第一話 勤勉な狼
最初は暇つぶしのつもりでVtuberを始めた俺だったが、一度引き受けてしまうと責任感が湧いてしまい、結局、全然サボれなかった。
「仕事なんだから当たり前じゃん」という意見もあるだろうが、いい意味でも悪い意味でも自由なVtuberという業界では、結構、配信をサボる奴もいる。
素人感があるのがVtuberの良い所でもあるが、それが悪く出たパターンがサボり癖だ。
また、逆にこちらは真面目な人ほど陥りやすいスランプであるが、客からの毀誉褒貶のコメントに悩み、メンタルを病んで配信が滞るというケースもある。
だが、このトラブルも俺に関してはあり得ない。
なぜって、プロゲーマーにとっては誹謗中傷などは日常なので、多少アレな客がいた所で今更どうしたという話である。しかもガワという防具まで被ってるとあれば、メンタルを害されるようなことなどない。
だいぶ前に『人権ない』発言云々で炎上したプロがいたが、世間では問題になるような煽りや誹謗中傷が建前としては許されないことにはなっていても、結局、スルーされがちな業界に身を置いてきたのだ。倫理観が麻痺していると非難されても、「うるせえ! それがどうした! 毒耐性だ。馬鹿野郎」と言い返せるくらいのメンタルがないとプロゲーマーは務まらない。
もちろん、それらは必要条件であって、十分条件ではない。
俺が他のVtuberから抜きん出ることができた最大の武器は、腐っても元プロゲーマーだと言うことだ。
ガガガガガガガガガガガガガ。
バ、ババババ、ボウン!
荒涼とした未来都市。
フルアーマーの人型が縦横無尽に動き回り、銃火器が轟音を立てる。
中々に凝ったステージではあるが、見慣れた俺にとってはさしたる感動はない。
「ああ、もう! 我慢できない! 虎党全員突撃しちゃお! 突撃いいいいい! ホエるんしねええええええ」
俺のサブモニタに、美少女Vtuberが白い耳と尻尾を逆立てて叫ぶ姿が映し出される。
彼女は
虎を自称しているが、その外観はどこからどう見ても白猫でしかない。
でも、一人称が『ガオ』なので、あくまで虎キャラなのだろう。
性格はわがままで甘えん坊なメスガキ系ロリキャラ。
かわいらしい八重歯がトレードマークである。
『まーた、しねちゃんが脳筋プレイしてる』
『この展開二戦目でやったよね?』
『しねちゃんは三秒前のことは思い出せない鳥――虎頭だからしゃーない』
視聴者からのコメントがPCモニタの端に流れている。
しねちゃんとかいう物騒な愛称は、白虎猫寝の口癖であり、彼女の名前の最初と最後を取った略称でもある。
「はい、シネ。ごちそうさん」
無策に突っ込んできた敵に、俺は容赦なくヘッドショットを決める。
つい先日まで主戦場にしていたゲームだけに、負けようがない。
片っ端から殺しまくり
『ホエるんのエイムえぐ』
『容赦なし』
『
一方、俺のあだ名はまだ定まっていない。
感触的にはホエるんが一番多い気がするが、ホエ様、狼さんなどと呼ぶ人もいる。
また、今みたいにゲームプレイが上手くいった時には、王神、などといった表現で賞賛してくれるファンもいる。
「やあああああああ! またやられたあああああ! 芋砂しねええええええええ!」
シネが万歳のポーズで首を横に振る。
『【悲報】しねちゃん 余裕の全敗』
『試合に負けて、勝負(視聴者数)にも負けるしねちゃん』
『それがしねちゃんクオリティ』
『しね虐助かる ¥300』
(本来、雑魚狩りは俺の心情に反するんだけどな……)
ゲームの対戦で誰とコラボするにしろ、素人相手なら強さを調整できるので、いつでも『盛り上がる』プレイを演出できる。それが俺の武器だ。
つまり、相手のキャラクターに合わせたゲーム展開が可能なので、俺とコラボすればおもしろい配信になるということで、人気的に格上の相手にもコラボを受けてもらえるようになり、そのおかげで短期間で視聴者を増やすことができたのだ。
