第5話 かわいさ抜群☆『ラブルの実』

 昨日の追いかけっこ騒動から一夜が明け、私は部屋で身だしなみを整えていた。


「うぅ……。昨日は散々だったなぁ……」


 私は鏡の前でため息をつく。

 あの後、結局私はユグに捕まってしまったのだ。ユグに抱きつかれた瞬間、たまっていた静電気がバチッと弾けてしまった。ユグは楽しそうにしていたが、私は痛くて仕方がなかった。


「もう……。ユグは相変わらず元気すぎるよ……」


 それからしばらくして、コンコンと扉を叩く音と共に声が聞こえた。


『お姉ちゃ~ん!朝ごはんできたよ~!』


「はいはい……」


 私は返事をして、着替えを終えた。


「……よし」


 そして準備を終えてから、私はユグと一緒にリビングへ向かった。



◆◆◆



「おはようございます」


「おはよ~!」


「2人とも、おはよう」


 キッチンにいたナチュラさんは、私たちに挨拶を返す。テーブルの上には、すでに朝食の準備ができていて、美味しそうな匂いが立ち込めていた。

 席につき、みんなでいただきますをする。今日のメニューは、トーストと目玉焼きとサラダだ。


「フタバちゃん、今日は『ラブルの木』の調査をしてきてもらえるかしら?」


 ナチュラさんが尋ねてきた。


「『ラブルの木』ですね。わかりました!」


 私は依頼書を確認して答える。すると、ユグが「わたしも行く!」と元気に手を挙げた。


「そうね……。いいんじゃないかしら?」


 ナチュラさんも賛成してくれた。


「ありがとうございます!じゃあ、ユグも一緒に行こうか?」


「うん!」


 こうして、私はユグを連れて出かけることになった。



◆◆◆



 私とユグは研究所を出て、森の中を歩いていた。


「この辺りかな?」


「……ここ?」


 私は立ち止まって、周囲を見渡す。ユグも真似してキョロキョロする。


「うーん……。もう少し奥の方みたいだね」


 私はそう言うと、再び歩き出した。


『ラブルの木』は、ラズベリーの木とブルーベリーの木を合わせたような見た目をしているらしい。

 日当たりの良い場所で育つとのことだったので、私たちは森の中でも開けた場所にある木を探すことにした。

 しばらく歩くと、視界のすみにそれらしき木を見つけた。


「あった!」


 私は駆け寄って、その木を観察する。間違いなく『ラブルの木』だ。……でも、少し様子がおかしい。


(これは……枯れてる?)


 葉をよく見ると、そのいくつかに水がしみたような淡褐色たんかっしょく斑点はんてんができており、茶色くなっていた。


(この症状は、『灰色はいいろかび病』に似ている気がするけど……)


 私は以前読んだ本の内容を思い出す。確か、この病気にかかった植物は葉っぱや枝が腐り始めて、最終的には枯死こししてしまうはずだ。


(まだそこまで進行していないみたいだから、なんとかできそうかな……)


「どうしたの?お姉ちゃん……」


 考え込んでいると、ユグが不安そうに声をかけてきた。


「えっとね……。この木が病気みたいだから、治せるかなって考えてたの」


 私は正直に話す。


「びょうきなの?」


 ユグは驚いた様子で尋ねる。


「うん……。でも、急に触るとびっくりしちゃうかもしれないから、この木に聞いてからにしよう」


「わかった!」


 私たちは木の前に立つ。


「こんにちは!お話ししたいことがあるんですが……大丈夫ですか?」


 私は問いかける。……だが、返事はなかった。


(あれ……?ラブルの木は魔法植物だよね……?)


