第26話 危険な香りの『グレイブの実』

「これ、おいしいね~!」


「ふふっ……そうだね」


 調査から帰った私たちは、研究所でカスタの実を食べていた。カスタからお礼にと、いくつかもらったのだ。

 カスタの実は、クリと同じようにイガに包まれていて、割ると中が空洞になっている。中には、クリーム色で柔らかい実が入っていた。味もクリそっくりで、とても美味しい。


「うん、おいしいわね!これが爆発するなんて、嘘みたいだわ……」


 実を1つ口にしたナチュラさんは、感心しながら言う。私も同じことを思っていた。


「そうですね……。急に爆発したので、私もびっくりしました……」


 あの後カスタに聞いた話によると、意図的に爆発させることができるとのことだった。さながら、爆弾のように……。


「それにしても、やっぱり魔法植物は面白いわね……!これだから、研究は止められないのよ……!」


 ナチュラさんはとても楽しげに言った。私も思わず同意してしまう。


「わかります!私も、まだまだ知らないことがたくさんあるなぁって思いました!」


「フタバちゃんは偉いわね……。私も負けていられないわ……!」


 2人で笑い合っていると、「わたしは?」と言ってユグが頬を膨らませていることに気づいた。私は慌ててフォローする。


「もちろんユグもだよ!」


「えへへ……!」


 ユグは嬉しそうに笑うと、またカスタの実に手を伸ばすのだった。



◆◆◆



 それから数日後、私たちは再び調査に向かっていた。今回の目的は、『グレイブの木』の調査である。

『グレイブの木』は、ブドウの木に似た魔法植物だ。図鑑によると、水の魔力を持っているらしい。

 良い水のある場所に根を張る性質があり、その水を吸い上げることで成長する。そのため、成長するために、より多くの栄養を必要とするのだ。


「……この辺りだと思うんですが」


「そうね……。少し探してみましょう」


 私たちは手分けをして、周辺を調べてみた。すると、比較的日当たりの良い場所を見つけることができた。


(確か、ブドウの木は日当たりのいいところに生えるはず……!)


 私は期待を込めて、その場所へと移動する。すると……


「……!ありました……!」


 そこには、想像通りの光景が広がっていた。

 図鑑で見たグレイブの木が、一帯に群生していたのである。しかも、その木にはたくさんの実がなっていた。


「フタバちゃん、見つかったの?」


 私の声を聞いて、ナチュラさんが駆け寄ってくる。ユグも一緒だ。


「はい!ここにあります!」


 私は興奮気味に答える。ナチュラさんは目を輝かせた。


「すごいじゃない……!」


「お姉ちゃん、やったね!」


 ユグも笑顔で祝福してくれた。私は笑顔でうなずいてから、早速木に近づいてみた。


(わぁ……綺麗……)


 グレイブの木には、紫色の宝石のような実がたわわになっていた。私はそれをひとつ手に取ってみる。


「あ……!」


 実は私の手の中で一瞬光ると、弾けて消えた。同時に、爽やかな香りが漂ってきた。どうやら、ただの幻覚ではないようだ。


(消えちゃった……でも、すごくいい匂い……!)


