女性限定Vtuber事務所の頂点は合法ショタで元プロゲーマーの俺な件――Vアイドルグループのリーダーとして美少女たちと天下を狙うことになった――
穂積潜@12/20 新作発売!
プロローグ 解雇
「単刀直入に言うわ。
都心のビルの一画にある小奇麗な会議室。
俺とデスク越しに向き合っている、スーツをラフに着こなしたマネージャー――
「そうですか……。残念ですが、正直、覚悟はしてました。俺の戦績に鑑みれば妥当な判断だと思います」
彼女の宣告を聞いても、俺に驚きはなかった。
プロゲーマーとして過ごした二年間は、思うようにいかないことばかりだった。
俺の実力不足は、何よりも俺自身がよく知っていた。
「いや、三雲くんのスコアはそこまで悪くないわ。確実に中堅クラスの実力はある。ただ、日本のeスポーツ市場の成長率がこっちの想定を大幅に下回っていたこともあって、大幅な人員削減を余儀なくされている状況なの。だから、外部環境のせいであって、三雲くんに非がある訳ではないのよ」
成増さんが慰めるように言う。
「お気遣いくださりありがとうございます。ですが、現状、世界に比べて弱い日本のeスポーツ界で中堅程度の実績しか残せないようでは、どのみちこの世界で長くやっていくのは難しかったと思います。そういう意味では、早めに人生の軌道修正をする機会を頂けたことに感謝します」
俺は深々と頭を下げる。
「冷静ね……。で、これからの進路とか決まってるの?」
「そうですね。大学受験を目指すか、それとも就職か、ぶっちゃけ、白紙ですね」
はにかんで、肩をすくめる。
曲がりなりにもプロゲーマーである間、俺は競技に集中するためになるべくゲーム以外のことは考えないようにしていた。
でも、無職になってしまった今となってはその必要もない。時間はたっぷりあるのだ。今後のことはゆっくり考えればいい。
「そう。……なら、たった今クビを伝えたばかりでなんなんだけど、一つ提案があるの。……もしよければ、三雲くんの能力をもっと別のステージで活かしてみない?」
「別のステージ?」
俺は聞き返す。
成増さんのセリフは普通なら左遷か出向の枕詞だが、この人はそんな意地の悪いことをするタイプではない。ビジネス面での誠意という点において、俺は彼女を信頼している。
「ええ。
「はい――ということは、俺を配信者に? でも、ゲーマー系の配信者の既得権益に今から割り込んでいくのは無謀でしょう。しかも、ゲーム配信者に求められるのって、単純にゲームの上手さじゃなくて、企画力とかトーク力ですし」
俺は首を傾げた。
「確かに三雲くんの言う通り、リアル配信者の世界で先行者に勝つのは厳しいわ。でも、Vtuberなら可能性はある。まだまだ未開拓の市場だから」
「Vtuber……。アニメキャラクター的なのを演じるあの?」
正直、あまり詳しくはないジャンルだ。リアルのゲーム配信者の動画はeスポーツの勉強の一環として観ることもあった。しかし、Vtuberはエンジョイ勢が大半なのでわざわざ見る必要性を感じなかった。
「そうそう! 三雲くん。あなた、声がすごく個性的でいいわ。だから、その声を活かして、Vtuberになって配信業を始めてみない?」
「どこがいいんですか。俺は嫌いですよ。こんな男らしくない声」
視線を伏せて吐き捨てる。
男なのに華奢だし、チビだし、声変わりもなぜかなかったし。
俺にとって自分の肉体はコンプレックスの種でしかない。
「知ってるわよ。そもそも三雲くんがプロゲーマーになったのも、『ゲームの世界なら小人がマッチョを倒せるから』でしょ。私だって所属している子の志望動機くらい覚えてるわ」
彼女の言う通りだ。
俺の体格的に、リアルの格闘技に力を入れた所で芽がないことは分かり切っていた。
でも、ゲームならリアルの体格差関係なく活躍できるから、可能性があると思ったのだ。
「それがわかってるならなおさら、なんで俺の声にフォーカスするんですか」
自分でも不機嫌な声色になっていると分かりつつも、そう言わずにはいられない。
「なんでって、そもそも三雲くんが好こうと、嫌がろうと、どっちにしろあなたの声は変わらないじゃない? なら、どうせだったら、その特徴を利用してお金と名声に変えた方がお得でしょ。ほら、災い転じて福となす、みたいな」
店でクーポン券を使う時のような軽い調子で言う。
「……感情はともかく、理屈としては理解できます」
人は誰しも配られたカードで勝負するしかない。
極論を言えば、プロゲーマーとしての才能だって、遺伝に依る所がないとは言えない。
玉磨かざれば光なしと言ったところで、ただの石ころを磨いてもしょうがないのだ。
「とりあえずは理屈として理解してれば十分よ」
「そうですかねえ。でも、Vtuberをやるとしたら、そのキャラクターになり切らなくちゃいけないんですよね。俺、演技力なんてないですよ」
「いいのいいの。現役Vtuberだってみんながみんなプロのアクターじゃないんだし。むしろ、その素人感が親近感に繋がるんじゃない。それにこのガワ、演技する必要もないくらい、なんか、こう、本質的に三雲くんって感じのキャラだから!」
マネージャーがタブレットをいじくったと思うと、画面をこちらに向けてきた。
