第三十三話 革命
正規の休憩終了時間から三十分ほど推して、俺たちのステージに明りが灯る。
そこには誰も映されていない。
「どうしましょうー、ボスー!」
NHKの教育番組のような、柔らかい声が会場中に響き渡った。
「ん? 何かあったか? ルル」
俺はわざとらしく聞き返す。
「しねちゃんが遅いから、楽屋を見に行ったら、コーラでびちょびちょになった衣装とこんな書置きがー!」
「ん? なになに」
【ガオは旅に出ます。探さないでください】
先ほど録音しておいたボイスを流す。
今頃、籾慈はガイアの即席ファッションショーの司会をしている頃だろうか。
会場がざわめくのが聞こえる。
「まじかよ。……そういえば、セツのやつもいなくね?」
「あわわー、セツさんの楽屋にもこんな書置きが!」
【ちょっとトイレ行ってくる】
再び録音再生。
『雪隠が雪隠に』というくだらないギャグであるが、基本的にファンはⅤのお笑いレベルに対して寛容だ。
会場から笑い声が起きる。
ネタにして悪いが、今頃明璃はばっちりかっこいいモデルウォークを決めているはずだから差し引きゼロと言うことで。
「どうすんだよ。もうさすがに始めねーとまずいぞ。いくら子分たちが訓練されているって言っても、我慢には限度があるぜ!」
「ルルが精霊さんにお願いして、しねちゃんとセツさんを呼んできてもらいますー。でも、しばらく時間はかかりますよー! どうしましょうー!」
「わかった。ちっ、しょうがねーな。それまではオレたちでなんとかするしかねーか!」
そこで俺はステージへと駆け出す。
スポットライトが俺を照らす。
(もうどうなってもしらないからな!)
こんなの即女装バレしてブーイングの嵐に決まってる。
全部成増さんが悪いんだ!
『えっ、マジ、リアルホエるん!?』
『美少女じゃん! 撮影禁止なのが悔やまれる』
『ワンチャン、ショタにも見えなくもないか!?』
『いや、普通に女だろ』
『こんなにかわいい子が女の子のはずがない』
『マジでガワと似すぎwwwww』
『これガワは中の人を模写しただろ』
『男とか言ってるやつ目が腐ってるのか。むしろ、メイクで敢えて男に寄せてんのにこの美少女だろ』
『でもついてた方がお得じゃん』
『正直、ホエるんに関しては性別どうでもいいわ。ゲームスキルとコラボスキルを評価してるし』
『俺は推しはしねちゃんだけど、二番目はホエるん』
『俺も。ホエるんがいると推しが輝く』
『雪隠なんてホエるんがいなくなったら終わりだぞ』
『まあ、ガチ勢はショタであって欲しいだろうけどな』
『ホエ様は男とか女とかそういう次元を超越してる大神であらせられます』
『女装でもショタでも興奮する』
『ありがとうございますありがとうございます』
『五体投地はやめて! 恥ずかしい!』
ざわめきに紛れて、観客の声はよく聞こえないけど、あれ?
(意外と反応が悪くない……だと?)
少なくともブーイングは聞こえない。
(ははは、結局、配られたカードで勝負するしかないってことか)
低い背も高い声も男らしくない外見も、全部全部嫌いだった。
でも、その全てのマイナスが、今俺を救う。
大富豪の3が革命で最強になるみたいに、Vtuberという職業が、俺のコンプレックスを武器へと変えた。
「キャーさすがボスですー! かっこいいー!」
「よしっ! オレが踊る! ルルは歌ってくれ!」
「はいー! お歌は得意ですー! あっ、でも、伴奏の音楽はどうしましょうー」
「こんにちは。通りすがりの天才音楽家です。よろしければお手伝いしましょうか」
ゆらりとキーボードを片手に貞子Pが登場する。
黒子に扮したガイアのスタッフが手早くセッティングを済ませる。
『えっ、貞子P!?』
『どゆこと?』
『和解演出かよ』
『まあ、一部で流星と地神の頭おかしい信者の荒らし合戦みたいになってるし、ここらでケジメってことでしょ』
『貞子Pの生演奏が聞けるのか』
『ルルママが貞子Pの大ファンだしな』
『地神サイドでは雪隠とヘラの中身がファッションショーやってるってよ』
『なにそれ見たい』
「おっ、マジか!? 誰だか知らねーが感謝するぜ。それじゃあ、一曲目、『めざせポケモ〇マスター』いくぞ!」
貞子Pがすかさずイントロを弾き始める。
(ここまで来たらやってやるさ! オレは大神吠だからな!)
ダンスにぬかりはない。
本来はVの姿でやるはずだった吠の個人パート――少年アニメメドレーを生身でやるだけのことだ。
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