 私が夢中で実を眺めていると、グレイブの木から声が聞こえてきた。


 ──《……どうだい?お気に召したかな?》


「……!もしかして、あなたが話しかけてくださっているんですか?」


 私は驚いて尋ねた。すると、木の枝がゆらりと動く。


《ああ……。そうさ。かわいらしいお嬢さんがいらしたものだと思ってね……》


「えっ……あ……」


 グレイブの優しい口調に、私は思わず赤面してしまった。すると、隣にいたユグが言う。


「フタバお姉ちゃん、赤くなってる!」


「ちょ、ちょっと……!」


 私はユグに指摘されて、さらに顔が熱くなるのを感じた。すると、ナチュラさんはクスリと笑って言う。


「あら、かわいいわね。ふふっ……!」


「もぅ……!ナチュラさんまで……!」


 私は恥ずかしくて、顔を伏せる。すると、グレイブは言った。


《おやおや……!これはすまない……。お詫びに、オレの実を分けてあげよう……。持っておいき》


「え……?そんなの悪いですよ……!」


 私は慌てて首を振った。だが、グレイブは譲らない。


《遠慮しなくていいんだよ……。ほぉら……》


 そう言って、枝を差し出してくる。私は恐る恐る受け取ることにした。両手を差し出すと、枝から1房の実が落ちる。


「わ……!」


 私は驚きつつも、なんとかキャッチした。そして、1粒口に入れてみると……


「……!おいしい……!」


 それは今まで食べたどの果実よりも甘くて、濃厚な味わいだった。


「いいな~……。お姉ちゃん、わたしにもちょうだい?」


 羨ましそうに見つめてくるユグを見て、私は大きくうなずく。


「うん、いいよ」


「わーい!」


 ユグは大喜びだ。私は1つつまんで、彼女の小さな手のひらに乗せる。


「はい、どうぞ」


「ありがとう!いただきまーす!」


 ユグは元気よく食べると、頬に手をあてて幸せそうな笑みを浮かべる。


「あまぁい!おいしぃ!」


「よかった……!」


 私はほっとして微笑んだ。すると、グレイブは言う。


《そうだろう……。そうだろう……。もっと食べてくれ……!好きなだけあげるよ!》


「本当ですか!?」


 私は嬉しくなって聞き返した。すると、グレイブは優しく答える。


《もちろんさ!キミたちみたいなかわいい子たちになら、いくらでもあげたくなってしまうからね……!》


「えぇ……?そ、そうでしょうか……」


 私は照れくさくなりながらも、お礼を言う。


「ありがとうございます……!」


《はははっ……!お礼なんて言わなくても大丈夫さ……!》


 グレイブは楽しそうに枝葉を揺らしている。私もつられて微笑んだ。


《……ところで、お嬢さんたちはどうしてここに来たんだい?》


「えっと……実は……」


 私はグレイブにこれまでの経緯を説明した。グレイブはそれを興味深そうに聞いてくれた。


《なるほど……。それで、オレのところに来たわけだね……。なかなか勉強熱心じゃないか》


「いえ、そんなことは……」


 私は照れくさくなりながらも、頭を掻いた。すると、ナチュラさんが私の肩に手を置いてきた。


「フタバちゃんは優秀な子なのよ。いつも助かっているわ」


《ほう……。それはすごいな……。是非とも頑張ってもらいたいものだね……!》


「はい……頑張ります……!」


 私は大きくうなずいて答えた。すると、グレイブは《うんうん……》と満足そうに言う。


《それじゃあ、オレのことを教えてもいいかな?》


「ぜひ……!」


 私は身を乗り出して言う。グレイブは話し始めた。


《オレは、水の魔力を持っているんだが、それは知っているかい……?》


「はい!図鑑を読んで知りました」


 私は答えた。すると、ナチュラさんが補足してくれる。


「ええ、そうね。確か、水分を吸収して成長するのよね」


《そうだ。オレは水気の多い場所を好むからね。それで、その魔力をどうしているかなんだけど……。実際に見てもらった方が早いかな》


 グレイブはそう言うと、ツルの1本をこちらに向けてきた。そこには、透明な実がなっていた。


「な、なんですかこれ……?」


 私とユグは不思議そうに実を眺める。すると、グレイブは言う。


《オレの魔力を凝縮したものだよ。水のように透明で、綺麗だろう……?》


「確かに……」


 私は感心しながら、その実を見つめていた。すると、パチンと音がして、実が割れる。


「……!わっ……!」


 はシャボン玉のように弾けると、辺りにブドウのような甘い香りを漂わせた。


「いい匂いだねぇ~!」


 ユグはクンクンと匂いを嗅いで言う。私は思わずうなずいていた。


「うん……!すごく良い匂い……!」


「それに、すごくキレイね……!」


 ナチュラさんも同意する。すると、グレイブは得意げに言った。


《そうだろう……。そうだろう……。こんなこともできるんだよ……!》


 そう言って、グレイブは別のツタを伸ばしてきた。そこにはほんのりと紫がかった、透明の実がなっている。

 その実は私たちの前で止まると、先程と同じように割れた。たちまち、辺りに芳醇ほうじゅんな香りが漂う。


「わぁ……!これも良い香りですね……!」


(……あれ?なんだかくらくらする……?)


 私はなぜか頭がぼんやりするのを感じた。まるで、酔ってしまったような感覚だ。


《ははは……。どうだい?少し効きすぎてしまったかな……》


 グレイブの言葉を聞いて、私はハッとした。


(もしかして……これがグレイブの能力……?)


 慌てて2人の様子を確認する。すると、彼女達もフラフラとしていた。


「ん~……ねむい~……」


 ユグは眠そうに目を擦っている。


「アハハッ!気分が良くなってきたわ!」


 ナチュラさんはテンションが高くなっていた。


(まさか、アルコール成分が含まれているの……!?)


 私は内心で焦っていた。このままだと、マズイ気がする。


《ははっ……。みんな、楽しんでくれているようだね……!》


「いやいや……!そんなことないですってば……!」


 私は慌てて否定した。だが、グレイブは続ける。


《さて……!次は、もっと強いのをお見せしよう……!》


「や、やめてくださいぃ~!!」


 私は必死になって懇願したが、グレイブは聞く耳を持たない。木だから当たり前なのだが。


《ふふっ……!遠慮はいらないよ……。さぁ、行くぞ……!》


 グレイブはそう宣言すると、次々と実を割っていく。すると、香りはどんどん強くなっていったのだった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る