閑話2 実力

 ポ。ボボボロン、ボロロロン!


 即興の路上ピアノで名を挙げたyoutuberがテクニックを誇示するように黄金の林檎の曲を弾きこなす。


「生贄の林檎! 食えぬなら、メッキも黄金も同等! 木馬に騙されても、まだ夢見てる回転!」


 それに負けないように麗奈も声を張り上げた。


『みかんちゃんの演奏キレッキレ ¥1000』


『レナちの声量すご ¥600』


 彼女とは昔からお互いに利用し合う関係だからその自己主張を否定はできないけど、鷲木の曲と歌のバランスを考えた丁寧な演奏と比べるとどうしても見劣りする。


 そんなことを考えながら、麗奈は今日最後の曲を歌い終えた。


「今日も良い夜であった。では、みかんにも一言を許そう」


 麗奈は閉じた扇子をマイクのようにしてみかんに向けた。


「ほんとにキャラガチガチでウケる! あ、そうだ。レナち、コロナも収まってきたしさ。また一緒に路上リサイタルやろうね。なんならコスプレもしちゃうよ?」


 みかんが悪戯っぽい口調で言う。


「わた、わらわの気が向けば下界に降臨しても構わぬ」


 麗奈は噛んだのをなかったことにして続けた。


 前世の知り合いとのコラボばかりしていると、どうしてもそちらに引きずられ、素が出てヘラとしてのキャラがないがしろになる。


「おけおけー。じゃ、みかんの来月のライブよろしくねー」


「下民ども、今日もよく礼拝に参った。次回も見ねば死刑ぞよ」


 ……。


「お疲れー。インス〇用の写真撮ろう」


 みかんがスマホを構える。


「いや、だから顔出しNGだから。知ってるでしょ」


 麗奈は肩をすくめる。


「えー、もうそろそろ解禁でよくない? まあいいや、じゃあ、手だけポーズならいい?」


「Vグッズの指輪があるからそれで勘弁して」


 配信を終え、晒される危険性を何とか回避し、みかんを見送った。


「すみません。今日はちょっとキャラがブレてました」


 麗奈は現場に出てきていたプロデューサーの経堂に頭を下げた。


「全然問題ないです。キャラとか、そんなのはテキトーでいいんですよ。再生数が伸びてるんで。ファンからも好評じゃないですか」


 経堂がAIで生成したようなニコニコ顔で言う。


 彼は元テレビマンで、将来性の薄いテレビ業界を見限り、新進気鋭のV業界にやってきたのだという。


 だが、麗奈からすれば、元の職場の空気感が抜けておらず、とにかく数字にこだわるきらいがあった。


「でも、そのファンもそれぞれの前世の既存ファンがスライドしてきているだけで、Ⅴtuberのファンからの反応はどんどん薄くなってきている気がしますが」


 余所の会社に喧嘩を売るような派手なデビューをした割には、明確なアンチはついていない。


 おそらく、シューティングスター側の対応が上手かったせいだろう。


 悪評が少なかった代わりに、炎上商法としては中途半端だったともいえる。


 とにかく、デビューが失敗か成功かに関わらず、無反応で去っていく可視化されないユーザーの反応が麗奈は恐ろしかった。


「いやでも、数字は嘘つかないっすよ。再生数は再生数ですし、スパチャに色はないんで、これも全部お三人の実力の内ってことで。こっちは流星みたいに、仲良しのおままごとがしたい訳じゃないでしょ」


 経堂が気楽な調子で言った。


「もちろんそうです。でも、ショート動画でもメンバーが揃ったコンテンツも用意した方がいいんじゃないですか?」


 黄金の林檎は配信チャンネルこそ共有しているが三人が集まっての動画がほとんどない。


 チャンネルのメインコンテンツは、三人が持ち回りで担当する、それぞれの人脈を生かしたコラボ配信である。麗奈なら有名な音楽系配信者、鷲木は曲を提供した紅白クラスのアーティスト、鵯越なら表紙を飾るレベルのファッションモデル。コラボ相手がとにかく豪華だから、再生数はとれて当たり前だ。でも、それだと個人チャンネルを足し算しているだけであって、黄金の林檎としてのグループの魅力を見せるには至ってない気がする。


 三人全員、本業の仕事が忙しいから仕方ないとはいえ、最低限のグループ感は見せておくべきじゃないだろうか。


「いや、無理に集まろうとすると、誰が遅れてきただの、誰彼に比べて出代でしろが少ないだの、揉める原因になるんで」


 経堂がそれっぽいことを言う。一理あるのかもしれないが、めんどくさがっているようなだけの気もする。


「そういうものですか。まあ、私はVtuberに詳しくないんで、これ以上は何も言いません」


 麗奈は頷いた。


「はい! 大丈夫です。任せてください、こっちも人生かかってるんで! みんなで夢を叶えましょう!」


 経堂がニコニコしながら、細かく脚を貧乏ゆすりする。


 麗奈は軽々しく人生とか夢とか、大げさな言葉を使う人間は好かない。


 だが、この男も契約社員から正社員になれるかどうかの瀬戸際らしいし、手は抜かないだろう。


 ただ野心という一点のみで結束しているこのグループは、同床異夢ながらベクトルは一致している。


「……とにかく、歌の練習をします」


 どこか釈然としない想いはあるが、麗奈は今日も自分にできることをやるだけだ。

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