


「はーい! ――あ、しねちゃんにはさっき話したことは秘密にしてくださいね。ボスとルルの秘密です」


 咲良が唇に人差し指を当てて囁く。


「了解」


 俺も小声で頷いた。

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