ちなみに、シネは雑魚キャラなので、全力で叩き潰した方が彼女のファンも喜ぶため、敢えてフルボッコにしているのである。
「芋砂がいるって分かってるのに無策で突っ込んでくるやつがあるかよ。なんでシネはウォーリアー以外のキャラを使わねえの?」
「えー? だって、他のは難しくて使えないんだもん! 仕方ないじゃん!」
そう言って頬を膨らませる。
「はあ、だから、オレは別のゲームの方が良くないかってはじめに言っただろ。例えばアイテムありのスマ〇ラとかさあ」
俺は肩をすくめた。
いくらシネが雑魚キャラでもフルボッコばっかりじゃ視聴者も飽きるだろう。相手がゲーム下手でも運要素が絡むゲームなら、もう少し彼女に花を持たせることもできたのだが。
「だって、みんなやってるのに、ガオだけ流行りのゲームができないの寂しいもん! そ、それに、最近、放っておくと、みんなやたらとガオにホラーをやらせたがるし!」
『Phasmophobi〇から逃げるな』
『バイ〇もCasualモードですらクリアしてないんだよなあ……』
『せめて、かまいた●の夜くらいはクリアしよ? テキストゲーだよ?』
「ガオオオオオオオ! 虎党のみんな、うるさい! 今はホラーゲームの話じゃないでしょ! 大体おかしくない!? いくらガオが下手でも、全敗なんてあり得なくない? チート! ホエるん、絶対チートしてる!」
シネが話をそらすように叫んだ。
『それはない』
『狼さんはあの雪隠に勝ってるんだから、しねちゃんごときに勝ち目があるはずないんだよなあ』
「はっ! 子分どもは正直だな。負け惜しみは見苦しいぞ! オレに勝とうなんて十万年早いわ! 肉球を洗って出直して来くるがいい! この駄猫め!」
俺は腰に手を当てて、胸を張って言った。
「あー! また猫って言った! 何度教えたら分かるの! ガオは、猫じゃなくて虎! ホエるんは後輩なんだから、もっと先輩を敬って!」
そう言って、腕組みして顎を上向きにそらす。
『躊躇なく上下関係を振りかざしていく小物のしねちゃん好き ¥427』
『そもそもしねちゃんは、雪羅パイセンやジェネパイセンに
「ふんっ。年を食っただけで威張るんじゃねえよ。敬意は惰性で得られるものじゃない。勝ち取るものだろ。それが王のやり方だ」
俺は不敵に笑って言い返す。
『イケメンホエ様尊い ¥500』
『一生ついて行きます ¥3000』
『貢物を献上しなきゃ(下僕感) ¥1000』
(やっぱり女性ファンは金払いがいいなあ。ありがてえ)
実を言うと、俺の男性のファンの数は他の流星のVtuberと比較して、上の下くらいの立ち位置である。
例えば、今コラボしているしねちゃんなどは、常に視聴者数でトップ争いに食い込んでくる猛者であり、男性のファン数において、俺は彼女の後塵を拝している。
そんな俺がなぜトップを取れたのか。それは、他の流星のVtuberがほぼ男性ファンだけなのに対し、俺には無視できないレベルの女性ファンがおり、彼女たちが俺の人気を底上げしてくれたからだ。それでも数としては、全体の三割くらいなのだが、彼女たちは布教にも推し活にも熱心でファンとしての濃度が濃いので、俺は大切にしている。
いわゆるショタコン層というやつだ。
ただの偏見からそう言ってる訳ではなく、雑談配信などでやたら少年アニメのショタ主人公の声真似を求められたので、否が応にでもわからされた。
忍たま乱太〇とか、ポケ〇ンのサト〇のセリフとかは、直撃世代じゃないもののギリ分かった。でも、魔神英雄伝ワ〇ルとかいうよく分からないキャラの声真似をさせられた時は困った。
まあ、それも最初の話で、今では必死に勉強して、ショタコンが好みそうなキャラクターの声真似は一通りできるようになったけどな!