 不安になり、もう一度声をかけようとすると、こんな声が聞こえてきた。


──《はぁ……。こんなんじゃ、可愛くない……》


 その声には、どこか悲しみのようなものが含まれていた。


「……あの、どうしたんですか?」


 私は戸惑いながらも、再び呼びかけた。


《……!誰!?》


 驚いた様子の声が返ってきた。葉っぱもかすかに揺れる。


「あ……ごめんなさい!驚かせてしまいましたか?私の名前はフタバと言います。あなたとお話がしたかったので、話しかけました!」


《……そうだったのね》


(よかった……話を聞いてくれそうだ)


 私はほっとして、事情を説明する。


「実は、あなたの状態がよくないので、治療できないかと考えたのですが……。よろしいでしょうか?」


《……えっ!?そうなの……?そっか……。それで心配して見に来てくれたのね……》


 ラブルは、少し寂しげな声で答えた。


「はい……。もしよければ、どうしてこうなったのか教えていただけませんか?」


 私が尋ねると、ラブルはぽつりと話し始めた。


《この辺り、最近雨が多かったの……。だからなのか、ラブル、気分が落ち込んでて……》


「なるほど……」


(やっぱり、これは『灰色かび病』だ……)


 ラブルの話を聞いて、私は確信した。灰色かび病は、湿度が高い環境で発生しやすいと言われているからだ。


「ありがとうございます。原因はわかりました。私に任せてもらっても、いいですか?」


 私は優しく語りかける。


《いいの?ラブル、また可愛くなれる?》


「もちろんです!」


 私は力強く答えた。



◆◆◆



「じゃあ、はじめようか……」


「はーい!」


 ユグは元気よく返事をした。

 私は早速、剪定せんていバサミを手にすると、ラブルに話しかけた。


「これから、病気に罹った葉っぱを切っていきます。なるべく痛くならないようにしますから……安心してくださいね?」


 私はそう言いながら、慎重に作業を進める。

 まずは一番外側の葉を数枚切り取ると、次に内側にある葉を一枚ずつ切っていく。


「痛くありませんか?」


 私は気遣いながら、ラブルに尋ねた。


《えぇ……。全然平気よ……!むしろ、気持ち良いくらい……》


 ラブルは嬉しそうに言った。


「ふぅ……良かった」


 私は安堵して呟いた。


「お姉ちゃん、じょうずだね!」


 ユグは私の手元を見ながら言った。


「えへへ……ありがとう、ユグ」


 私は照れ笑いを浮かべて、お礼を言う。

 それからしばらく、私は黙々と作業をこなした。



◆◆◆



(……よし、これで全部終わったかな)


 私は病気に罹った全ての葉の処理を終え、一息つく。すると、ユグがこう言ってきた。


「ねぇ、お姉ちゃん!わたしもおてつだいしたい!」


「……!ユグも手伝ってくれるの?」


 私は驚いて聞き返す。


「うん!お姉ちゃんのおてつだい、する!」


 ユグは笑顔で言った。


「ありがとう!じゃあ、お願いしちゃおうかな……。このお薬を、ラブルの根っこのところにかけてくれる?」


 私は、リュックから薄い緑色の液体の入った小瓶を取り出し、ユグに渡す。小瓶には、『カビ用』と書かれたラベルが貼ってある。この前に、効能をラベリングしておいたのだ。


「わかった!」


 ユグは私から小瓶を受け取ると、ラブルを見上げて尋ねた。


「お姉ちゃん、おくすりかけてもいい?」


《いいわよ。お願いね……!》


 ラブルの言葉を聞いて、ユグはゆっくりと根元に液体をかけた。

 すると、たちまちラブルの枝に実がつき始めた。


「わぁ~!!」


 ユグは目を輝かせて喜んだ。


《これよ、これ!ラブル、この感じが欲しかったの!》


 ラブルはとても喜んでいるようだ。


「やったね!ユグ!」


「うんっ!」


 私とユグはハイタッチして喜ぶ。改めてラブルの枝を見ると、赤や青、そして紫色の小さな実がたくさんついていた。それはまるで宝石のようだ。


《ね、ね!ラブル、可愛いでしょ?嬉しいから、あなたたちにあげちゃう!》


「わぁい!やったぁ!」


 ユグはぴょんぴょん跳びはねて大喜びだ。


「いいんですか!?ありがとうございます!」


 私はお礼を言うと、ラブルの実を摘ませてもらった。

 1粒口にすると、キュンとするような甘酸っぱさが口の中に広がった。


「美味しい!」


「あまくておいしい!」


 私たちは感想を言い合う。

 それからしばらく、美味しさに感動しながら、私たちはラブルの実を味わうのであった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る