そこには銀色の耳と尻尾が生えた子供――十二、三歳と思しき3Dキャラクターが映し出されている。上半身はタンクトップ、下半身はスパッツ。靴はなく裸足で、爪には鮮やかなネイルが塗られている。鋭い犬歯が特徴的だ。
「……えっと、間違ってたらすみません。このキャラクター、女の子、ですよね?」
ガワの顔は中性的な美形である。とはいえ、まつ毛の長さや胸の膨らみ、そして、骨格。明らかに女性モデルにしか見えない。
「あー、うん、ははは、ええっと、それなんだけどね? うちの所属Vtuberって、みんな女の子じゃない。だから――ね? 賢い三雲くんなら察して」
成増さんがタブレットをスワイプさせる。
キャラクターの設定資料集のページに切り替わった。
『
(つーか、普通に王女って書いてあるし)
「ああ。そういえば、そうでしたか。アイドル路線だと、下手に女性Vtuberの中に男性Vtuberを混ぜると商業的によろしくないでしょうしね」
Vtuberには男も女もいるが、シューティングスターの所属Vtuberは女性だけである。
的を射ているのかは知らないが、『アイドルのシューティングスター、タレントのガイア』なんて表現を聞いたことがあるな。ちなみにガイアの方については、男性Vtuberがメインで2・5次元化の舞台が得意――くらいの知識しかない。
「理解が早くて助かるわ。三雲くんは男性のガワの方がいいだろうけど、一人だけ男性Vtuberとしてデビューさせる訳にはいかないから、我慢してね」
成増さんがお茶目にウインクした。
「ババア無理すんな」とか言うとブチ切れられそうなのでスルーする。
「なるほど……。って、一瞬納得しかけましたけど、ちょっと待ってください。おかしいですよね? そもそも、俺が承諾するかもわからないのに先にガワがあるのって」
ガワを作るのもタダじゃない。確か、3Dのガワだと数百万かかるんだっけ?
ともかく、使えるかどうかも分からないガワを、あらかじめ発注してあるなんておかしい。
「ちっ、バレたか。……いや、実は中の人をやる予定だった女の子が直前になって逃げちゃって、困ってるのよ。このガワに合う娘って中々いなくてさ。単なる萌えボイスの娘ならいくらでもいるけど、ショタキャラって結構技量が求められるし、声質が合う娘の少なくて。でも、合法ショタのあなたなら声はもちろん、性格的にも演技とかしなくても割とそのままスライドさせるだけでいけそうだから」
成増さんは悪びれる様子もなく言う。
まあ、正式オファーされるよりは穴埋めのピンチヒッターという方が納得はいく。
つーか、合法ショタ言うな。
「……つまり、俺にネカマをやれと?」
顔をしかめる。
「あっ、むっとした! よくない。よくないわよー、今の時代の価値観にアップデートされてない! Z世代らしからぬ古臭いおじさんみたいな発言ね! Vtuberなんだから、中の人が男だろうが女だろうが、ガワに関係ないでしょ! それが未来でしょ!」
成増さんが机を手で叩いてそう熱弁する。
あっ、これ勢いで無理矢理誤魔化そうとしてるやつだ。
「理想論はそうですけど、今のVtuberって中の人ありきで盛り上がってるコンテンツじゃないんですか? もし女性ライバーしかいない事務所のガワの中身が男だとバレたらヤバそうな気もしますが」
偏見かもしれないが、ネットニュースで流れてくるのは、ガワだけではなく中の人がどうしたこうしたという案件ばかりな気がするのだが。
「くっ……嫌なことを言うわね」
成増さんはそう言うと、顔歪めて脇腹を押さえる仕草をする。
「いや、仕事の話なんですからリスクの洗い出しは当然ですよね」
俺は頬を引くつかせる。
「細かいことはいいの! いえ、むしろ、中の人ありきの今だからこその挑戦よ! 三雲くんがVの未来を切り開くのよ!」
成増さんがタブレットで虚空を切り裂いて言う。
「いや、そういうのはいいんで」
「もうノリ悪いー。……い。いや、マジな話、プロゲーマー部門の収益がアレだから、私もリスクは承知でなんか手柄をあげないとまずいのよ。もちろん、無理強いはしないけど、せっかく作ったガワを無駄にするのももったいないし、クリエイターさんにも申し訳ないからさ。ダメ元のつもりで気楽にやってくれない?」
成増さんがちょっと真面目な表情で言った。
「はあ……。まあ、そういうことなら、とりあえず、しばらく暇になりますし、成増さんには拾ってもらった恩もありますから、お試しみたいな感じでよければお引き受けします」
俺は小さく頷く。
「ほんと!? じゃあ引き受けるって方向で話を進めさせてもらうわね。きっと、三雲くんはVtuberとして大成功するわ! 私の勘がそう言ってる!」
成増さんは自信たっぷりにそう言い切って、目を閉じてもっともらしく頷く。
「はは、また上手いこと言って。俺がプロゲーマーになる時にも似たようなこと言ってましたよ」
俺は苦笑して席を立つ。
それが全ての始まり。
さしたる覚悟があって踏み入れた業界ではなかった。
無職の暇つぶし。せいぜいが次のステップへの腰かけの仕事。
こんな中途半端な姿勢で上手くいくはずがない。
あの時の俺は、確かにそう思っていた。
だが、結局、俺の予想は外れた。
半年後。
大神吠は、シューティングスターのトップVtuberとなった。
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