第十八話 お宅訪問(2)
「まあ、正直言うとね。娘たちはエスカレーター式の学校だから、本来ならちょっと成績が落ちたくらいで一喜一憂する必要はないんだよ。とはいえ、このままズルズルいくのは心配でね。あんまり成績が良くないと内部進学とはいえ足切りはあるし、選べる学部が限られてきたりもするし。健人くんからしたら、やっぱりぼくの措置は厳しすぎるかな?」
海桐さんがこちらの表情を窺うような目をして問うてくる。
「えっと、俺は高卒なので、学歴に関してあれこれ言える立場ではないんですが、確かに学歴があれば就ける仕事の幅が広がるのは事実ですので、海桐さんの懸念もごもっともかと思います」
俺はその目をまっすぐと見返して答えた。
「そうかい?」
「はい。でも、お金も学歴と同じくらい可能性の幅を広げるのではないかとも思います。大学に行くのにもお金は必要ですし、他にも起業とか、見分を広めるために世界中を旅したりとか、学歴があってもお金がないとできないことはいっぱいある。正直、Vとして娘さんたちくらいのポジションに行けるのは、誰もが望めるポジションじゃないんで、このままフェードアウトするのはあまりにももったいないなというのが俺の本心です。そして、安定した業界でもないんで、いやらしい話、稼げる内に稼いでおくのも悪くないんじゃないかと」
多少下品な内容でも、本音で話す。
単純比較できるものではないが、そもそもシューティングスターのVのオーディションの合格倍率は、そこらの名門大学の合格倍率よりも全然高いのだ。さらにその中でも人気Vは一握り。豊橋姉妹が自覚しているかは知らないが、二人はもうすでにプラチナチケットを手にしている。
「ほう? ぼくも娘たちにやりたいことをやらせるくらいの甲斐性はあるつもりなんだけどな」
海桐さんが目を大きく開いて言う。
ちょっと怖い。
「もちろん、海桐さんはそうかもしれません。でも、親に援助してもらう子供の立場からすれば、親に出してもらったお金と自分で稼いだお金では、心理的な挑戦のハードルは違ってくると思うんです」
俺は水平にした手のひらを上げ下げして答えた。
『プロゲーマーで食っていこうと思ってるんだ!』と親に告げた時のことを思い出す。あの時の何とも言えない二人の表情は今も忘れられない。
「うん……なるほどね。確かにそういう考え方もあるか」
海桐さんは腕組みをして、しばらく間を置いてから頷く。
「というか、そもそも、これについては俺とあれこれ言い合ってもしょうがなくないですか。俺、籾慈さんと咲良さんが将来何になりたいかも知らないですし、当事者以外で話をしても、薄い内容にしかなりませんよ」
俺は苦笑する。
豊橋家の問題は豊橋家で解決してくれ。
海桐さんが娘を愛していることはよくわかったけどさ。
「ははは、そうだよね。ごめんごめん。いや、ぼくとしても娘たちが本気で取り組んでるなら、この程度で水を差したりはしたくないんだよ? でも、どうもぼくには二人が遊んでいるのか、仕事をしているのか、どれだけの熱量でVtuberという職業に向き合ってるか、判断し辛い所があってね。特に上の子はずっと頑張ってた部活を辞めた後に始めたことだから、逃げとしてのVtuberなら、惰性でお金が稼げてしまう環境はどうなんだろうと思ってしまったんだ。もし、健人くんくらいしっかりとした考えをもって取り組んでるなら、迷わず肯定できたんだけどね」
眉を寄せ、困惑の表情で言う。
「あー、それはそれぞれの仕事スタンスの違いですね。俺は声はともかく、立ち居振る舞いに関しては無難でつまらない所があるので、タレント性の無さを補うために理詰めで配信を組み立ててます。でも、籾慈さんと咲良さんが、もし俺みたいな作為的な配信をやり始めたら、人気が落ちると思います。彼女たちはそういう自然体な配信が受けている。なんというか、自分でいうのもなんですが、俺は努力型なんですが、二人は天才型なんですよ。狙ってできるものじゃないんです。だから、二人は遊んでるとも言えるし、仕事してるとも言える。海桐さんが混乱するのも当然です」
俺は何度か頷きながらそう説明する。
