第三十一話 極会議
忙しい時間ほど過ぎるのは早い。
その日は予定通りにやってきた。
開演二時間前にも関わらず、極会議の会場は熱気に包まれていた。
ゲームブースに、アニメブース、コスプレ専用のブース、ボーカロイドに、歌ってみたに踊ってみた、およそネット文化のありとあらゆるジャンルが網羅されている。
俯瞰的に見れば、アンタゴニストのライブも、そういった様々なイベントの中の一つに過ぎない。
それでも、今の俺たちにとっては目の前のステージが全てだった。
まずは機材の調整を含めた一回目のリハーサルを終える。
ひとまずは順調そうだ。
「はー、緊張してきましたー。わかってはいたんですけど、いよいよ本当にルーシーがここで踊るんですねー」
咲良が胸を押さえて大きく息を吐き出す。
「ウチも――いや、うん。大丈夫。試合に比べれば、直接ウチが見られる訳じゃないもんね。そうだ」
籾慈が自身に言い聞かせるように頷く。
「ま、どーんと構えていきましょ! とりあえず、怪我とトラブルなく終れればそれで十分よ」
成増さんが鼻歌混じりに言って、ミントタブレットを口に放り込む。
「随分余裕ですね」
「そりゃそうよ! だって、このライブがどうあれ、もう盤外では勝ち確だもの。再生数もスパチャの額でも、アンタゴニストは黄金の林檎に圧勝よ!」
「そうですかね? Vとしてみれば圧勝ですけど、彼女たちの前世の個人チャンネルは、ガイアのユーザーが流れて伸びてきてるので、諸々合わせれば余裕をぶっこいてられるほどの余裕はないはずですよ」
俺は口を差し挟む。
「ふっ、そんなの、黄金の林檎メンバーの前世の個人配信チャンネルの利益は、ガイアの儲けにはならないから問題ないわ!」
ドヤ顔で言い放つ。
「ああ、確かに成増さんの視点だとそうなりますか」
納得して頷く。
吠やシネたちも含め、流星のⅤの個人チャンネルは当然、ガワも配信環境も流星に用意してもらったものなので、流星と収益を分け合っている。
でも、黄金の林檎の前世の個人の配信チャンネルは、そもそもガイアに頼らず彼女たち自身が育てたものなのだから、そりゃマネジメント料を取られる道理はないよな。
「ふふふ、黄金の林檎が伸びず、むしろガイアの客を個人に吸われて、その上、もし、ライブバトルで負けて解散なんてなれば、これガイアの担当プロデューサーは確実にクビか左遷でしょうね」
成増さんがいやらしい笑みを浮かべる。
「……」
「なによ、三雲くん、その目は! そもそも喧嘩を売ってきたのはあっちでしょ!」
「向こうのプロデューサーさんは知らないですけど、黄金の林檎さんのメンバーのやる気はすごいですよね、ウチ、さっきディーテさんの前世がアニメのコスプレをしてるの観ましたけど、めちゃくちゃ美人だし、オーラでまくりでした」
籾慈が感心したように言う。
「はいー。ヘラさんの前世は歌い手ブースにゲスト参加されますし、アテナさんの前世はコラボブースで即興ピアノを演奏されています。余裕があったら私も見に行きたいくらいですー」
咲良が羨ましそうに言う。
「気持ちは分かるけど、籾慈と咲良は顔出しNGなんだから中身バレには用心してね。たださえ人の出入りが多くて、セキュリティに穴が空きやすい状況なんだから」
「彼女たちはこの後のライブの宣伝をして、そのまま客を誘導してくるつもりですね」
「まあ、向こうの強みは前世が有名なことなんだから、それくらいの誘導は当然やってくるでしょうね。正直、リアルの来場者数ではうちが不利よ。でも、今のライブのメイン収入源はwebの方だから。そっちでは勝ち目はあるはず」
事前チケットの指定席は、アンタゴニストも黄金の林檎も完敗御礼である。
とはいえ、こちらは確実に埋まる量しか売らないのが通例だ。
立ち見を含む当日客と、なによりライブの有料配信の視聴者数が勝敗を分けることになるだろう。
「あ、でも、うちらだって、今、ユッキーがゲームブースで頑張ってくれるてるよね。ね、ホエるん」
籾慈がフォローするように付け加える。
「ああ。――でも、成増さん、セツはアンタゴの宣伝をしてくれると思いますか?」
「頼んではあるけど、多分、しないでしょうね」
成増が悟り切ったアルカイックスマイルで呟く。
(ま、ここまで来たら、後はやるだけだ)
俺は身体を冷やさないように時折適度なストレッチをしながら、その時をただ待った。
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