第二十七話 Ⅴに王道なし

「みんなお疲れ様。イレギュラーもあったのに、よく対応したわ。偉い!」


 成増さんとスタッフたちが俺たちに拍手を送ってくれる。


 明璃以外の全員が会釈でそれに応えた。


「ホエるん。ごめんね。ウチが負けたら丸く収まると思ったんだけどな。あっ、もちろん、勝負は真剣にやったからね」


 籾慈が顔の前に右手を挙げて謝る。


「わかってる。シネの判断は正しいよ。あそこでこっちが譲ったから、向こうの加害性が際立って、視聴者はアンタゴニストに同情的な印象を抱いただろうし。それにもしこっちが勝ってても、『今日の所は花を持たせてやるぞよ。次は極会議で――』って感じで話を展開してきていただろうし。どのみち向こうが喧嘩を売ってくる気満々だった以上、結果は変わらなかったと思う」


 俺は椅子から立ち上がって大きく伸びをした。


「三雲くんの言う通りよ。欲目なしに見て、Ⅴとしての対応ではこっちの完勝だったわ。黄金の林檎なんてアンタゴニストに食われるだけの存在ね!」


 ドヤ顔で言う。


「いや、でも、黄金の林檎の最初から仲良し路線を捨てるっていうコンセプトは賢いと思いますよ。バレバレの下手な仲良しごっこをするくらいなら、野心を隠さないことを明示した方が潔いですし、配信が盛り上がらなくても、ストイックさの発露ということで誤魔化せますし。ああいうスタイリッシュな感じに惹かれるファンも多いかもしれません。全員がそれぞれプロフェッショナルだからこそ成立するスタイルですよね」


「いや、確かにその通りなんだけどさ。ここでそれ言う?」


「はい。敵を侮るのは良くないので、正しい現状認識を共有しておかないと」


「全く三雲くんは真面目ねえ。まあ、そこがいい所なんだけど」


 成増さんはそう言って苦笑する。


「ううー、でも、神Pさんとトップクラスの歌い手さんですよー? ルルたちで太刀打ちできるんでしょうかー」


 咲良は不安を隠せずに小さく震える。


「大丈夫よ。さっきも言ったけれど、極論、ライブ勝負で負けてもいいのよ。あなたたちはあくまでⅤtuber。だから、今の同接数を維持できれば及第点、もしこれを機に知名度が上がったり、ガイアの客を奪って、同接数を増やせればそれだけで成功。万が一、音楽勝負で勝てれば大金星。だから気楽にいきましょ」


 成増さんは優しい声色でルルの頭を撫でる。


「えっと、つまり、ウチらはいつも通り配信すればいいってことっすか?」


 籾慈が小首を傾げる。


「そうね。でも、相手も曲の宣伝のために配信攻勢をかけてくるだろうから、現状維持だけだと不安は残るわ。かといって、ライブまでに新しい曲をいくつもマスターしなきゃいけないから、おいそれと配信回数は増やせないし、悩みどころよねえ」


 成増さんが腕組みして唇をすぼませた。


「あ、それに関しては、俺、ちょっと考えたことがあるんですけど」


 小さく挙手する。


「なになにー。元プロゲーマーの知識を使って無双しちゃうネット小説的展開ー?」


 そう言って、俺を肘で突いてウザ絡みしてくる成増さん。


「いや、別に天才的な奇策とかはないですけどね。正攻法の延長線上の話で」


「もったいぶらずに聞かせてもらいましょうか。半年でVのトップに駆け上がった男のアイデアというやつを」


「ハードルを上げるのやめてくださいよ。そもそも、俺一人では無理で、みんなの協力が必要な案なんですが」


「もう今更、三雲くんの実力とリーダーシップを疑う奴なんて、スタッフにもメンバーにもいないでしょ」


「そうですかね。……成増さん、ちなみに、今、何か足りないって思いません?」


 俺は先ほどから気付いてはいたけど敢えて言わなかった事実に想いを馳せる。


「何かって――あれ? そういえば明璃は?」


 周囲をキョロキョロと見渡して、スタッフさんに呼びかける。


「はい。もう帰られましたー」


 スタッフさんの事務的な返事がスタジオに木霊した。

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