Vに限らず、昨今のエンタメ業界はどんどんプロとアマチュア、仕事とプライベートの境界が曖昧になっている傾向がある。スマホの普及とSNSの発展が全てを変えた。
豊橋姉妹の場合は、定期的に配信するという意味では仕事としてのVを意識しているが、流行りモノのゲームでも興味がないものはスルーするので、商売っ気は薄い方だ。その代わりの百合営業かと思ったら、ガチ姉妹だったし。
「そういうものなんだね。大変勉強になった。まだ分からない部分もたくさんあるけれど、おかげでかなり気が楽になったよ。おじさんの長話に付き合ってくれて本当にありがとう」
海桐さんが深々と頭を下げた。
「いえ、若輩者が色々生意気を申し上げました」
こちらも深く頭を下げ返す。
「こちらこそ、不躾な質問を色々して悪かったね。今君たちはアイドルグループを結成しようとしているんだよね。健人くんのようなしっかりした人がリーダーなら、ぼくも安心だ。娘たちの勉強の方は今、彼女たち自身が改善計画を考えているみたいだ。よっぽどのことはない限り、ぼくも再開の許可を出すつもりだよ」
海桐さんが優しげな微笑を浮かべて言う。
なんだ。結局、初めから許すつもりだったのか。
成増さんが活動停止するかもとか大騒ぎしてたけど、大げさだったな。
「そうですか。それを伺って俺も安心しました。また娘さんお二人とも力を合わせつつ、切磋琢磨できる日を楽しみにしてます。それでは――」
そろそろお暇する頃合いと判断し、俺は席を立つ。
「まあまあ、そう急がなくてもいいじゃないか。せっかくだから、うちで夕飯を食べていきなよ。お仕事の話は抜きにして、もうちょっと話そう」
海桐さんは急にくだけた雰囲気になって言う。
「え、いや、さすがにそれは図々しいですよ」
俺は首を横に振る。
「いやいや、こちらとしても、呼びつけておいてこのまま帰すのは申し訳ないからさ。一応、成増さんには仕事扱いで報酬を払うと提案したんだけど、それだと健人くんがぼくに忖度してざっくばらんに話す趣旨を全うできないと断られてしまったからね」
海桐さんが立ち上がり、こちらの着席を促すように両手を下に突き出して言った。
「それは――確かに成増さんの判断で正解ですね」
俺は再び腰を落ち着けて頷く。
俺としては、金を貰ったならそれはもう仕事であり、全力で接待モードになっていただろう。
「だろ? ということで、割といいお寿司を取ったからさ。是非食べていってくれ」
海桐さんが気さくなウインクを繰り出してくる。
うーん、やっぱりナチュラルにタレント性があるんだよな、この家族。
「そうよー。たくさん注文しちゃったから、私たちだけじゃ食べきれないわ。うちで大食いは籾慈くらいだもの」
またどこからともなく現れた豊橋ママがスムーズに会話に参加してきた。
「じゃ、椿さん。交代だ。ぼくは夕飯までちょっと仕事をしてくるから、ごゆっくり」
にこやかに言って奥の事務所へと消えていく。
「はーい。さ、健人くん。お寿司が届くまで、おばさんともお話ししましょう。あっ、紅茶を淹れ直さなくちゃね」
豊橋ママは間髪入れずにそう告げた。
「ああ、いえ、お構いなく」
慌てて手を横に振る。
「私も飲みたいのよ。ついでだから」
穏やかだが有無を言わせない声で言う。
「えっと、では、お言葉に甘えて」
俺は曖昧な笑顔を浮かべて頷く。
台所に立った豊橋ママ――椿さんは二人分の紅茶と元から用意していたらしいケーキをお盆に載せて戻ってきた。そして、先ほどまでパパが座ってた所に腰かける。
「で、健人くん。実際の所、娘たちとはどれくらいの仲なのかしら?」
世話焼きおばさん風の口調で問うてくる。
「仲ですか? Vの中ではよくコラボもしますし、仲がいい方ですかね――」
(あれ、これ、もしかして尋問官が変わっただけじゃない?)
仕事に関してはパパが、プライベートに関してはママが、役割分担して俺を詰めてこようとしてない?
とはいえ、まあ、やましい所は何もないから普通に話すけど。
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