ということで、今では意図的に少年アニメの主人公っぽい言動を心掛けている。
新規の女性ファンの開拓は流星の企業方針でもあるしね。
「でもでも、ホエるんはルルに優しくしてたんでしょ! 昨日、ルルっちが楽しそうに話してたもん! なら、ガオにも優しくするべきじゃん!」
シネがまるで自明であるかのように宣う。
『思考がわがまま過ぎる』
『でもそんなしねちゃんが好き ¥1000』
ルルとは、花森ルルルというエルフキャラのVtuberである。
白虎猫寝と花森ルルルは、リアルで同居していることを公言しており、巷では姉妹なのではないかと噂されている。
噂の真偽はともかく、ただでさえ人気のある二人なのに、中の人の姉妹百合営業でバフをかけてくるなんてずるいぞ。
「はあ、わからねえやつだな。ルルは前にオレが勝った時に子分になるって認めたから手加減してやったんだよ! だから、お前も子分になるなら手加減してやってもいいぞ」
俺は勝ち誇った表情で言う。
大神吠は狼キャラである。なので、群れのリーダーになりたがり、子分を作りたがるという習性がある――というキャラ付けをしている。
「えっ、いつのまにそんなことになってたの!? みんなー、ホエるんにルルを寝取られたああああああ!」
涙目で叫ぶ。
『しねちゃんの脳が破壊される』
『百合の間に挟まる男――女? 狼?』
『百合寝取られはセーフ』
『でもホエるんはリアル少年疑惑あるから』
『おねショタもおねロリもいける ¥300』
「ったく、ごちゃごちゃうるせえな。そんなにルルが気になるなら三人で遊ぶか。ルルも今度三人で何かやりたいって言ってたし」
上位ランカーとのコラボは基本的にメリットが大きいからな。
積極的にどんどん絡んでいくぞ。
「ふーん、ガオのお願いは無視なのに、ルルの言うことは聞くんだ……。ひどくない!? ルルっちとガオは同期なのに、対応に差があるのはおかしい! 差別だ! 差別!
シネが両手の人差し指をツンツンするイジけモードからの逆切れを発動した。
『ホエるんの説明の意味……』
『しねちゃんは人の話を聞かない』
『しねちゃんは虎穴に入らずんば虎児を得ずスピリットで生きているから。忠告とかアドバイスは右から左に受け流すシステムだから』
『しねちゃんの穴に入るとか、えっちじゃん』
『猫に小判?』
『虎耳東風』
(天然か、それとも計算でやってるのか、多分、前者だと思うが、いずれにしろ、大したものだな……)
Vtuberに限らずアイドルはある程度、隙があった方がいい。
『ダメな子ほどかわいい』とでも言おうか。
白虎猫寝は、ファンに親近感と優越感と庇護欲を抱かせるような――『俺(私)がいないとダメだなこいつ』と思わせるような振る舞いに長けている。
もちろん、Vtuberであるからにはある程度は演技はしているのだろうが、彼女からはその手の嘘臭さを感じない。中の人は本質的な部分で、そのまま『白虎猫寝』をやっている。そんな気がする。
一方、俺はVtuberという職業を視聴者の心を攻略するゲームの一環として捉えている。つまるところ計算でキャラクターを組み立てているので、ナチュラルに視聴者の求めることを提供できるタイプのVtuberが羨ましい。
「はあ、訳わかんねー。まあ、なんでもいいけど、負けたんだから罰ゲームのVRホラーゲーム配信はちゃんとやれよ」
「……えっ!? マジでやるの? ガオ、こんなにフルボッコにされたのに?」
『我被害者ぞ?』みたいなキョトン顔で尋ねてくるしねちゃん。
「だからどうした! 約束は約束だからな! オレは約束を守らない奴は嫌いだ!」
まあ、俺、狼キャラなんで。
勝負事のケジメはきちんとしないとね。
「ガニャアアアアアアアアアアアアア! やだやだやだあああああああああ! しねえええええええええええええ!」
ダンダンダンと、台パンの騒音を発生させながらごねるしねちゃん。
『しねちゃん猫出てるぞ』
『正体現わしたね』
(どんな仕事も日々勉強だ……)
そんな彼女の一挙手一投足を見逃さないように観察しながら、俺は今日の配信を締めにかかるのだった。
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